Gから教わる、Gな生き様!!

ネームぺん

Gから教わる、G(グレート)な生き様!!



ーーーGが、いる。


ここで奴と出会ったこと。


それが、人生の道標になろうとは。


この時の俺は、知る由もなかった。ーーー






ワンルームの小さな部屋には脱ぎ捨てたままの

衣服が散らばり、所々にできた服の山が

奴の隠れ蓑になっていた。


どこかに奴が潜んでいると思うと

自分の部屋がデスゲームの

隔離部屋のように感じられ

一気に緊張感漂う空間に様変わりする。



俺は無駄にデカく育った巨体を縮こませながら

1枚1枚慎重に服をつまみ上げ、

その服の潔白を確認する作業に取り掛かった。

(それらの服が、既に汗臭く黄ばんでいるのは

ご愛嬌)


部屋に備え付けられた古いエアコンが

そんな俺を励ますかのように、やんわりと

冷たい風をあててくれる。


それでも、夏の陽光に熱された屋内は

蒸し暑い。サウナにいる気分だ。


浅黒の額から汗が滲み、

ゴツゴツした腕を伸ばして

タオルを手に取ると、汗を拭いながら

はァっとため息をつく。


こんなことになるなら、

日頃からちゃんと片付けておくんだったな。


あどけなさが残る顔で、

チッと舌打ちをしてみた。





俺は加々良(カガラ ) 大翔(ヒロト)。


今年地方から上京してきたばかりの大学生だ。


特に夢があるわけでもなく、田舎にいるより

都会の方がやりたいことが見つかるだろうと

偏差値の低い、寮付きの大学を選んだが

今は夏休み。


ダラダラとナメクジのように床に伸びて

退屈で無気力な日々を送っていた。



将来どうするのか?

先生や親に言われても、よくわからなかった。


人生なんて、適当に流されて生きるもんだろ。







そしてたった今、俺のぐうたらな日常を脅かす

ちょっとした問題を抱えたところだ。


俺が、何をしているのかって?


開け放たれた部屋の窓から、

黒光りする例のアレが侵入してきたんだ。


飲食店などでは、

名前を口にするのもはばかれるため

Gという俗称で呼ばれる奴。

俺もGと呼ぶことにする。

ささやかな現実逃避だ。



俺は傍にあった雑誌を丸め、

棍棒のように片手に握り締めていた。

鬼に金棒。この手が震えてなければ。


そう、俺はGが嫌いだ。

しかし姿を見てしまった以上、

殺らなきゃ俺の平和な日常は帰ってこない。


夏の昼下がり、

大柄な男が今にも泣きそうな顔で

Gを探す様は、さぞ滑稽だろう。



ガサッ!


ソファーの近くに置いていたレジ袋が、

突然大きな音を立てた。


俺は驚いて、後ろにドスンと尻もちをつく。

それが運の尽きだったようだ。


硬いケツが床に当たったことで、

生じた衝撃波。その波は部屋中を揺らし

Gの元まで伝わった。


危険を感じたGはあろうことか、

俺の顔面に向かって羽ばたいてくる。


丸っこい胴体に対して、

あまりにもショボい羽をブンブン振り回すG。


俺に羽なんてないが、わかるぜ。

あんたは飛ぶのが下手くそだ。


俺は痛みで顔をしかめていたが

Gの軌道がこちらに向いていることがわかると

サッと、顔から血の気が引いていくのを

感じた。


ヤバい、動けねぇ。


恐怖のあまり、体が硬直している。

今の俺は、蛇に睨まれた蛙そのものだ。


クソったれ。動け、動けよ!!


俺は必死に、体に命じる。


こうしてる間にも、

奴の黒い影が迫ってんだぞ!?




ピタッ…。


額に重みを感じた瞬間、

俺の思考が完全に止まった。


「うピャおぅッ!」


ショックのあまり、

ヘンテコな奇声を発しながら

俺は握り締めていた雑誌でGを叩き落とした。


勢い余って自分の頭にもダメージが入って

いたが、Gはそれ以上の痛手を負ったようだ。


床にひっくり返ってバタつかせている

足の数本は、既に動かなくなっていた。


俺は直ぐに半透明の容器

(百均で買った洗面器だ)を被せ、

Gを封じ込めることに成功した。


さぁ、あとは少し隙間を開けて

そこから殺虫剤を吹きかければ

この悪夢から解放される。


ようやく勝利の兆しが見えた。


俺の口元が綻んでいるのは、

安堵からくるものだけではないだろう。


俺は悦んでいた。

そして、自身の力を誇示するように

Gに赤いパッケージの殺虫剤を見せつける。


さっきまで生気に満ちていたGは

今はもう、生きることを諦めたのか

もがくのを止めて、そんな俺を見上げていた。








「いいか、大翔。獲物を仕留める時はな…。

苦しまんようにしてやらな、いかんよ」


ふいに、脳裏に過ぎった記憶。


それは去年の夏に亡くなった

加々良(カガラ) 誠(マコト)(通称じっちゃん)

との、とても懐かしい思い出。


じっちゃんはいつも、

口を酸っぱくして俺に語っていた。

命の尊さを。


でも、そんな彼は猟師だった。





この日のことは、よく憶えている。


俺が初めて狩りに挑んだ日だ。


猟銃を背負った

逞しいじっちゃんの姿に憧れて

幼い俺は猟師になりたいと、

狩りに行ってみたいと

日頃からじっちゃんにせがんでいた。


10歳の誕生日を迎えて間もない

穏やかな春の日。


遂に俺も、狩りに

同行させてもらえることになった。


今回の獲物は野鳥だ。



緑が生い茂った森に木漏れ日が差し込み

雨上がりの草花についた小さな雫が、

陽の光をキラキラと反射させている。


その輝きに負けないくらい、

俺の顔は輝いていたと思う。


じっちゃんが後ろを振り返って俺を見る度に

眩しそうに目尻の垂れた目を細め、日に焼けた

彫りの深い顔を、しわくちゃにしていたから。


「この辺りには、罠を仕掛けておいた。

ほれ、あそこに赤い布があるだろう?」


彼は白髪混じりの前髪をかきあげ

首にさげたタオルで額の汗を拭いながら、

前方を指さす。


目を凝らすと、地面に刺さった

槍のような木の棒に、赤い布が巻かれ

風にはためいているのが見えた。


「あれを中心に、あと5ヶ所罠がある。

獲物がかかっていないか見てきておくれ。

わしはここでテントの準備をしているから

獲物がいたら、すぐに呼ぶんだよ」


「わかった、見てくるねっ!」


じっちゃんの役に立てると思うと

俺の胸は弾み、張り切って駆け出した。


「転んで怪我しないようにな」


低くおっとりとした声が、聞こえてくる。


彼の顔を見なくても、

俺に優しく笑いかけているのが

背に伝わってきた。






俺は森を駆け、罠を探す。


1つ目、2つ目…。

罠と罠の間隔はそんなに離れていないが

急な斜面を登ったり降ったりするのは

結構しんどい。体力に自信がある俺でも

すでに息が切れそうだ。


3つ目の罠へは、大きな岩が散在する

足場の悪い道を通り、足を滑らせた俺は

膝を擦りむいてしまった。

ジンジンと鈍い痛みに涙を滲ませる。


4つ目の罠は浅い川の向こうにあり、

怪我した足で渡るのは少し抵抗があった。


…ここで立ち止まれば、

心が折れてしまいそうだな。


俺は、えいっと勢いよく足を踏み出し

冷たい川の水が傷口に沁みても、

グッと歯を食いしばって耐えた。


やっとのことで川を渡りきり、

岩陰の罠を確認する。


…何もいない。



俺は倒れるようにその場に寝転んだ。


地面から突き出た木の根や、

裾に張り付く湿った泥。


雨に濡れて、よく滑る岩。空っぽの罠。


それらは自然をなめていた俺に、

深い絶望を与えた。


疲れたなぁ。俺なりに精一杯頑張ったのに…。

報われない努力ほど、虚しいものは無い。


自分の不甲斐なさに、ふっと笑みがこぼれた。


俺は、何をしてるんだろう?

なんで猟師になりたいんだっけ?


心の中で、負の感情が渦を巻き始める。


泥まみれで汗臭く、

やっとの思いで畑を荒らす害獣を仕留めても

血の匂いを纏う英雄は、村で敬遠されていた。


俺の親も、友達も。

誰もじっちゃんに寄り付きやしない。


じっちゃんは、

だだっ広い森の中で独りぼっち。

俺はいよいよ泣きたくなった。


きっと、俺に見えていたのは理想の猟師像だ。


そうであってほしいと願う俺が勝手に、

彼のみすぼらしい姿を美化しただけなんだ。




バササッ…。バサッ、バサ。


翼の音が聞こえてきた。

それも、もがいているようだ。


…そんなに遠くない。

俺は足を引きずって、音のする方へ向かう。


そこには、5つ目の罠があった。


赤い布がはためく棒切れの傍に、獲物がいる。


鴨のように丸っこい胴体、

細長い嘴(くちばし)と脚。タシギだ。


その左脚にはワイヤーが、食い込んでいた。


野鳥狩り用に改良されたくくり罠は、

暴れるタシギを捕らえて離さない。


奴が逃げられないとわかっていても

俺は焦った。


せっかく見つけた獲物が

逃げてしまうんじゃないか?


そして、俺は知っていた。


首を捻ってしまえば、

奴が動かなくなることを…。



すぅっと息を吸い込んで深呼吸する。


大丈夫、俺ならできる。

同年代の子どもの中でも

俺はデカくて、力だけはあるんだ。


奴の首を両手で掴み、

その手に力を込めて捻る。


それで終わるはずだった。

奴のギョッとした顔を見た俺が、

臆しなければ。


力が中途半端に緩んでしまい、

奴は苦しそうに口をパクパクさせながら

俺に反撃の体当たりをキメた。


不自然に首が曲がっていても

目をカッと見開き、ジタバタと

生にしがみつく奴の姿を見て

俺は恐ろしくなった。


尻もちをついたまま、

その様子を呆然と眺めていると


「何をしてるんだッ!!」


後ろから、じっちゃんの怒鳴り声が聞こえた。


彼は悲痛の叫び声を上げ続けるタシギの首を

力強く両手で掴むと、一瞬で息の根を止める。


息絶えたタシギは、

さっきまでと打って変わって

穏やかな表情を浮かべていた。


じっちゃんは俺を見据えて、

ゆっくりと語り始める。


「いいか、大翔。獲物を仕留める時はな…。」


あぁ、そうだ。この時のじっちゃんは

怒っていた。悲しんでいた。


俺が自分の力を過信し、自惚れていたことを。

あまつさえ、それを振りかざし

命を痛めつけてしまったことを。


「…お前にもわかっただろう?命を奪うことは

簡単じゃない。軽んじていいもんじゃない。

猟師になるには命を尊ぶ心と覚悟が、

必要なんだ」


泥で薄汚れたその横顔が漢らしく

それでいて物憂(ものう)げだったのを、

俺は忘れられなかった。








ピクっとGの足が動いた。


俺はハッと我に返る。

なんで急にじっちゃんのことを

思い出したんだろう?


しばらく首を傾げていたが、

気を取り直してスプレーを構えた。


さっきまで、悦んでさえいた自分だが

今はなんだかモヤモヤする。


後ろ髪を引かれる思いで、

俺は殺虫剤のレバーに指をかけて噴射した。


プシュッ、シュ…シュゥ…


一瞬だけ勢いよく出たかと思うと、

あとは頼りなく萎んでいった。


なんてこった、弾切れだ。



容器が微かに曇りはしたが、

その効力は怪しい。


このまま放置して様子を見るという選択肢も

あるだろうが、俺は早くケリをつけたかった。


気乗りはしないが、やむを得ない。


俺は殺虫剤を仕入れるために

上着を羽織って、玄関のドアノブに手を置く。


(…大翔。)


ギョッとして振り返った。

背後から、俺を呼ぶ声がしたのだ。

でも、この部屋には誰もいない。

俺とG以外は。


馬鹿げていると思うが、

俺は無意識にGの方に視線を向けていた。


なんとなく、目が合ったような気がする。


(…虚勢ばっかり張る、臆病で優しい子)


「うわぁァ!?」


Gから人間の言葉が発せられて、

俺は逃げるように部屋から飛び出した。


怖い。怖すぎる。


なんで、喋るんだよ?


いや、それ以上に恐ろしかったのは…。


その声が、どことなく

じっちゃんに似ていたことだった。







俺は殴るように隣の部屋の扉を叩いた。


それこそ今にも扉を凹ませる勢いの

鈍い衝撃を与え、拳に赤みがさすほど強く。


「…君は、強盗でもする気なのかい?」


インターホンから、いかにも迷惑そうな

そしてキザな話し方が鼻につく、

若い男の声がした。


隣の部屋に住む、

望月(モチヅキ) 律也(リツヤ)の声だ。


「律也ッ!大変なんだ、Gが出て…

スプレーかけたら奴が喋ったんだ!!」


「昼過ぎだというのに、まだ寝ぼけてるなんて

どれだけ堕落した日常を送っているのかな?

呆れてものも言えないよ。まぁ、君がどんなに

惨めな生活をしていても、僕は興味が無いし

願わくば関わりたくないとも思ってい…」


「殺虫剤持ってないか?必要なんだ、

今すぐに」


俺は、長くなりそうな律也の小言を遮った。


「…渡したら、大人しく帰っておくれよ」


「あぁ、わかった。恩に着るぜ、律也」


俺がしんみり言うと、

プツンと音声通話の切れる音がした。



間もなく殺虫剤を手にした律也が

玄関の扉を開ける。


そりゃッ!と俺は律也を押し退けるように、

部屋に転がり込んだ。

(靴はちゃんと脱いでいた)


遮光カーテンが外界の光を遮る

薄暗い部屋には、青白い光を放つモニターが

リクライニングチェアを取り囲むように

机に置かれ、壁一面を覆う大きな棚に

オカルト雑誌やマンガが所狭しと並んでいる。


仰向けに寝転んでみると

天井に吸血鬼や蜘蛛のイラストが描かれた、

いかにも厨二感漂うポスターが貼られていた。


物で散らかった俺の部屋と違って

この場所は彼の趣味部屋と化し、

生活感が微塵も感じられない。


そういえば、寝具も見当たらないな。


「…悪趣味な部屋だなー。

お前どこで寝てるん?」


「もっと他に、

言うことがあるんじゃないかなぁ?」


俺は頭だけ起こして、彼の方を見た。


黒縁メガネをかけ、几帳面に整えられた

黒髪に切れ長な瞳。優等生の象徴のような

見てくれだが、彼はただの引きこもり

オタクだ。ちょっと物知りで

プライドが高いだけの、やせ細ったチビ。


「何を考えてるか知らないけど

それが無礼なことなのは、ひしひしと

伝わっているよ」


彼は冷ややかな視線をこちらに向けて

眉間にシワを寄せている。


「で?君はなぜ、図々しく

僕の聖域に足を踏み入れたんだい?」


そう問いかける彼の声音は、着実に絶対零度に

近づいていた。冷房の風なんかよりよほど

ヒンヤリしていて、俺はブルルっと

身を震わせる。


「聞いてくれ。Gが…俺の名前を呼んだんだ」


「別に君と親しい間柄ではないけど、

幼馴染の隣人がイカれてしまって

僕は悲しいよ」


微塵も悲しんでいない彼に構わず、

俺は続けて言う。


「それも、じっちゃんの声に似てたんだ!

死んでしまった、彼の声に…」


「…何だって?」


律也はオカルトオタクだ。

蔑むような彼の眼差しに、少しだけ

興味の色が宿ったのを俺は見逃さなかった。


「奴は、じっちゃんの声で

俺に話しかけてきた」


俺は真剣な顔で、彼を真っ直ぐに見つめる。


律也は顎に手を当てて考え込むと

寝転んだままの俺を足でシッシッと払って、

チェアに腰掛けた。俺も床に胡座をかいて座り

キーボードを早打ちする彼を眺める。


「君は輪廻(リンネ)というものを

知っているかい?」


「輪廻?死んでも生まれ変わるって

やつだっけ。最近のマンガに多いよな」


「まぁ、大体そんな感じだね。

肉体が滅びても魂は消えず、

また新しい生命として世に誕生する。

僕が日頃見てるオカルト掲示板でも、

流行ってるんだ。亡き母と同じ子守唄を

歌う鳥。身を呈して溺れる赤子を救った狼。

それらは全て、輪廻転生なんじゃないかって

議論されているよ」


「ちょっと待て、この話の流れだと…」


「君の祖父は生まれ変わって愛する孫に

会いに来た。まるで映画のような、

感動的な話じゃないか」


「ふざけんなッ!!」


俺は嘲笑する彼の肩を、ガッと掴んだ。


「他の生き物なら、まだいい。

でも、Gに生まれ変わっただと?

そんなことがあってたまるか!」


早口で捲し立てる俺を見て、

律也は驚いたような顔をした。

そして、バツが悪そうにそっぽを向きながら


「…悪かったよ。少し言い過ぎた」


小声で謝ってくる。


「ただ、Gから誠さんの声がしたというなら

その可能性も視野に入れるべきだとは思うよ」


「律也は、じっちゃんのこと知ってるのか?」


「知ってるも何も、君の祖父だし…。

ていうか、去年の葬式に僕もいたんだけど?

君はずっとうわの空だったからね、僕という

旧友の存在に気付いてなくても仕方ないか」


律也は呆れたように肩をすくめた。


「害獣から小さな村を守る、たった1人の

猟師。彼が亡くなってから畑を荒らされる

被害が多くなってしまったらしい。

誠さんに日頃、どれだけ助けられていたか、

村人達はようやく気付いたみたいだよ」


「そうだったのか…」


知らなかった。

彼を失った村が今、困った状況にあるなんて。


俺には、関係のないことだが。


「さて、だいぶ落ち着いたんじゃないかい?

部屋に戻って、ケリをつけておいでよ。

結局のところ君の空耳説が1番有力だし

僕は忙しいから、君に構ってられないんだ」







律也に追い出されて、

俺は自分の部屋に戻った。


Gは密閉された容器の中で静かに佇んでいる。


動いていない…。死んだのだろうか?


「おい、生きてるか?」


声をかけてみる。

Gに話しかける日が来るなんてな。


自分でもどうかしてると思うけど

律也から輪廻の話を聞いたことで、

さっきまでの恐怖は無くなっていた。


それに、もし本当にじっちゃんの

生まれ変わりだとしたら

俺に何か伝えにきたんじゃないか?


そう考えてしまうと

日頃から毛嫌いしてるGが、

また違って見える。




沈黙が続いた。声が聞こえたと思ったのは、

俺の思い過ごしだったのだろう。


少しだけ、期待してしまった。

じっちゃんと話せるんじゃないかって。

でも、今の堕落した俺の姿を見たら

彼は悲しむかもしれないな。


無言のまま、のっそりとGは動き出す。


怪我した脚を引きずり、狭い容器の中で

出口を探しているようだ。


「苦しかったろう。ごめんな」


俺は呟くように言って、

ありったけの殺虫剤を吹きかける。

元々弱っていたからか、Gはすぐに

ピクリとも動かなくなった。


俺は壁にもたれて座り、

ガンっと後頭部を壁に打ちつけた。

Gを殺したことは何回もあるというのに

今日は凄い罪悪感に苛まれる。久しぶりに、

じっちゃんのことを思い出したからだろうか。




(…大翔。)


まどろんでいると、また声が聞こえてきた。


(虚勢ばっかり張る、臆病で優しい子)


小さな声で語りかけてくるじっちゃん。

もう、幻聴でもなんでもいい。

俺は彼の言葉に耳を澄ませた。


(ワシは、潮時だ。森を駆けることも、

猟銃を担ぐのも、そして命を狩るのも…。

歳を重ねるごとに、できないことが

増えてしまった)


ゴホッゴホッと苦しげに咳き込んでいる。

これは…じっちゃんの記憶、だろうか?


(大翔は若い。夢や目標があるだろう。

ただ、もし…。あの頃のように

猟師になりたいと、言ってくれるのであれば。この村を任せたい。そう思ってしまうんだ。

彼は命の重さを、身をもって知っているから)


それきり、声はしなくなった。







「人前で泣ける子に、悪い奴なんていない。

大翔、お前は優しい。そして芯のある漢だ。

今の気持ちを大切にするんだよ」


あの狩りの日。


焚き火が仄かに辺りを照らす夜。


泣きじゃくる俺に、じっちゃんは言った。






じっちゃん…。


胸に熱いものが込み上げてきた。


彼が亡くなったと聞いたとき、

俺は泣かなかった。


彼の死を実感できなくて。…認めたくなくて。


でも、今は違う。大粒の涙がボロボロと溢れ

言葉にならない声を絞り出すように、

嗚咽をもらす。


自分の感情に正直な俺は、かっこ悪いだろう。


それで、よかったんだ。


じっちゃんは、俺の弱さを知っていながら

任せたいと言ってくれた。


「じっちゃんの分まで、俺が村を守るから…。

また生まれ変わったら、見ててくれよ」










「律也、俺は猟師になる!!」


僕が殺虫剤を引き取りに行くと

大翔は開口一番、そう言った。


僕は大翔にお茶を出させ、

注意が逸れてる間に装置を回収し

さっさと自分の部屋に戻ってきたところだ。


これは飲料水のキャップ程の、

小さい音声機器。録音した音声を

リモコンで再生することができる。




誠さんは去年、

僕の父が経営する病院に緊急搬送された。


寡黙な人で、あまり話したことは無かったが

僕が熱中症で倒れた時、通りがかった誠さん

に救われたことがある。僕にとって彼は

命の恩人だ。


見舞いに行くと、誠さんも僕を憶えていて

懐かしい思い出話に花を咲かせた。


大翔のことばかり話す、彼の優しい眼差し。


そこに孫の将来を案ずる不安の影も

宿っていることに僕は気付いた。


何か、できることはないだろうか?


僕は考えを巡らせ、

小型の音声機器を入手する。


誠さんが伝えられなかった、大翔への想い。


これを伝えれば、大翔が歩む道を見失っても

背中を押すことぐらいはできるだろう。




もし、大翔なりに何か目標があった場合。


僕はこの装置を使うわけにはいかない。

彼の未来を、縛ってしまうことになるからね。



はや1年。彼を観察していたが、

ナマケモノのようにダラダラしている様を見て

僕は今日、作戦を決行することにした。


前もって彼の部屋に装置は仕掛けてある。


あとは、音声を流すタイミングだけが問題。


彼が在宅で、かつ起きている状態が理想だが

それは聞き耳を立てるしかない。


ドスドスと騒がしい物音が聞こえ、

チャンスとばかりに音声を再生してみたわけ

だけど、まさかGと戦っていたとは…。


Gが喋ったと、慌てふためく彼の姿に

笑いを堪えるのが大変だった。


輪廻などと適当に思いついた、

それっぽいことを言ってはみたけど

結果、上手くいって良かったよ。



アイスティーを淹れて、一息つくと

リクライニングチェアの背を倒して

瞼を閉じた。


いつの間にか、僕は眠っていたようだ。




夢の中で、嬉しそうに微笑む


誠さんの姿を見た気がする。



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