奪われた幸せな日々


あぁ、なんということだ。またもや昼寝をしてしまったではないか――。いや、昼寝だけではない。夜もそうそうに寝落ちしてしまうのには理由がある。そう、羽布団のせいだ。


西川の高級羽布団を購入してからというもの、どうも眠りが深い。朝寝坊するどころかスッキリ目覚められるのだ。夢も見なければ途中で覚醒することもなく、長時間ぐっすり眠れてしまうから困る。この場合の「困る」は照れ隠しで使われるアレだ。


かつて友人がこう言っていた。


「だまされたと思って羽布団買ってみなよ」


この言葉がよみがえる。なぜならわたしは、本気で「だまされた」と思いながら、購入ボタンをクリックしたのだから。


だいたい掛け布団ごときで何が変わる?これまでの長い間、わたしはニトリの毛布一枚でやり過ごしてきた。あの毛布は非常に優秀で、肌触りもよければ抱き心地もよかった。なにより洗濯ができるという利点があった。桜の季節も、真夏の猛暑も、食欲の秋も、外出したくない冬も、すべての季節において清潔を保ちわたしの上で寄り添ってくれた。


だが、温度調整に困ることがあったのも事実。我が家はコンクリートでできているため、夏場は熱を逃がさず室内で猛暑を味わえる。よって、エアコンは常に19℃強風ということになる。

就寝時はニトリの毛布に包まり、イモムシのようになりながらエアコンの寒さに耐えて眠るのがルーティン。


「だったらエアコンの温度を上げればいいじゃないか」


そういう声も聞こえる。しかしそれをすると、今度は暑くて眠れないのだ。ハッキリ言うが、我が家をなめないでもらいたい。多少のエアコン調整でどうにかなるような、そんなぬるい環境ではないのだから。



そして冬ともなればエアコンなどなんの役にも立たない。天井に設置されたエアコンの送風口は、なぜかベランダを向いている。室内を暖める気などさらさらないのだ。さらに冷たい空気は下にたまるため、立位・座位よりも低い位置にあるベッドなど、30℃強風にしたところでシベリア並みの寒さ。


そこへきてニトリの毛布は、体温を逃がすまいと必死にわたしを包んでくれるのだが、所詮は毛布。どうやったって寒さをしのぐことなどできない。そこでわたしは想像する。もしも冬山で遭難したら、体温を下げないためにもとにかく温かい格好をするだろう――。ガサゴソとクローゼットからユニクロのウルトラライトダウンを引っ張り出すと、それを着て毛布をかぶって眠った。


しかしダウンは体にフィットしすぎて寝苦しい。そこで再びガサゴソとユニクロのフリースを取り出して着替える。


(ホワホワしていて、わるくない)


こうしてわたしの冬は、上半身はユニクロのフリース、下半身はスウェットを重ね履きすることで、ニトリの毛布一枚でしのいできたのだ。


この現実を聞くと、なんとなくかわいそうになるだろう。なぜそんな苦労をしてまで、掛け布団を買わなかったのか疑問に思うだろう。しかし当の本人は、それを苦労だと感じていなければ不便だとも思わなかった。むしろそれが普通のことだと、今でも思っている。



そんな我が家に、初の羽布団がやってきたのだ。



それなりの金額を払って購入した羽布団、少なくともニトリの毛布よりは快適であってほしい。そうでなければ売るにも困るし捨てるにもかさばって大変だからだ。

――まだ使ってもいない羽布団を、捨てることまで想像していたわたし。それくらい半信半疑で迎え入れたのだった。


ところがどうだ。羽布団を使い始めてから、吸い寄せられるようにベッドへと潜り込む毎日。今までの昼寝は、ソファで横になり30分ほどウトウトする程度だったが、今ではベッドで羽布団をかぶり、30分のはずが2時間経過している始末。ケータイで30分のアラームをかけているにもかかわらず、無意識に止めて睡眠を継続している模様。もちろんその間の記憶もなければ夢も見ていない。ただ起きたら時間が過ぎているという、超不思議なマジック。



こうして今日もついさっき目が覚めた。帰宅後、ちょっとだけ仮眠をとろうと思ったのが運の尽き。夜のど真ん中までぐっすり快眠してしまったのだ。



――あぁ、こんなことならだまされなければよかった。ニトリの毛布で幸せだったじゃないか。あの頃の幸せはもう、戻らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

睡眠、羽布団を覚える URABE @uraberica

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ