SCENT【短編】汗もタバコも香水も…

けなこ

1.碧《みどり》、21歳side



きみと会わなくなって3年くらい?

きみと会わない夏を2回も過ごしたよ?


きみの汗と混ざった香りを

思い出しはしなかったし、

海ではしゃいでいたきみの笑顔の写真も

見返した事はなかったのに。



高校で知り合っていつの間にか仲良くなって

グループでも2人でも、沢山遊んで…

大学へ入ってすぐは時間が合わなくなったけど

それでも頑張って会っていたね。


『今日これる?』


…何か約束してたっけ?

いきなり届いたメッセージに、

疎い思考を無理に張り巡らせたから

思考回路が壊れてしまったようだ。

急激に胸の鼓動が速くなったのに

指も視線も動かせないまま、

凝視していた携帯画面の明かりが消えかけた。


…既読はついてしまったし、

LINEでも感じる2人の間の距離と冷たさを

逆にぶち壊す様な、

♡を沢山吐き出してる変なスタンプを送ってみた。

するとまたすぐ届いたメッセージ。


『おれんち、今だれもいなくて』


高校時代、きみの家で

お互いの欲にお互い手を出した。

興味本位で伸ばした割には

想像以上にきみの身体は可愛くて、エロくて…

お互い表向きの彼女はいたしSEXもしてたけど、

家族が留守だから…と誘われる度に

お互いの身体がおかしくなる程、

気持ちまでおかしくなる程、

何度も身体を弄り何度も身体を繋げた。


返事もせずに家へ向かった。

自転車で20分くらい、すぐで…

震える指で電話をかけた。


「もしもし?爽玖さく?」


『ああ、久しぶり』


「今、爽玖ん家の目の前」


『え?あ、じゃあ…きてよ』


すぐに家の外まで迎えに来てくれた。

その笑顔は久しぶりなのに、

全くそんな気がしない。

何も変わってないんじゃないか?


自転車を停めるのを無言で手伝ってくれる

爽玖からは昔と変わらない香りが微かにする。


「…返事ないから、来ないのかと思った」


「え?あ、ゴメン、自転車乗っちゃったから」


「バイト帰り?」


「いや?課題に煮詰まってた」


「…そう、就活は?」


「あー、ほぼ決まり」


「…そう、彼女は?」


「あー、い…ないよ、今は」


夜中だし静かな住宅地、

家に入ってもある程度は静かな会話が続いた。


「…おじゃましまー」


「部屋いってて?なんか飲み物持ってく」


暗いキッチンへ消えた爽玖に背を向けて

当たり前に覚えている部屋へ向かった。


爽玖の部屋に入ると以前と同じ場所に机とベット。

香水や飲み物や汗や精液…

いろいろ付けてしまった椅子は変わっていて、

事が終わると開けていた窓のカーテンの色も

青から黒に変わっていた。


「…コーラ、氷いる?」


「いや、ありがと、このままでいい」


すぐに爽玖も部屋に入ってきて

冷たいペットボトルを俺に手渡すと、

ベットに乗って窓を開け

風に吹かれながらタバコに火をつけた。

少し落ち着かない様子で

それを必死に落ち着かせてるようにも見える。


「…タバコ、吸い始めたんだ?」


「……ぁ、ああ、チョットね」


そんな大人びた表情をするようになったんだ。

…いや、大学に入ってから

そんな顔をする事が多くなった。

仲間とバカをする事も減って…

会う度にSEXをするようになった俺達。


俺を呼んだって事は、そうなのかな。

それならそれで…


「……どうしたの?溜まってんの?」


彼女に対して欲情を向ける事が薄かった。

それは爽玖も同じはずで…

それとなく彼女と会っているかさぐる癖がついた。

彼女と会ったら爽玖はどうしてるんだろうって

時々、いろいろ、考えていた。

エロい顔、エロい身体をどこかで誰かと、

どうしてるんだろうって…


「フっ…もう……純粋そうに見えて

チャラいんだから…あ、それ俺か」


「爽玖…彼女は?今日は呼ばなかったの?」


「……別れたよ」


「そっか」


みどりも最近までいただろ?

彼女と歩いてる所…見かけたよ」


「そっか…ぁ?…ああ、最近別れたよ」


「可愛かったのに。どうせフラれたんでしょ?

碧、誰に対しても素っ気ないもん…」


溜め息と一緒に吐き出したタバコの煙が

ちょうど風に乗り俺の鼻をかすめて流れていく。

初めて爽玖から漂う大人びた香りは

懐かしい香水の香りと混ざって…苦しい。


「…素っ気な…いかな。

…可愛い…かったか?まぁ…可愛かったか。

爽玖の方が……可愛いけど…」


「……急にやめてよ。口先だけ…」


思い出してしまう。

香りを嗅ぐと、沢山の可愛い爽玖を。

また、見たいとも、思ってしまう。

その願いは、

俺の言葉を聞かなかったことにした爽玖には

もう向けてはいけないって事も

分かってはいるんだけど…


「……」


「口先…だけ、って言われるの、悲しいよね」


「…え?」


「ごめん、自分で言っといて。

碧も、感情が掴めないけど…

多分、俺の方が彼女に言われてる」


「爽玖が?コロコロ表情変わって

よく笑ってよく怒ってよく泣くのに?」


「フフっ、そんな事言うの碧だけだよ」


「……」


「……碧の隣で彼女が笑ってるのとか見るの、

つらかったな…」


「じゃあ……」


じゃあ、『付き合ってよ』


聞かなかった事にされた言葉。


3年前、爽玖に直接告げた。

それなりに勇気を出した言葉だったけれど。

あの頃よりもクズで空っぽの俺が

また同じ事を言っても

きっとまた無かった事にされるんだろう。

また、呼ばれなくなる…?


「……じゃあ?」


真っ直ぐな瞳で爽玖が囁いてくる。


「……もう見せない」


「…彼女を?…彼女と歩かないって事?

フッ……ありえないけど嬉しいよ…」


そんな悲しそうな笑顔じゃなくて、

また、無邪気な笑顔が見たいんだけなんだけどな。

そして…隣で笑って欲しいのは、

爽玖だけなんだけどな。


どう伝えたら、

口先だけの言葉じゃなくなるんだろ……

どう伝えたら、

無かった事にされないんだろう……


そっと俺もベットに上がり、爽玖の隣に座る。

不思議そうに見つめてくる爽玖に腕を回し

優しく包むように抱きしめた。


さっきよりも強く感じる香水。


この身体がビクビクと痙攣するように

俺で感じていたのを思い出す。

この身体がヒクヒクと壊れるように

何度も欲を吐いたのを思い出す。

そして……自分の身体もそうなったのを思い出す。

……自分にも、熱い欲が蘇る。

心も、脳も、身体も締め付けられる痛みが走り

ギュッとなってしまって力いっぱい抱きしめた。


もし、俺の言葉が爽玖に対しては

口先だけじゃ無かったら、どうなるんだろう。

…伝わればいいのに。


またこの手で爽玖の欲に手を出す前に。

俺の欲を爽玖にぶつけてしまう前に。


「……く…るしいょ…」


「ごめん…爽玖……」


腕の力を少し弱めて爽玖の顔を覗く。

すると俺を見つめてくる

真っ直ぐな瞳と目が合って…

唇が俺を優しく受け止めてくれそうで…

そっと唇を重ねた。

……伝わればいい…


「爽玖……好き」


「……男なのに…?」


「爽玖だから…」


「……会って無かったのに…?」


泣きそうな顔で訊いてくる爽玖。

…あの時も、こんな顔だったけど、

何も訊かれなかった…

…だから何も伝えられなかった…


「爽玖は爽玖だから……

変わった所も、変わらない所も、…好き。

…付き合ってよ…」


伝わればいい……


あの頃伝わらなかった気持ちも、

変わらずにあり続けた気持ちも……


今度は泣きそうな顔のまま笑顔になった爽玖が

俺の唇へと柔らかい唇を押し付けて来て、

俺の背中に腕を回して

思い切り強く抱きしめてくるから


また俺も力強く抱きしめてしまった。




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