帝国の曙は、死を望む

葉薊

0.

『帝国の星』。

それは、主人公の少女が暴君と呼ばれた父親や冷酷無残と謳われる姉弟達に愛されながら、立ち塞がる困難を乗り越えていく、ネット上で人気を博する小説である。


物語の主人公は、スペルビア帝国の第二皇女であるエステラだ。

母親の命と引き換えに、この世に生を受けた彼女は、生まれてすぐ生母に与えられた宮殿に閉じ込められ、無関心に放置された。

それでも、星の名前を冠するのに相応しい美しい容姿と、優しい心の持ち主へと成長する。

そんな彼女の清らかな性格が、冷酷無比の皇帝や残虐非道な姉弟達の心を溶かしたのだろう。

彼等は、彼女を一心に愛し大切にするようになる。


一方で、物語の悪役は、なんと彼女の双子の兄であるアウロラだった。

彼は、家族の愛というものに、いっとう憧憬の念を抱き、それ故に、愛されるためにあらゆる努力を尽くす。

けれども、愛されたの妹の方だった。

行動を起こしてみても、会話を試みようとしても、皇帝には無関心にあしらわれ、姉弟達にはいないものとして扱われる日々。

そんな彼が、唯一家族に反応を示された行為が、彼女を苦しめることだった。


「嘘だろ……」


友人に勧められた、自分が手を出すことのない系統の小説だった。

特別な好奇心もなく、ただ時間を潰すために読んだのがいけなかったのか。


鏡に映るのは、黄金色に輝く長い髪と宝石が埋め込まれたような瞳を持つ、見目麗しい少年。

何度見返しても、悪役のアウロラ本人に違いない。


「……最悪だ」


アウロラの最期は、凄惨の一言に尽きる。

湿っぽい悪臭に満ちた牢屋の中で、苛酷な拷問の末に、息絶えたのだ。

それも、愛を望んだ家族の手によって。


元より、アウロラ自身は、長く生きることのできない身体だった。

それは、彼の死後に判明する。

決して、病に犯されているわけではなく、その身に宿る許容を超えた魔力が、命を蝕んでいるのだ。

解決策は、魔力を消耗すること。

簡単に言えば、魔力を媒介とする魔法を使用することだ。

けれど、アウロラは、この方法を取ることができなかった。

彼の身体には、そもそも魔力を扱うために必要な器官が欠如していたからだ。


だが、問題はそこではない。


魔法が存在する異世界。

夢物語のような世界に、誰もが一度は、生きてみたいと思うのだろう。

それが例え、物語の悪役に憑依や転生をしたとしても。


自身で運命を切り開き、逆境を乗り越えること。

他者ならば、この絶望的な状況を受け入れ、自らの手で因果を断ち切るのかもしれない。

だが、自分には、どうしても容認することができない理由があった。


「……っ、ぁ」


身体中が、まるでマグマが暴れ出したような激痛が走る。

立つことさえままならず、床に伏せてじっと痛みが退くのを待つしかない。


予期もなく襲われる惨憺たる苦痛。

これに耐え忍びながら、救いのない日々を送るのは、果たして意味があるのだろうか。

自分には、皆無に思えてならないのだ。


「…………うっ、」


アウロラは愚鈍だが、不愍な人間だった。

無関心に放置され、望んだ愛さえも手に入れることができず、唯一相手にされる手段が、妹を苦しめることだけ。

そして、他者の甘言に惑わされ、陰謀に利用され、結果、与えられたのは無意味な死。

痛苦の身体を引き摺ってまで、彼は何を成したかったのだろうか。


ごほごほっ、と咳をする度に、喉の奥から熱いものが込み上がる。

その不快感から無駄な抵抗はせず、身体の意志に沿った。

吐き出される赤い液体は、覆った手の平から溢れ出し、重力に従って零れ落ちる。


「……あぁ、」


ポタポタと波紋を広げて、床に汚いシミが増える。


自分には、この世界に対しての思い入れなどない。

ここで生きていく理由もなければ、目標も価値も見出せない。

あるのは、惨痛を味わう日々と心に巣食う絶望感のみ。


「死にたい」


世を厭うのは、仕方のないことだろう。

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