We got back together

ラー油

第1話

 トンッ・・・トンッ・・・トンッ・・


 一定間隔で車内に響く音と、小さな揺れをどことなく心地よく感じながら俺はハンドルを握っている。県境にあるこの大きな橋を渡れば俺の実家はもうすぐそこだ。


 昼に近付くにつれて気温も上がりはじめ、俺の古い車では車内の熱気にエアコンが追いつかなくなってくる。手を伸ばし手探りで設定温度を下げ少しでも暑さから逃げようとするが、故障気味のエアコンではあまり期待できない。


「ったく、6月も終わるってのに全然雨降らないじゃないか」


 日差しの強さと車内の熱気にぶつくさ言いながらそのまま県境を超えた。

 今日、俺が実家に戻るのは今年の正月以来で実に半年ぶりだ、ゴールデンウイークは帰らなかったしそもそも実家をでて5年、正月以外で実家に帰るのは大叔父の葬式の時に一度だけでこんな中途半端な時期に帰るなど初めてでた。



 今回帰るきっかけになったのは、数日前にたいした用もないのに実家のお袋からかかってきた電話だ。会話の中で聞かされた、とある事がどうしても気になり、有給休暇の消化もかねて急遽実家に帰ることにしたのだ。

 とは言っても実家には今日帰る事を事前に言ってないし、帰る最大の理由である人にも伝えていない。

 ま、それでもはともかく実家は大丈夫だろう。そう考えながら、実家最寄りのインターチェンジから一般道に下り実家に向け車を走らせる、流れる景色を改めて見ると実家をでて5年で変わった所が増えたと感じる、広い朽ち果てた資材置き場は住宅街に、放置されていた畑はコンビニに、子供の頃よく行った小さなスーパーは廃墟にと様々な景色が見覚えのないものとなっており時間の流れを嫌でも感じさせられた。


 高速道路を下りて15分ほどで実家に到着し、そこそこ広い実家の庭の片隅に車を停めて呼び鈴も押さずに引き戸の玄関をガラガラと開ける。相変わらず鍵もかけない不用心さが都会と大きく違う所だと感じる。

 玄関の開いた音に気付いたのか、すぐに玄関脇の居間からお袋が出てきた。


「あらぁ、良太!どうしたの?」


「ただいま。いや、特に用事無いんだけどさ。今日泊まってもいいかな?」


「もちろん大丈夫だけど、事前に言ってくれれば良かったのに。今日はあまり良いご飯作れないよ」


 玄関で靴を脱ぎながら、今住んでいる所でそこそこ有名なお菓子を手土産として渡し


「いいよ、急に行こうと思って連絡しなかったのは俺なんだからあるもので十分だよ」


「そうかい、いつまでいるの?明日には帰るの?」


「んー、休みは明後日まであるけど一応明日には帰ろうかなと思ってる」


 半年ぶりの住み慣れた実家でどことなくほっとした気分になる。

 お袋が出てきた居間に入ると冷房が良く効いていた。外との気温差に思わずため息が漏れ、改めて自分の車のエアコンが調子悪いと実感する。


「お昼ごはんは?」


「あ、食べてない」


「焼きそばで良ければ作ろうか」


 うん、そう返事するとなんとなく嬉しそうにお袋はエプロンを持ち出して隣のキッチンの冷蔵庫を漁りだした。居間のソファーに腰掛けキッチンの方を見ていたらふと冷蔵庫が正月の時と違っている事に気付く。

 知らない内に住み慣れた家すらも色々変わるもんだなぁ、なんて考えながらソファーに寝転び、テーブル上にあるリモコンに手を伸ばしてテレビの電源をいれる。

 そういえば、このソファーも確か俺が家を出た後にいつの間にか置いてあったけか。


 ソースの焼けるいい匂いがキッチンから漂って、鼻から空腹を刺激し始めた頃、大きめのお袋の声が飛び込んできた。


「ところで、今日帰ってきたのはやっぱりまなちゃんの事でかい?」


 キッチンからきこえる問いに思わずソファーからガバッと身体を起こし僅かに狼狽えてしまう。


 まなちゃんこと、真奈美とは子供の頃からの同い年の幼なじみ、家は文字通り隣で学校も幼稚園から高校までずっと同じだった。


「いや、まぁ、最後に挨拶くらいはしとこうかなって思ってさ」


 この家を出たばかりの頃の俺だったらもっと慌てて誤魔化していただろう、こんな俺でも少しは大人になったのか、さらりと返せた。それが本音なのかは俺にも分からなかったが。


「最後っておおげさに。でも、まなちゃん喜ぶんじゃない?もうずいぶん会ってないでしょう?」


「たまに電話のやりとりはしてたからなぁ。今年に入ってからは無かった気がするけど」


 お袋ができたばかりの山のように盛られた焼きそばをもってキッチンから出てきた。懐かしの野菜タップリ焼きそばだ。もちろん絶望的に肉は少ない。


「お相手さんは隣町の人って話だし、良太がちゃんとこっちに顔出してれば里帰りのタイミングなんかでまたすぐ会えるよ。最後は言い過ぎでしょ」


「そうじゃないって。旦那持ちのやつに気軽に用もなく会えるかって話だよ」


 そう言って俺は山盛り焼きそばに箸をいれる。


「アンタも案外固いねぇ」


 鼻で笑い呆れるように言うお袋。俺はほっといてくれよと無言で食べ続けながら想いを巡らす。


『まなちゃん、結婚するんだってさ。良太もそろそろお相手見つけないとねぇ』


 数日前の電話でお袋から聞かされた話だ。

 なんてことのない、年齢を考えたら珍しくもない話のはずなのに、俺の心は自分でも驚くくらいに動揺した。その証拠にその日はずっと心がモヤモヤして寝付けなかった。

 物心が付いた頃かいつもそばにいて、夏休みも春休みも毎日のように顔を合わせ、高校卒業まで毎日一緒に通学していた麻奈美が結婚する。

 俺が言えた義理ではないかもしれないけど、やはりおめでとうの言葉くらい顔を合わせて直接言おう、そうすればきっと俺のこのモヤモヤも消えて落ち着けるだろう。


 そうして俺は即座に有休をとって実家に戻ってきたわけだ。ただ、実家はともかく肝心の麻奈美にも今日来ることを伝えていない、仕事が変わっていなければ仕事は休みのはずだが、普通に考えて休みなら彼氏と会っていて俺と会っている暇などないかもしれないな・・、なんて考えていたら。


「まなちゃん、お昼前は車があったし家にいると思うからご飯食べたら行っておいで」


 なんてお袋に言われ、心が読まれているのかって本気で思った。同時に母親ってすごいなと感心した。


 野菜たっぷりべっちゃり焼きそばを食べきった俺は、お袋に言われるがまま麻奈美に会いに行くために実家をでた。会いに行くと言っても文字通り家は隣だ、庭から道に出てすぐ横の家。お袋の言う通り麻奈美のと思われる車が駐車場に置いてあった。真っ赤なバケットシートに真っ白なボディ、メーカーロゴの中が赤いのが特徴の20代半ばの女性が乗るには少しスポーツに振りすぎている俺と同じく少し古めの車だ。電話で聞いてはいたが、こいつ本当にこれ買っていたのか・・。


 玄関前に行き、一つ深呼吸をして呼び鈴を押す。ピンポーンと家の中から響く電子音が聞こえる。

 うちもそうだけどインターホンくらいつければいいのにと考えながら待つが人が出てくる気配がない。仕方なくドアに手をかけると鍵は開いていた、そのままドアの隙間から顔を家の中に入れ、


「こんちわー、良太ですけどー!」


 大きめの声で家の中に呼びかけたが返事がない、どうやら本当に留守のようだ。実際玄関にはでている靴が一つもなかった。


「ったく、都会と違って田舎は本当不用心だよなぁ」


 取りあえず諦め出直そうと踵を返す。

 麻奈美の家の敷地から出て実家に戻ろうと思ったが、このまま帰ってもやることもない。どうしようかと迷ったその時、ふと目に入ったのが昔は何もなかった家の前から見えていた広大な空き地がこの5年で一気に開発され、まるっきり風景を変えた新興住宅地だった。


「少し散歩して帰るか・・」


 住宅街に足を踏み入れて歩いた。この住宅街は思ったより大きいようでおそらく300以上分譲されているんじゃないかってほどの規模だ。まだ新しいだけあって人が住んでいる家より建築中の家や好評分譲中の旗が立つ空き地の方が目立つ。


 知っていたはずの地元なのに全く知らない空間があることが不思議でしょうがなくなぜだか寂しさすら感じた。しばらく歩き住宅街の中心部と思われるあたりに来たら大きめのよく整備された公園があった。


 公園の外周はランニングコースのように整備されていて、所々ベンチや公衆トイレ、自動販売機が設置されている。俺は公園に入ってすぐのベンチに座りなんとなく公園内を見渡した。

 住宅街として整備された時に造られただけあり、まだ全てにおいて綺麗で逆に違和感すらある公園内には犬を連れた人、まだ幼稚園前と思われる小さい子供を連れた母親、ゆっくりと散歩をする高齢者夫婦、俺の見える位置から反対側には外周を走っている人も見えた。


 ポケットから時間を見るためにスマートフォンを取り出して気付く、そうか会えないなら電話でもいいか、そう思い電話帳を開き麻奈美を探す。


 あれ?ないな?電話番号入ってなかったっけ?、ってこれか、なんだよ名前だけで登録して苗字入れてなかったのか。


 このまま発信ボタンを押せば麻奈美のスマホを呼び出せるがそこで指を止めたる。

 いや、まてよ。麻奈美は彼氏といる可能性が大きいよな、となるとここで電話するのはどうだろうか。・・やはりメールにしておくか・・?いやぁ、でもここまで来てメールはないよなぁ・・。でも電話だとなぁ・・。


 ・・つーか俺ってこんなに優柔不断だったっけ?同僚からも決断が異常に早いって言われる俺がなんでこんなに悩むんだ・・・、あーどうしようか・・。


「あれ?良太?」


 スマホを握りしめ一人悩む俺に突然声が掛かった。驚いていつの間にか下を向いていた顔を上げると、そこには麻奈美がいた。


「あー、やっぱり良太だー。どうしたのー?」


 5年ぶりに生で見た麻奈美は、たまにしていたテレビ電話で見るより大人びて、レギンスにミニスカートと体のラインがばっちりでるシャツにセミロングの髪を後ろに束ねた姿で少し汗ばんでいるようだった。

 格好からして公園外周を利用してランニングでもしていたのだろう。

 あまりの突然の邂逅に言葉が詰まり何も言えずにいると


「横、座っていい?」


「あ、ああ」


 すると、麻奈美はそう言っておきながら歩いて俺から離れて行った。訳が分からなったがその姿を見ていたらすぐに理解できた。ベンチから少し離れた所に飲み物の自動販売機があり、そこに飲み物を買いに行ったようだった。麻奈美は2本飲み物を手に持ち戻ってきて、ちょこんと俺の横に座った。


「はい、これ」


「ああ、ありがとう」


 麻奈美はスポーツドリンク、俺はカフェオレだ。


「で、どうしたの急に?実家でなにかあった?」


「いや、どうしたってほどの事じゃないんだけど」


「うーそ、良太って昔から分かりやすいんだからすぐ分かるよ、なにかあったんでしょ」


 確かに昔から俺は麻奈美にだけは嘘がつけないでいた、正確には嘘をすぐに見破られるのだ。それはすなわち誤魔化しがきかないということであり逃げられないと言うことだ。

 意を決して、俺は実家に戻ってきた本来の目的を告げることにした。


「あー、麻奈美さ」


「うん」


「結婚するんだってな。その・・おめでとうさん」


「は?誰から聞いたの?・・って、そりゃお母さんからだよねぇ」


「何日か前にお袋から電話で聞いたんだよ」


 俺はチラッと麻奈美の横顔を見た。麻奈美は何というか困惑しているような顔をしていたが、すぐにニヤッと口元だけ笑った。


「なるほど、聞いちゃったんだね。で、もしかして、もしかしてだけどさ、それだけの為に急にこっち戻って来たとか?」


「まぁそうだな。電話で言うのもあれかなって思ってさ」


「ふーん、そっかー。そっか、そっかー。」


 なんだか麻奈美のニヤニヤするその態度で馬鹿にされている気分になり、言いたいお祝いの言葉とりあえず伝えたし俺は帰ることにした。

 そもそも結婚が決まってるのに幼なじみとはいえ、よその男と2人で会ってる姿なんか見られたらこんな田舎じゃどう繋がって麻奈美の彼氏の耳に話がいくか分からない。


「急に来て悪かったな、それじゃ元気でな」


 そう言って俺は立ち上がる


「え?ちょっと!帰るの?」


「一番の用事は済んだからな。明日の昼前には自宅に戻るよ」


「と言うことは今日は実家にいるんだ?」


「そうなるな」


「なるほどなるほど・・って、ああ!」


 麻奈美が腕のスマートウォッチを見て急に声を上げた。


「どうした?」


「ごめん!今日これから大事な用事があったんだ!帰るね!」


 と、残っているスポーツドリンクを一気に飲み干して麻奈美は


「良太、今日はありがと、会えて嬉しかった」


 そうニッコリと笑いながら麻奈美は足早に走って帰って行った。会えたのは僅かな時間だったけどとりあえず当初の予定は済ませた。これで満足が行くはずだったのだが、予想に反してモヤモヤが消えるどころかポッカリと心に穴があいたような感じで更に心が落ち着かなくなった。


 大事な用事か、まぁおそらく彼氏とデートだろうな。結婚式の打ち合わせとか新居の相談とかでもするのかな。


 無意識に自然とため息が出て俺も実家までの帰路についた。

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