第4話:ハリー殿下

 誰もいない状態に今頃気づいた殿下は、女の子のように目をパチクリとさせていた。


 そうなのよね。

 気持ち悪い顔さえしなければ本当はイケメンなお顔をしているのよね。


 殿下を見入ってしまっていると、カツキが私の額をコツンとつついた。


「マリンはいけない子だね? 僕以外の男に目を向けるなんていい度胸しているじゃないか?」


 ニコニコ笑顔ではあるが悪魔のように瞳は鋭い。


「え……と……あのナナがどうなるか気になるので地下牢に移動していただけませんか?」


「君は……本当に優しい子だね。話を誤魔化された気は否めないがいいだろう。でも血だまりの現場を見ることになっても知らないよ?」


「それはないかと思います……ナナはバカですけど運だけはいいですからね……何も起こらなければいいですけど……嫌な予感がします」


「ハハハ。さすがだね、じゃあ行こうか」


 カツキが私の手を取ると殿下は慌てたように言った。


「おい、俺を放置するなよ。一緒に行く」


 ハリー殿下はそう言ったがカツキは無視をしたのだった。

 カツキは再びチートで一瞬で地下牢まで移動してくれたのだけど、殿下を置いてけぼりしたときの顔を思い出すと笑ってはいけないが笑ってしまう。


 地下牢へ着くとアルがナナを守り、何十人のという騎士たちをなぎ倒していた。人が石のような高さに積み上げられている。


「アル様、かっこいいー。すてきー。だいすきー。愛している―」


 ナナの甘ったるい声が広がっている。


「お、おっう」


 アルは顔を真っ赤にしながらも嬉しそうだ。それもそうだろう。アルはずっとナナのことを思っていたのだから。何度もナナはやめておけと幼馴染として忠告したけど恋は盲目のようでアルはずっとナナへの片思いを続け、自身にきていた見合い話ですら断ってしまっていた。


 もったいないとしか言えない。

 


「アル様ぁ、私のためなら何でもしてくれるわよね?」


「あぁ、ナナと結婚するためだったら何だってするよ」


 アルはとっても嬉しそうだ。こんなにも鼻の下を伸びただらしない姿など見たくなかった。それにしても男の人はどうしてこんなにも大きな胸が好きなのかしら?


 ちょっと嫉妬もあり思わず自分の胸を見てしまう。


「マリン。僕は小ぶりで形が綺麗な方が好きだよ? あんな化け物みたいな胸は必要ない。感度が……」

「ゴホン。カツキ様? 私下品な男は嫌いですの」

「あぁ、すまない。つい興奮してしまったようだ……」


 私が恥ずかしさを誤魔化すため出た言葉だったが、この寸劇によりナナたちが私たちに気づいたようだ。


「あら、お姉さま。今度はどんな予言をなさったのですか?」

「あなたがこの国を焼け野原にする予言よ。今ならまだ間に合うわ。やめなさい」

「ふふふ。お姉さまはいいですよね。いつも愛されて……それに比べて私はいつも出来損ないのバカな妹だと蔑まれて……私の気持ちなんかお姉さまにわからないわ」

「そうね。あなたみたいな卑屈になって、何の努力もしないような子の気持ちなんかわからない」

「ふふふ。そうよね。いつだってお姉さまはド正論ばかりで私をそうやって追い込むのよ。だから、この国が焼け野原になろうと全部お姉さまの責任よ」

「あら、そう。なら私の責任だというなら私はあなたの犯した罪を償わせるのも私の責任よね?」

「……なによ。またそうやって私をバカにして……アル、お姉さまを殺して!!」

「えっ、いや……さすがにそれは……」


 ナナの言葉にアルはさすがに困っている。カツキは黙ってその様子を見ているのだけど、逆にその何を考えているかわからない表情が怖かった。


「アル、早く。お姉さまを殺したら私の体もあげるわ。早く……」

「えっ? 体? ん? うぉー」


 雄たけびのような声を上げたアルが私の方へ向かってくる。


 さすがにここまで露骨な表現で動いてしまうアルもやはり男だということなのだろう。これで幼馴染に殺されたとしてももういいかもしれない。


 もうどうでもよくなり、刺されると思い目を瞑った。


 しかし、痛みは感じずに目の前で倒れる人がいたのだった。


「ハリー殿下……?」

「マリン、これで少しは権力を誇示できたかな?」


 ふわっと笑う殿下だったが、お腹からは大量の血が流れている。


「殿下、気を確かに……」


 私はハンカチで止血していくが、全然血が止まらない。


「マリン……本当に美しいな。気づかなったよ」

「黙ってください。傷が……」


 私は聖女だとしたら治癒力があるはずである。しかし、いくら「治って」と心の中で願っても傷口が塞がるようなことはなかった。刺した張本人であるアルは、呆然とその場で立ち尽くしている。


「カツキ様、殿下を……助けて下さい」

「ハハハ。マリンの頼みとはいえそれはできない」

「なぜですか?」

「国の滅亡を防ぐには、誰かの命と引き換えでしか変更できない」

「そんなの……」


 私は絶望な感情に押しつぶされそうになってしまう。全てこれはナナが犯したことなのだ。だとすれば命を捧げるべき人はナナしかいない。私はきりっとナナを睨みつけると何かを感じたナナは一歩ずつ後退している。


「お姉さま……今何を考えていらっしゃるのですか? 仮にも聖女様のお姉さまがまさか……そんなこと……あり得ないですよね?」

「……仕方ないわよ。何も関係もない大多数の命を奪うくらいなら悪い奴1人が責任を取ればいい」


パチ、パチパチパチ


 カツキが拍手をしている。


「ハハハ。さすがは僕のお姫様。シナリオ通りに動くね。でも良心は痛んでいるみたいだね。心がブレブレだから治癒力も発揮できないんだよ? 憎しみと癒しは正反対のものだからね」

「ならどうしたらいいのですか?」

「君は予言できるでしょ?」


 冷たくカツキ様は言い放つ。私は涙が出そうだったが気を引き締めて目を瞑る。

 どうすべきか視え目を開こうとした瞬間に、唇に温かいものが触れていたのだった。


 驚いて、いや、わかっていたはずだけど……いきなりのキスに戸惑ってしまう、脳内ではカツキ様の声が響いてくる。


「マリン、この女を殺して早く僕のものになってよ?」

「今この場でナナを殺せば国は救われるのはわかっています。ですが……」

「何を躊躇しているんだい? 君はこのキモイ王子に婚約破棄され、ましてや、陛下殺しの罪で処刑されそうになったんだよ? 全部このナナのせいで。だから殺しても何も罰なんか当たらない。むしろ、こんなちっぽけな命で国が救えるんだ。よかったじゃないか」


 カツキ様の命に優劣をつけた発言が私には耐えられなかった。カツキ様を突き飛ばして手で口を拭う。


「命にちっぽけも何もない!! やっぱり間違っています」

「ハハハ。君もかい。やはり僕のお姫様は頑固だな。でもいいや。今回はもう逃したくないんだよね」


 カツキ様はそう言うと、私の目の前でナナをめった刺しにしてしまったのだった。

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