第9話 壊れる今まで ②
もうすぐ、もうすぐだ。
この時のために何度もテストを重ねた。
下準備もバッチリだ。
もう完璧。
ここまでの手際は流石としか言いようがないだろう。
一休みしよっかな、後は時間が来れば予定どおりに事が進むし。
『始まった』ときに起きてればいっか。
そう考えてワタシは目覚ましをかけて眠りにつくことにした。
そういえば最近まともに眠れていなかった。
とても悔しい思いをしたあの時から。
その気持ちもこれで終わり。
「おやすみ、世界。」
歌姫が躍動する。
先ほど会話したのと同一人物とは思えない。
どこか幼い様な、まるでちっさい子と話している様な、そんな感覚を持っていた(本人には言えないけど)が、今の彼女にそんな印象はまるで抱けない。
その歌唱力は聞くもの全てを釘付けにし、小さな体を目いっぱいに使ったパフォーマンスは、見る者すべてを応援したい気持ちにさせる、少なくとも俺はそう思った。
人気になるのも分かるなぁ。
さて、俺も頑張らなければ。
現在、ライブの真っ最中だ。
プログラムの半分ほどが消化されたが、ありがたいことに事件らしいことは何事も発生していない。
本部の人間もさすがにライブ中には見回りを開始し、不審者の発見に注力している。
最初からやる気出してくれよ・・
その時、
「あの、すいません。トイレってどっちですか?(*'▽')」
と声をかけられた。
会場の地図は全て頭に入っている。
道案内は任せてほしい。
「あちらの物販スペースとの境にありますよ。」
「助かりました。ありがとう。(^^♪」
そう言って頭の先から足先まで全身黒ずくめ、ブカブカの綿のローブに幅広のつばのついた帽子なんかかぶったりして、まるで有名ゲームの黒魔導士みたいな恰好の女性はいそいそとトイレに向かう。
不審者じゃねーか。
「ちょっと、止まって!」
「なんでよ!ウチはトイレの場所聞いただけなのに!
(; ・`д・´)」
女性は意外に素早くなかなか追いつくことが出来ない。
騒ぎを聞いた本部の警察官も女性を止めようと近づくが、接近する前になぜか弾き飛ばされる。
あれはなんだ?
仮設の女性用トイレにたどり着いた不審者は、勢いよくドアを開け、トイレ内に立てこもる。
「ウチはトイレ行きたかっただけなのー!Kinoのところに戻してよ!(゜д゜)」
「あなたから話を聞いて、手荷物検査させてもらうだけだから。」
「手荷物なんか見せられるかー!!警察に捕まってしまうじゃないの!!(;´・ω・)」
「私達が警察なのよ!!」
「エエッ(;゜Д゜)!!?」
説得が続くが、中から出てくる様子はない。
やがて女性警察官がドアを破壊してトイレ内に突入した。
しかし、そこに女性の姿はなかった。
本当にこの中に入っていたのか、なんて声も飛ぶが、俺以外にも目撃者は居たし、なんならトイレの中の人物に説得をしていた警察官がいるのだ。
トイレ内に先ほどまで人がいたことは間違いない。
トイレから俺達の目の前で不審者が姿を消した。
ヤバい、ここで呆けていてはいけない、警戒を強化しなければ。
ステージ周辺の警戒員を予定の2倍に増加させ、警戒を強めた。
今のところ、先ほどの不審者の姿を再度発見したという報告はない。
やがて、ライブは最後の曲を迎える。
確か、Kinoのデビュー曲だったろうか。
初めて聴いたとき、いい歌つくる人が出てきたもんだと思ったことを思い出す。
『壊れる今まで』というこの上なく縁起の悪い題名を名付けられたその曲は、今や日本中の人々が知る1曲となっている。
なんでもKinoが大切な人との悲しい別れをしたときの思いを曲にしたのだという。
うん、やっぱり都会は進んでいるな。
歌い終わり、ライブの盛り上がりが最高潮に達した。
会場が割れんばかりの歓声と拍手で包まれる。
まるで会場全体が揺れているように錯覚する。
ライブは大成功だな、なんて灌漑に浸っているが、何かがおかしい。
揺れが収まらない。
「我々に従ってください!!」
「落ち着いて!こちらに非常口があります!!」
地震だ。
よりによってこんなときになんで・・地震は人が居ない所でしか発生しないんじゃなかったのかよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます