第7話 語る思い出なんかありません

「ノクサス様……どうして私のことを?」

「わからない。頭にある記憶は君の名前と、顔だけだった」


ノクサス様は、私を愛おしそうに見ている。

その視線が恥ずかしい。

思わず目を反らした。

そんな私にフェルさんは、話を続ける。


「ダリア様、騎士団長の記憶がないのはマズイのです。どうやって戻せばいいかもわからず……覚えているのはダリア様のことだけですし、どうかお力をお貸しください。それに、ダリア様は白魔法の使い手です。ノクサス様の顔の治療もお力になって欲しいのです。あなた様ほどの適任者はいません。ずっと会えなくて、ダリア様も不安だったでしょうけれど……お世話というのは名目で、側にいてくださるだけでいいのです」


フェルさんと、アーベルさんが胸に手を当てて頭を下げる。


「仕事はいたします……白魔法の回復は能力が低いのですが、微力ながらお力にはなりますが……」

「良かった……ノクサス様。ダリア様のお怒りは静まっているようですよ」

「そうか……フェルのいうとおり怒っていたのか?」


また、わけのわからない会話が飛び交い出してしまった。


「あの……怒っていませんよ。考えたこともありません」

「なんとお心の広い……さぁ、ダリア様、ノクサス様と思い出でも語ってください。記憶を取り戻すきっかけになるやもしれません」

「……ありません」

「はい?」


フェルさんが、驚いた返事をした。

でも、初対面の私にノクサス様との思い出なんか一つもない。


「ダリア?」

「ノクサス様との思い出なんか一つもありません。今日が初対面です」

「あの…ダリア様?」

「ノクサス様のお顔も、今日初めて拝見しました」


隠せるものではない。

語るものなんかないのだから。


「「えぇーーーーーー!?」」


フェルさんと、アーベルさんが声を揃えて叫んだ。

ノクサス様は、驚き目を見開いている。

さっきまでは、黒髪が似合う端正な顔だったのに……。


「ダ、ダリア……?」

「私は、ノクサス様とお会いしたことはありませんよ」

「そ、そんなはずは!? ノクサス様と、秘密の逢い引きをしていたのでは!?」

「私は、誰ともそんな関係の方はいません」


慌てるフェルさんに言った。


「ノクサス様が階段から落ちた日に、ダリア様とノクサス様はお会いする予定だったのでは!?」

「なんですかそれは。初耳です」


焦るアーベルさんに言った。


「今日俺の名前を呼んでくれたじゃないか!?」

「フェルさんが、ノクサス様、と呼んだので、確認の意味でノクサス様……とお呼びしました」


ノクサス様は項垂れてしまった。


そして、先ほどまでの光明が見えたみたいな三人の雰囲気は一転して、絶望に落とされたみたいに変わってしまった。


私の発言のせいで……。






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