隣のうちの子

市川拓司

 

 相変わらず、陽治は土の中にいた。

 彼は家にいなければ、たいていは地面の下にいる。

 彼の部屋のドア――木製の簡易トイレみたいな構築物に取り付けられたアルミ製のドア――を叩くと、中から返事があった。昔はもっとシンプルで、ドアは地面に直接張りついていた。その上に雨除けのための覆いが波板でしつらえてあったが、部屋はいつでも湿っていた。


 ノブを回しドアを開けると、あの独特な匂いが鼻をかすめた。彼はよく伽羅香きゃらこうを焚く。側頭葉を活性化させるんだ、と彼は言っているけど、わたしにはよく分からない。少なくとも、わたしがなにかを感じたことはない。


 正面に取り付けられた梯子はしごに手を掛け、慎重に降りる。今日は婚約者と一緒だったので、わたしは上品な装いをしていた。膝丈のチェックのワンピース。下から見上げられたら丸見えだけど、彼はそんなものに興味を示さない。だから安心して降りていくことができる。

 それでも、部屋の床に降り立つと、わたしはさりげなく乱れたワンピースの裾を直した。

 橙色の白熱球が五畳ほどの広さの部屋を照らしている。

 彼は床の上に置かれたマットレスに寝転がり、なにかを熱心に覗き込んでいた。おそらくは手製の簡易曼荼羅まんだら生成器だとか、目で見る楽器(音の成分を色と形で表した奇妙なチャートのようなもの)だとか、そんなもの。


 久しぶりね、とわたしが言うと、陽治はその曼荼羅鏡だか望音響だかの筒から目を離し、ぼんやりとした視線をこちらに向けた。 

「久しぶり? そうだっけ?」

 わたしはパンプスを脱ぎ、一段高くなったコルク敷きのフロアーに上がった。

「四ヶ月ぶりよ」とわたしは言った。彼はうなずき、壁際に置かれたブランケットを指さした。わたし専用の毛布。何年も使っているので、すでにわたしの匂いが染みついている。それがひどく気になるときもあるし、まった気づかないときもある。

 わたしは床の上に毛布を敷くと、そこに腰を下ろした。微かにわたしの匂いが立ち上っている。不快ではない。

「陽治の中で時は流れてないのね。だから、なにも感じない」

「そんなことはないよ。ちゃんと時間が来ればお腹が空くし、夜になれば眠くなる」

 ええ、そうね、とわたしは言った。

「それが、あなたの時間――」

 あのひとは? と彼が訊いた。

「来てるわよ。いま、お父さんとお酒を飲んでる」

 そう、と彼は言った。彼の感情を読むことはできない。彼にはほとんど表情がない。

 わたしの婚約者は父と酒を飲み交わしながら、量子情報通信技術の可能性について――ふたりは典型的なエンジニアだった――語り合っていた。こうなると、ふたりの話は長くなる。わたしはそっと家を抜け出すと、生け垣の隙間を抜けて、彼のもとにやってきた。

 隣のうちの子。同い年の幼馴染み――

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