手合わせしましょう


 四人は薄暗い通路に足を踏み入れた。通路が斜めに歪んでしまっている上に、やたらとピカピカな金属製の壁だ。その壁を通路がわりにするのだから、慎重に歩かなければ転んでしまいそうだ。ただ年月がかなり経っている為だろう。所々錆びついていて、茶色い錆が通路を薄汚くしている。逆にそれが出っ張りとなって、滑りやすい足の裏を引っ掛けてくれた。

「さすがにこの中には光は差し込まないわね。ライト使うね」

 通路に入ってすぐに、ヨウサが照明となるライトの魔法を使ってくれた。魔術を学ぶ者ならば、最初に学ぶ基礎中の基礎、光の球を生み出す魔法である。もっとも、光の精霊の力を使う魔法なので、精霊族であれば容易に作り出せるが、魔力の低いマテリアル族からすれば、この魔法も簡単に使えるものでもないのだが。

「明かりは抑えめにした方がいいかもよ〜。まだ中にフェイカーがいるんだとしたら、バレない方がいいんじゃないかなぁ〜?」

 ヨウサのライトを見ながら、ガイがコソコソと囁く。その言葉に先頭を歩いていたシンが振り向いた。

「どうしてだべ?」

「またボク達だって分かったら〜、イキナリ攻撃してきそうじゃない〜? そうでなくても初対面から攻撃的だったしさぁ〜」

 ガイの言葉にシンジが頷いた。

「僕も同感。まずは様子を見た方がいいと思う。用心に越したことはないよ」

「わかったわ、任せといて」

 二人の意見に、ヨウサは自分の頭上に浮かべた光の球に、込める力を緩める。それでも薄暗い通路を照らすには十分な光量だ。ヒタヒタと歩く足音も、思ったよりは響かない。四人はひっそりと前進を続けた。

 道は思ったよりもシンプルだった。細い通路がしばらく続くと思ったら、今度は開けた場所に出た。相変わらず奇妙な金属製の壁に床だったが、今度は斜め上の景色が違う。元はガラス張りの天井だったのだろうか。斜めになった天井には木の根っこが見えるばかり。その天井の足元あたりには斜めに傾いた大きめな板が、壁部分に張り付いているのが見えた。先頭のシンがその板に近づいて、薄汚れた埃を手で払ってみた。元は何かの施設だったのだろう。どうやら建物の地図のような図が描かれている。おそらく案内板だ。

「この遺跡の地図みたいだねぇ〜。元々は大きな建物だったのかなぁ〜」

 案内板を覗き込むシンの後ろから、ガイがそんなことを呟く。シンの隣では、シンジが早速古代文字の解読を試みていた。

「……ナントカ……自然えねるぎー……研究……? 何だろう、研究所かなんかだったのかな、ここ?」

 所々読めない古代文字を飛ばしながら、シンジが読み上げる。その後ろから、ヨウサも一緒になって案内板の古代文字を覗き込む。

「ラボ……研究室のことよね。展示とか……庭とか……書かれてるわ。きっと古代の研究施設だったのよ、ここ」

 二人の言葉にシンは思わず首をひねる。

「古代の自然エネルギー研究所ってことだべか。でもそーなると星魔球とは繋がらねー気がするだな……」

 その言葉に、シンジもうーむとあごを押さえる。

「星魔球って、古代の魔法技術だよね……。占いとか、星を詠むとか……。古代のエネルギー技術って、ヨウサちゃんのような電気エネルギーが主なはずだし……確かに、なんだか星魔球には繋がらないよね……」

「さてはフェイカーのヤツ、手当たり次第なんじゃないの〜? きっと電気エネルギーも魔法技術も、区別がつかないんだよ〜。あはは〜」

と、若干バカにしたような口ぶりでガイが言う。しかしヨウサは重い表情で首を振った。

「分からないわよ。もしかしたら私たちが知らない星魔球の知識があるのかもしれないわ。言ってたじゃない、フェイカー既に三つは手に入れたって。それにあの子は、古王大陸からやって来たって言ってたわ。古王大陸には、古代文明の知識も技術も遺跡も数多く残るって、地理の授業で習ったじゃない」

 さすが、真面目に授業を受けているヨウサである。基本的に授業にあまり集中できていないガイとシンは、ただただ感心するばかりである。一方のシンジはヨウサに同意して頷いていた。

「正直星魔球については、僕たちの方が知識不足だよ。僕たちが知っている星魔球は、ナーニャ先生の双子座の星魔球だけだもん。既に三つも情報があるフェイカーの出方を見た方がいいと思うな」

「シンジまでそう言うなら、判っただべ。とりあえずどっちに行けばいいんだべか?」

 シンの言葉に、四人は辺りを見渡した。いま来た道以外に通路はいくつか見えた。どれも薄暗く、木の根っこが所々視界を邪魔しているばかり。正直どの道も変わり映えしない。ヨウサが案内板ともう一度にらめっこしていた。

「庭に行ってもしょうがないし……。研究室がいっぱいあるけど…………あ、中央制御室! 明らかにこの施設の中心っぽい所があるわよ!」

と、ヨウサが案内板を指さしながら大きな声を上げる。同じく案内板を見ていたシンジが左の方を指さした。

「今の場所の形からみて、こっちじゃないかな」

「よし、いくだべさ!」

 四人は足早に案内板を後にした。

 中央制御室に向かうだけあって、道は先程よりも広くなっていた。相変わらず通路は斜めに傾いているのだが、今度は傾斜が緩やかな分、ちゃんと床の部分を歩くことができた。元は照明があったのであろう壁や天井には、虚しく空洞がぽつりぽつり空いている。床は何の素材でできているのかわからないが光沢があり、それでいて通路の真ん中は、歩きやすいよう滑り止めの加工がされているようだった。材質といい技術といい、こんな通路一つとっても、今のアルカタ世界にはないものだ。

 程なくして、大きな扉が目の前に見えてきた。遠目から見ても、その扉の隙間から光が漏れている。明らかに今までとは様子が違う。それに気がついてシンが、後ろの三人にポツリと声をかけた。

「明かりが見えるべ。人がいそうだべさ」

「静かに行こうね。駄目だよ、シン。いきなり突撃しちゃ」

「わかってるだべさ!」

 双子がそんなやり取りをしている間に、四人は扉の目の前までやってきていた。静かに歩いて来た上に、ガイの『影呑みの術』で気配も薄い彼らだ。中からは、こちらに気がついている様子はなさそうだった。

「まずは様子を見てみましょ。シンくん、そっと覗ける?」

 ヨウサの言葉に、シンが無言で頷く。隙間の空いた扉は、どうやら横開き型のようで、押しても引いても動かなかった。そっと右に押しやると、音も立てずに扉は少しだけ右にずれた。先程よりも太く光が漏れるようになると、そこからそっとシンは中を覗いた。そのシンの頭の下にはシンジが、その下にはヨウサが、そして床に這いつくばるようにしてガイが中を覗き込んだ。

 すると――

 まず目に飛び込んだのは、大きな機械仕掛けの光の玉だった。四角い奇妙な箱の上に、明々と輝く丸く黄色い光、そんなカラクリの光が、この中央室を明るく照らしていた。そしてその明かりを背後に受けるようにして、何か平らなテーブルの上で、忙しく指を動かしている一人の人物がいた。白っぽい頭に、長く白い服装は白衣だろうか。ひょろりとした小柄な体型の男に見えた。部屋の中は、カタカタと何かを叩く音と、ブゥーンという古代の機械が静かに動いている音が響くばかりで、人の声はしなかった。

「誰かいるだな……」

「でもフェイカーじゃないねぇ〜」

 男の姿を見るなり、シンとガイがコソコソと呟く。

「なんだか服装がレイロウ先生に似ているね……」

 男を確認するなり、シンジはそんなことを口にした。それにヨウサが気付いて、シンの服の裾を引っ張った。

「レイロウ先生と同じような、古代文明の研究者じゃないかしら。それならこの場所に来るのも分かるわ。それにあの大きな明かり、電球っていう古代文明の照明器具でしょ。考古学者なのよ」

 シンジに続けてヨウサが囁くように言う。その時だ。

「キルバ〜。まだわかんねーのかよー」

 聞き覚えのある声に四人は息を飲んだ。すると部屋の隅から、金髪の少年が白衣の男に近づいてきた。黒い服装に二の腕の大きな黒いタトゥー――そう、フェイカーだ。

「やっぱりいたね」

「て、ことはやっぱり星魔球がここにあるだべな?」

「まだわからないけど……」

 双子がコソコソそんなやりとりをしていると、ヨウサがシンの服の裾を引っ張って制した。

「しっ。何か話してるわ」

 ヨウサの言葉に、四人が耳を澄ませると――

「フェイカー様、お目覚めですか」

「なげーんだもん。もう昼寝飽きた。それよりどうなんだよ、星魔球の場所はわかったのか?」

 白衣の男とフェイカーのやり取りに、四人は顔を見合わせて頷きあった。やはり彼らも星魔球を探しているのだ。だが会話の様子だと、まだ見つけてはいないようだ。二人の会話はまだ続く。

「ふーむ、やはりこの東方諸島に一つあるのは確実のようですぞ」

「ホントか!」

 白衣の男の言葉に、フェイカーは途端声色を明るくして男に近づく。見れば白衣の男が立つ奇妙なテーブルの前には、大きなモニターが見えた。

「あの人がいじっているテーブル……古代文明の技術、電算機コンピュータね。魔導転送通話と同じように、画面にいろいろ映るアレはモニターだわ」

 さすが電気関係の知識となると、意欲的に勉強しているヨウサである。白衣の男が扱っている機械を簡潔に解説する。

「もしかして、古代文明の電算機の中に、星魔球のことも記録されているのかしら……?」

 ヨウサが推測している間に、フェイカーは白衣の男がモニターに映し出した画面を食い入るように見つめていた。

「これが東方諸島……? なんだか俺が見た地図と違うぞ」

「そりゃあそうですよ、フェイカー様。これは古代の地図。地殻変動によって今の地形になる前の地図です。大昔、ここは一つの大陸だったんですよ」

「ふーん、そうなのか。で、地図のこの目印の場所が、星魔球ってわけか」

「恐らくは。古代の科学者も、大まかな場所の割り出ししかできていなかったのかも知れませんな」

「今でいうとどの辺りなんだ?」

「さあ……地殻変動で大分昔とは形が違いますからな……。ヒマリ皇国かアーサガ王国かマヘチの森か……その辺りでしょうかね」

 その言葉を聞いて、シンの足元でガイがガッツポーズをしていた。

「聞いたよ聞いたよ〜。一つはその辺りだって〜」

「ざっくりだべな……」

「探すの大変そう……」

 思わず弱音が漏れる双子である。だがそれはフェイカーも同じだったようで、

「随分ざっくりだな……」

と、同様に呆れているようである。

 しかしフェイカーはすぐ気を取り直すと、偉そうに両腕を腰に当て、胸を張っていた。

「まあいい。どうせあの時の塔みたいに、何かしら今でも残ってるんだろ。知っているヤツがいれば片っ端から白状させてやる。俺様のこの力を使ってな!」

「頼もしい限りです、フェイカー様」

 白衣の男におだてられて、得意げに金髪の少年が笑っている間に、四人は扉から顔を離してコソコソと話し始めた。

「とりあえず、このクヌギ国にはなさそうってことはわかったね」

「ヒマリ皇国だと、ここから随分離れた場所よね。また船に乗るようだわ」

と、シンジとヨウサが先の話をすると、シンは腕組みして唸っていた。

「星魔球のことは、ちょっとヒントが得られたからいいだべが……。ヤミゴケの解毒剤はどうなんだべか?」

「さっきの話じゃ、ヤミゴケの話は出てこなかったしね〜。どうする〜? ここはフェイカーに見つかる前に一度離れて〜、薬草探し、再開する〜?」

 ガイの提案にシンが考え込んだ時だった。部屋の中からフェイカーの声がまた響いた。

「ところでキルバ。これでこの土地には用無しだが、あのクヌギ国の奴らはどうする? ほら、ヤミゴケをばらまいた……」

 その言葉に、四人は一斉に聞き耳を立てた。すると白衣の男は平然と言った。

「放っておけばいいでしょう。目的の情報は得たわけですし」

 思わず四人がムッとした直後、思いがけずフェイカーの動揺した声がした。

「い、いいのか……? たしかあのコケ、伝染ったら死ぬんだろ……? 一応とはいえ、あそこの長老、脅したらこの森に遺跡があることは教えてくれたわけだしよ。実際見つかったんだし、治してやってもいいんじゃねーの?」

 フェイカーのその言葉に、白衣の男は初めて振り向いた。シワの刻まれた中年の男の顔には、光を反射して、目も見えない程のぶ厚い眼鏡。そしてその下で薄い唇が冷たく微笑んでいた。

「いいんですよ、マテリアル種……たかが植物ですよ。ヒトでもない。そんな奴らにいちいち時間なんて割けませんよ。それに、あのヤミゴケに解毒薬なんてありません。我らヒトの役に立たない植物など、死んでもいいじゃありませんか」

「そ、そうは言ってもよ……」

 その時だ。急にガガッと音がしたものだから、白衣の男とフェイカーはぎょっとした。音の方を見れば、部屋の入り口に、思いがけない人物が立っていた。

「聞き捨てならねーだ! 死んでいいヤツなんていねーだべ!」

 そう、シンである。あまりの発言に、シンが怒って扉を開けて部屋に入ってきていた。ここに自分たち以外に誰かいるなどと思いもしなかった二人は、当然、シンの登場にうろたえた。

「お、お前ら……⁉ いつの間に……!」

「ななな、何者ですか、あやつ等は……⁉」

 そしてシンの背後では、ガイが頭を抱えていた。

「あああ〜……わざわざ見つかりに行かなくても〜……」

 しかし、そう後悔しているのはガイだけだ。怒りで白衣の男を睨むシンの隣には、シンジとヨウサも怒りの表情を浮かべていた。

「ホントはこのまま大人しく帰ろうかとも思ったけど、あんまりにも酷いこと言ってるからね。ちょっと黙っていられなくなっちゃったよ」

「私達植物マテリアル族を何だと思ってるの⁉ このアルカタ世界じゃ植物系も動物系もみんな平等な命なのよ。許せない」

 ヨウサに至っては、怒りでバチバチと周囲に静電気が発生しているほどである。そんな三人の様子に、白衣の男はあわあわとフェイカーの後ろに隠れこんだ。大の大人が、子供の後ろに隠れるものだから、体が隠しきれなくてしゃがみこんでいる。

「フェフェフェフェイカー様! あやつ等、精霊族ですぞ……! フェイカー様のように魔法という能力を使う、恐ろしい一族です!」

 怯えて舌が回らない男を背に、フェイカーはフンと鼻を鳴らした。

「知ってるぜ。なんてったって、前に一度会ってるからな。さてはお前ら、俺の後をつけてたんだな⁉ 星魔球の情報を得るために!」

「違うだべがそうだべさ!」

「あ、なっ…………え……?」

 シンの回答に思わずフェイカーの動きが止まる。相変わらず意味の捉えにくい兄の発言に、シンジも隣で首を捻っている。

「……えーと……そのようなそうでないような……」

「ま、まあいい! どっちにしても俺様の邪魔をする奴らには変わりねーんだ! ここで俺様の力を見せつけて、二度と邪魔できなくしてやるぜ!」

と、フェイカーが腕を上げる仕草をすると、双子は構え、白衣の男は慌ててフェイカーにしがみつく。

「フェ、フェイカー様、ま、まさかここで魔法をお使いになるつもりですかっ⁉ いけません、古代のコンピュータがあるんですぞ、貴重なデータも技術もまだ生きているんです、壊すわけには……」

「うるせぇ! もう星魔球の場所はわかっただろ! そうなりゃこんな場所、用なしだぜ! くらえっ!」

 男の制止も聞かず、フェイカーは開いた両手に力を込めた。途端、ぶわっと力の波動を感じ、シンは飛び上がり、シンジはヨウサを押し出すように横に逃れた。直後、彼らのいた場所に、突風のような気のカタマリが押し寄せた。地面に突っ伏したままのガイが、その強風に思わず頭を押さえた。

「うわー! すっごい魔力の波動〜! まるで強風だよ〜!」

 攻撃をかわしたシンが、フェイカーの上空から叫んだ。

「そっちがその気なら、オラだってやるだべよ!『鎌鼬かまいたち』!」

氷刃ひょうじん!』

 シンに続いてシンジも術を放つ。シンの短剣から放たれた風の刃と、シンジの刺すように冷たい冷気が、一直線にフェイカーに向かう。

「はん、そんな攻撃……っ!」

 双子の攻撃に気がついたフェイカーは、即座に動いた。右手をシンの刃に、左手をシンジの冷気に向けて伸ばした。そして双子の攻撃がフェイカーに当たると思った次の瞬間だ。

 ブオンと鈍い音が響き、フェイカーの掌からまたも魔力の波動が放たれた。フェイカーの周りが、空間が歪むように波打つと、その波に打ち消されるように、風の刃も冷たい冷気も消え去ってしまった。

「相殺した⁉」

 状況に気がついたシンジが、驚きの声を上げる。

「へぇ……これが魔法攻撃ってヤツか……。大した事ねえな!」

 双子の攻撃を打ち消したフェイカーは、腕を下ろし得意げに叫んだ。

「どういうことだべ⁉ 壁を作っただべか⁉」

 攻撃が効かなかったことにシンが動揺すると、様子を見ていたガイが相変わらず地面から答える。

「多分、アイツの魔力を放ったことで打ち消したんだよ〜! 呪文に頼らず、魔力の制御だけで、これほどの力を発揮するなんて〜!」

 ガイの説明に、二人は唇を噛んでいた。魔法攻撃を打ち消すには、通常なら魔法防御の壁を魔力で作るか、同じように魔法攻撃を放って相殺するなどの方法がある。しかし今回は壁でも魔法攻撃でもなく、フェイカーの持つ魔力を外に放っただけで打ち消したのだ。それは彼の魔力の高さを裏付けていた。

「それなら、これでどうだっ! 『召喚――青女せいじょ』!」

「こっちもだべ! 『召喚――炎精えんせい』!」

 即座に双子は召喚魔法に切り替えた。通常の魔法攻撃よりも、遥かに攻撃力の高い技だ。冬の吹雪のような氷の突風と、巨岩のような巨大な炎が、轟音とともに双子の両掌から飛び出した。それに気付いて、フェイカーも即座に構えた。

「何度やっても同じだぜっ! はっ!」

 金髪の少年を丸飲みするほどの吹雪と炎のカタマリが、勢いよく襲いかかる。一瞬吹雪と炎の渦に飲まれたかのようにみえたフェイカーだったが――

「無駄ムダぁーーっ!」

 叫ぶフェイカーの周りには、またもあの魔力の波動が現れて、二人が放った魔法をことごとく拡散してしまった。

「なんて魔力だべ!」

「召喚魔法を打ち消すなんて……!」

 フェイカーの魔力に圧倒され、思わず冷や汗が流れた。双子が次の手を考えている間にも、フェイカーは双子に向け、それぞれ手を広げていた。

「今度はこっちの番だぜ!」

 魔力の波動が来ると察したシンが、短剣を前に構え、防御の魔法を使おうとしたその時だった。

「うっ……⁉」

 思いがけず、奇妙な声を上げたのは、なんとフェイカーの方だった。

「な、んだ……めまいが……っ」

 そう呟いたのもつかの間、急にフラフラとよろめいて、フェイカーが地面に片膝をついた。

「な……どうしただべ……?」

「何が起こったの……?」

 双子も意味がわからず困惑していると、様子を物陰から見ていたヨウサが息を飲んだ。

「まさか……魔力の使いすぎじゃない……? 私も魔法練習の時に頑張りすぎて、あんなふうになったことが……」

 そう呟くヨウサの言葉に、驚いたのは双子だけではなかった。

「使いすぎ……だと……⁉ この俺様が魔力を……使いすぎ……⁉」

 当の本人のフェイカーまでもが、今の自分の現状に驚いている様子だった。急に息が上がり、顔色までもが青白くなってきている。

「バカな! 今までこんなことは一度も……!」

 しかし困惑するフェイカーに、ガイが地面に突っ伏したまま首を振っていた。

「明らかに魔力過剰消費の症状だよ〜! 無理も無いよ〜! 召喚魔法ほどの大技を、壁も使わずに相殺するなんて〜、そんじょそこらの魔力で対応できるわけがないんだから〜!」

「召喚魔法……だと……⁉ くそっ、大技だったってのか……!」

 ガイの言葉に反応し、舌打ちをするフェイカーだったが、態度とは裏腹、体のダメージは思いがけず大きいようだった。フラフラになりながらもなんとか立ち上がった時だった。

「フェイカー様! 今はあやつ等ごときに構っている場合ではありませんぞ! ここは逃げるが勝ちです!」

 いつの間にそこにいたのか、ガイの突っ伏している地面のすぐ隣、この中央制御室の扉の前に、白衣の男は移動していた。見れば、あの電球のついた奇妙な装置を背負って、逃げる気満々。既にその扉から半身飛び出してしまっている。

「あっ! 逃げる気だなっ!」

 気がついてシンジが白衣の男の方を向くと、男はひい、と悲鳴を上げてもう廊下に飛び出してしまった。

「フェイカー様! お早く! 私めは先に行きますぞ!」

「逃がすかっ! 『皓々こうこう』!」

 白衣の男の動きを止めようと、シンジが即座に魔法を放つ。男はその攻撃を背中の装置には食らったものの、足止めには至らなかったようで、扉の向こうでたったったっと足音が遠のいていった。

「くっそー! これで勝ったと思うなよ! これでおあいこだっ!」

 四人が白衣の男に気を取られている間に、フェイカーも駆け出していた。双子が気付いたときには、あっという間に扉を通り抜けていた。そして薄暗い通路の奥へと溶けるように、金髪の頭が遠のいていった。




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