第6話 記憶喪失らしいです

目の前のお茶を味わいながら、飲んだ。

香りがよく品のあるお茶は、私が飲んでいる安いお茶とは全然違う。


薔薇の香りもほのかに香り、優雅な気分をあおる仕組みだろう。

そして、ゆっくり音を立てずに、ティーソーサーに戻した。

香りの良い紅茶で、気分を鎮めておそれながら聞いてみる。


「……今何と?」

「俺は記憶がないのだ」

「……ノクサス様ですよね?」

「そうらしい」


ひきつる顔の筋肉を抑え、必死で笑顔を作った。

ノクサス様は、引き締まった顔のままだ。

困ってはいるのだろうが、言われなければ不安はわからないだろう。

でも、馬車の中でも、落ち着かないように不安気だった。


そんなノクサス様の後ろにいるフェルさんが聞いてきた。


「ダリア様、ノクサス様の仮面は気になりませんか?」

「気にはなりますけれど……なにか事情があるのであればお聞きはしません」


気にはなるけれど、人には言えないこともあるだろう。

そう思ったけれど、ノクサス様は見てくれというように仮面を外した。


仮面の下は爛れており、黒ずんでいる。

……瘴気の呪いだ。

間違いない。治療院で見たことがある。

魔物には、時々瘴気を吐く魔物がいる。

ノクサス様は、その瘴気を浴びたんだ。しかも、禍々しい。うっすらと黒いモヤが見える。

呪いがかかっているようにみえた。

あの仮面が呪いのモヤを抑えていたんだ。


「ダリア、俺は呪いを受けているんだ」

「呪いを浄化しないのですか? 呪いの元を浄化するとか……」

「呪いをかけたのは、魔物だ。もう討伐してしまっているらしく……なんの呪いかは、本人にも聞けないが、調べたところおそらく獣化の呪いだと言われた」

「記憶がないのに、覚えているのですか?」

「かけられた時のことは全く覚えてない。魔物も俺が止めを刺したらしく……」


やっぱり記憶喪失……。


きっと、魔物は最後に目の前の人間に呪いを吐いたんだわ。

しかも、獣化の呪いって……呪いが全身にまわれば、獣になってしまう。

そのうえ、瘴気を身体に受けているのも毒だ。

だから、顔が爛れているんだ。瘴気の爛れは薬では治せない。

白魔法の回復でないと綺麗には治せないのだ。


「ノクサス様には、記憶がなくなってから再度説明しました。しかし、元々呪いにかかっていることは秘密でして……限られたものしか知りません。ノクサス様は、騎士団の頂点に立つお方なのです。そうそう呪いにかかっているなど言えません」

「でも呪いと記憶喪失は関係ないのではないですか?」

「そうなのですけれど……瘴気を受けているせいか、呪いのせいか、体力が以前よりも落ちているようで……それでも常人よりもあるのですけれど。ですが、ある日階段から、落ちたようで……」


アーベルさんが見つけた時には、階段の下で倒れていたらしい。

そのまま、ベッドに運び、目が覚めた時にはもう自分の名前さえ覚えてなかったらしい。


唯一覚えていたことは、私の名前ダリアと顔だけだったと……。


それで、フェルさんは情報網を駆使し、私を探し出したということだった。

一体、騎士団の情報網を何に使っているのか……。


「ノクサス様、本当ですか?」


ノクサス様に確認するように聞いた。


「本当だ。ノクサスという名前も、このフェルとアーベルに教えてもらった。この邸ではこのことを知っているのはこの2人だけだ」


確かに、邸の使用人が外で吹聴するのはマズイ。

あの顔も治す必要があるし、お世話係が必要な理由はなんとなくわかった。


でも……どうして私のことを知っているのか、疑問だった。






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