教会は復興された。

 そこには、作家とその妻がいた――。

 彼らは互いに傷つけ合うことが極限の愛情表現であったことを悟り、今度は包丁を用いずに愛し合うことを学んだ。妻は巡礼者の目から隠されている厨房で、彼らのために食事の支度に励んでいる。傍らで作業を手伝う作家は、妻が指を切り落としていないかを頻繁に確かめ〝それ〟が巡礼者の口の入らぬように気を配った。妻は、作家が他の女に話しかけてもそれがすぐに〝浮気〟を意味するものではないことを学んだ。作家も〝傷つきやすい妻〟がかけがえのない存在であったことを理解した。こうして二人は、地味だが教会にとってはなくてはならない裏方の仕事を末長く続けることになった。

 そこには、セールスウーマンとジゴロがいた――。

 ジゴロは結局、セールスウーマンを愛していたことを認めた。そして、もはや彼女を殺すことによる究極の快感は求めなかった。求めてそれを得れば、次に同じ快感を得ることが不可能になると思い知ったからだった。ジゴロが愛した女は、セールスウーマン一人だけなのだ。殺してしまえば、代わりはいない。たとえ悪魔の力によって復活させたとしても、同じことの繰り返しではいつかは脳が刺激を感じなくなる。同じことはセールスウーマンの側にも言えた。二人は数回の死とよみがえりを通じて貴重な知識を得た。死と紙一重の快感を何度も求めることは、人間の肉体にとっては本質的に不可能だったのだ。そして二人の間に合意が成立した。それは、二人のどちらかが老いて死ぬ時――その時こそ互いを殺し合って最後で最大の快感を得ようという選択だった。ジゴロとセールスウーマンは今、持ち前の口の巧さを生かして、巡礼者の悩みを聞き、絶え間なく訪れる彼らの流れを整理する重責を担っている。

 そこには、警官と信者がいた――。

 二人はもともと似通った心を持っていた。ともにセックスの経験はなく、自分が正義と信じる価値にすべてを捧げようと努力してきた。天使と悪魔が引き起こした騒動が嵐のように吹き荒れた後、彼らは初めて互いを真剣に見つめ合う機会を得た。そして、互いの目に同じ輝きがあったことに気づいた。二人は愛し合った。普通の人間たちがするように、普通に愛し合った。それで充分だった。さらに信者は、新たな教会でも〝教祖〟の地位に座った。誰もその結論に異を唱えようとはしなかった。教組は彼女の天職だったのだ。しかも信者は、神と悪魔への信仰の両者を、身をもって体験した。いったんは引き裂かれた心が警官の献身的な優しさの助けでひとつにつながった時、信者は真によみがえった。真の信仰と強さを得た。信者は名実ともに教祖へと変貌していたのだ。警官もまた成長した。今ではかけがえのない右腕として、心の支えとして、陰から信者をバックアップしている。

 そこにはモリーがいた――。

 ジゴロだけを愛した猫は世界の広さを思い知り、ただの気まぐれ猫に変わった。つまり、普通の猫に戻ったのだ。今では近所のボス猫の子を五匹、体内に宿している。そして普段は教会の玄関に座り込み、訪れる巡礼者をひそかに値踏みしている。不思議なことに、教会の力を自分の利益だけに利用しようと企む不届き者は、モリーににらまれただけで退散する。彼らには、その目が異様に恐ろしく見えるのだという。逆に心を病んだ者にとっては、モリーの目の光は心にやすらぎを与える。彼らは決まって、玄関に丸くなっているモリーの身体をなでてから教会のドアをくぐるのだ。そしてモリーの柔らかい毛に触れてほほえむ時、彼らのすさんだ心の五割ほどは癒されてしまうのだった。それは〝悪魔〟の力とは別の、しかし同じ〝根〟を持つ能力だった。猫という生きものが本来身につけている力が現われたにすぎない。猫は古くは神の名に値する生きものであり、〝悪魔〟と対等に、あるいはその一種として語られるべき存在だった。その意味ではモリーは、〝もう一人の〟教祖といえた。

 悪魔と天使は――。

 教会にはいなかった。二人は晴れて結ばれ、世界を旅する生活を選んだ。そして行った先々で〝悪魔〟の復興を試みているという。

 神との全面戦争に備えて――。

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