第5話:マリの正体
アルはあまりの速さに何もすることができず、気づいた時にはナナの顔が自分の足元に転がっていた。
「ナナ……? なぜだ。お前はなぜナナにこんなひどいことをできるんだっ!!」
「はっ? こいつが何をしてか知っているのかよっ」
「そんなことどうだっていい。ナナさえいれば……ナナさえ……うりゃあっー!!」
アルは狂ったようにカツキへと突進していたが、私はあまりの悲惨な状態を何度も目にしてしまったせいか視界が揺れていた。そんな私を遠くの方で誰かが呼ぶ声が聞こえてくる。
「ねぇ起きて。起きて。お願い」
男の子のような透き通った心地よい声が耳元で聞こえる。
「あなたは誰?」
「僕は君だよ……ねぇ目覚めて。予言は覆せるから。このままでは誰も幸せにならない」
「でも……私には何もできないの。力などないもの」
「それは……君が自分の本当の気持ちをずっと隠しているからだよ」
「本当の……気持ち?」
「そうだよ。好き勝手生きる妹がうらやましがったんでしょ? おバカに生きてみたかったんでしょ? ずっと両親に好かれているのは自分が予言者だからってそう思っていたんじゃない? 君はずっと孤独と戦ってたんだよね?」
子供なのに力強く話す口調、そして、私の核の部分に簡単に触れてしまうんだ。
ずっと封印していた私の闇を……
気づけば私からは涙がとめどなく流れ落ちていた。
「もう大丈夫だよ。僕がずっと君を愛してあげるから。不安なこともない。だから君、マリンがマリンを、自分自身を愛してあげて」
「私が私……自身を愛す?」
「ほら早く。もう時間がないよ」
その言葉に私は本当の自分を取り戻した。
違うわね。今までの前世の記憶までが蘇っただけよね。
そして言葉に出して呟いた。
「私は私を愛してあげる。私なら大丈夫。私ならできる」
胸が熱くなるのを感じるのと同時に、体中に力がみなぎってくるのがわかると意識がクリアになっていた。
「カツキ、だめぇ!!」
カツキがアルの首を斬ろうとしている瞬間だったが、私の声と同時にカツキが持っていた剣が消えた。
「ハハハハ、俺の姫のお目覚めだな。久しぶり。俺のマリ。ずっと会いたかったよ」
カツキは愛おしそうに私を見つめるが、この人もまた魂が壊れている。
「私はマリではありません。マリンです。この世界はもう自分の欲ばかりですね。まぁ私も含めてですけど……」
「そんなことない。俺はお前に会うたびに何度も転生を繰り返し……」
「あなたもかわいそうな人ですね。マリさんはもう死んでいます。勝手に私にマリさんを見出さないでください」
「なんだと? この波動はマリなんだよ。俺にはわかる。そうか。お前がマリを封じ込めたんだな、そうだ、そうに決まっている。今に待ってろ。マリ、救ってやる」
カツキは、私の首を絞める。
「マリ、ほら、早く俺の名前を呼べよ。そうすれば殺さないでやる」
「うっ……殺しなさい。そ……うすれば……二度と私は転生など繰り返すこともないでしょう」
「うるさい、うるさい、うるさい。死ね」
カツキはさらに首を絞める力を強くしたのだった。
このままでは本当に私は死んでしまうかもしれない。
けれど、これはカツキ自身が片付けないといけない問題だ。
私佐々木茉莉と小島克樹は結婚していた。
私達の愛は深いものだった。
子供こそいなかったが二人の時間を大切に幸せに暮らしていた。
ずっと幸せな日々が続くと思っていたのに……
私は信号無視をしていたトラックに轢かれ事故死してしまった。
克樹はあまりのショックで私のことがいまだに忘れられなかったのだろう。
ずっとここまで思い続けてくれるのは正直嬉しい。
でも、このままでいいはずなんかない。彼が「私茉莉はちゃんと死んだ」っていう現実を直視しないといけない。ちゃんと向き合ってほしい。転生ばかりを繰り返すライトノベルみたいなことをしているんじゃなくてちゃんと私の墓参りをしてほしいよ。
私は意識が遠のく中、最後の力を振り絞ることにした。
記憶が蘇った今は聖女の力を無限に使えそうである。
だけど……本当は使いたくない。
ちゃんと茉莉として克樹を説得したいのだ。
「お願い……カ……ツ……気づいてっ、うっ」
私の目から涙がこぼれ、克樹の手の甲に落ちると光り輝いた。
「マリ? やっぱり茉莉なんだな。悪い……ごめん。俺っ……」
カツキは私の首から手を離すと、正気に戻ったのかその場で座り込んでしまった。
「ゴホ、ゴホっ……あなたは……ナナに仕向けた。本来なら私が隣国王子に見初められて妹ざまぁのテンプレ物語のはずだった。なのにあなたは……その予言を自分のエゴのために書き替えた」
予言として見ていたのは偽りの予言だったのだ。それに、克樹が情報を絞っていたから、中途半端で完全な予言しかできなかったのだろう。
「……そうだよ。せっかく見つけた茉莉の生まれ変わりを他の男などに取られてたまるか。だから……俺は……許してくれとも言わない。一緒に帰ろう」
「私はマリ……ではありません。マリン・ドイナラ、公爵令嬢です。聖女として目覚めた今私のすべきことは一つ」
「茉莉、何をするんだ。よせ。もう君とは離れたくないんだ」
「カツキ……様、あなたは命の尊さを知りなさい。陛下、殿下、ナナ、そして、アルにまで手を掛けた。その手で今まで何人の命を殺めてきたのですか?」
「それは……すべて茉莉のためであって違うんだ。俺たちを邪魔する奴らが悪いんだ。今回だってナナが殿下に色仕掛けしなければこんなことにはならなかった」
「確かにそうでしょうね。でも……きっとそれは相手がナナじゃなくなっただけで私が婚約破棄される事実は変えることはできなかったはずです。あなたにもそれくらいはわかっているでしょ?」
「あ、あぁーーーー。茉莉お願いだ。一緒に帰れないなら死んでくれ。もう一人は嫌なんだ」
「……あなたは命がある身です。あなたの命を奪うわけにはいきません。自分の世界に帰りなさい」
私はカツキの元へと駆け寄り精一杯抱きしめる。何100年分離れていた気持ちを伝えるかのようにギューと抱きしめた。そして……
「現実の世界へお戻りなさい。でも……こんなになるまでずっと愛してくれてありがとう。さようなら」
「茉莉……?」
光と共に克樹は消えたのだった。
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