ひらいたひらいた
四人はゴキブリ型の魔物を追い払って、ようやく落ち着いて周りを見ることができた。相変わらず暗がりから、カサカサとゴッキーたちが様子をうかがっている音はするが、襲ってくる気配はない。異様なまでの陰の気配が漂う大穴の底だが、周りを見渡せば意外なことに気がついた。
「光……が差し込んでるね……」
思わずシンジがポツリ呟く。そうなのだ。大穴はただぽっかり森に大穴が空いているだけかと思っていたが、実際は違っていた。大穴の底はまるで地下洞窟のように、もっと広く大きく広がっていたのだ。そして所々に陽の光が線のように差し込み、その光の当たる場所には草や木々がひっそりと佇んでいた。それはまさに、森の地下世界。古代の森よりもひっそりと、しかし静かに光が入る神秘的な空間だ。あくまで女神のヘソは、その地下世界の入り口に過ぎなかったのだ。
「思った以上に大穴の底って広いんだべな……。右にも左にも道があるだべ」
シンがそう言って周りを見渡せば、少なくとも奥へと続いている道が二つはあった。
「どっちか行ってみようか。なんだか、光の差し込むところには植物もあるから、もしかしたら探している古代植物が見つかるかも」
そうシンジが提案する後ろでは……
「どっちでもいいから早く移動して〜! ゴキブリのいる所から早く離れたい〜!!」
相変わらずヨウサが、恐怖と嫌悪感に叫んでいるのだった……。
四人は、光がより多く差し込む方の道を選んで進んでいった。大穴は大きくポッカリと天井が全くない状態だったが、その大穴から伸びる洞窟はそれとは少し様子が異なる。左右に広がる洞窟を見上げれば、灰色の岩が思ったより低い位置で光を遮り、低い天井になっていた。しかしそんな場所を抜ければ、急に青空と眩しい太陽が頭上に広がる。シンは真上を見上げて気がついた。
「ここ……大木の隙間だべ」
光を漏らしているのは、なんと大木の太枝の間だった。木漏れ日が、大穴の底にまで届いているのだ。
「あそこまで大きくなった木だからね〜。枝分かれすると一気にその真上が空白になるんだろうねぇ〜。どうやら、あの大木の根っこがこの地盤を砕いて、この洞窟が出来上がっているんだねぇ〜」
ガイの説明の通り、どうやら底に光が差し込んでいるのは、あの古代の森の大木が、地盤を砕いて根を張ったからのようだ。白い岩壁に紛れて、木の表面のような根っこがあちこち壁を走っている。洞窟を歩いているとも、根っこをくぐっているとも、どちらとも言える景色だ。気がつけば陽の光のおかげなのか、陰の気がやわらぎ陽の気が漂っている。
シンは陽の光を浴びている一つの植物に手を伸ばした。柔らかな黄緑色をした葉っぱは、今まで見たこともない形をしている。
「もしかして……これも古代種ってやつだべかな?」
「ありえるねぇ〜……でも、目的の『ティートリー』ってやつではなさそうだけどねぇ」
ガイの説明に、シンジが首を傾げる。
「じゃあどんな形してるの、それ?」
「フタバくんの調べによると〜、草じゃなくて、木なんだって〜。木にね〜、こんな形の葉っぱがついてたら、それがティートリー」
そう言ってフタバのメモをガイが見せてくる。メモには絵も書かれており、その絵には、トゲトゲした小さな葉っぱが枝にびっしり生えていた。当然のことながら、見たこともない木だ。
「じゃあ、そういう形をした木を探せばいいんだべな!」
「そういうことになるねぇ〜」
「じゃあ、急がないと。時間的にはもうお昼よ。帰る時間を考えたら、ゆっくりしていられないわ」
ヨウサの言うとおりだ。日の差す所から上を見上げれば、太陽が眩しい。太陽が高い位置にあるということは、既に時刻は昼なのだ。早朝から出だしてこの時刻。帰りは大穴をよじ登らなければならないのだから、ますます時間がかかる。
「手当たり次第、日の当たる場所を見ていこう!」
シンジの提案に残る三人も頷いた。片っ端から見つける木々を、メモの絵と見比べていく。
「この木はどうだべ?」
「ちがうなぁ〜」
「じゃあ、こっちは?」
「明らかにちがうなぁ〜」
そんな調子でしばらく探していると、四人は妙なことに気がついた。
「なんだか……荒らされてるだべな……」
見れば、日の当たる場所にようやく残っている草花が、無遠慮に踏み荒らされている場所に気がついた。しかも、それはとある一箇所にだけ集中していた。
「見て、ここなんか、木が折られてる!」
シンジが指差すところは、岩壁に寄り添うように生えていた木が、枝を無様に切り落とされていた。それを見て、不思議そうにガイが首を傾げる。
「おかしいねぇ……。ここには滅多に人は入らないんでしょ〜?」
「その割に、傷は割と最近のように見えるわ。それにホラ」
と、ヨウサは地面を指さした。
「この足跡、明らかに人のものだわ。私達以外にここに誰か来たのよ」
「でも、一体誰がだべ?」
「クヌギ国の人も滅多にこないって言ってたし、チユも最近誰かが行ったなんて話は、一言もしてなかったよ?」
思わず四人は無言になって頭をひねる。しかし、そんなことで材料探しを中断している場合ではない。
「そんなことより、まずは材料探しちゃおうよ〜」
ガイの呼びかけに、渋々シンたちは材料探しを再開した。
必死に走り回っているのだが、なかなか目的の植物は見つからない。だんだん大穴に差し込む光の位置が斜めになり、少しずつ光の当たる面積が小さくなって来ていた。もう日が傾きだしていた。
「どうしよう……本当に見つかるかしら……」
ヨウサは思わず不安が口をつく。口には出さなかったが、その場にいる全員が同じように不安を抱えていたに違いない。
「諦めちゃ駄目だべさ! もう一度最初の場所に戻って探し直すだ!」
シンが決意新たに強い声で言うと、不意に口を挟んだのはシンジだった。
「ちょっと気になる事があるんだけど……」
唐突な発言に、思わずシンは目をぱちくりと瞬きしていた。
「なんだべ、急に……」
「いやさ、さっき植物が荒らされてた場所あるじゃない? あそこの辺りに、そういえばって気がついたことがあるんだよ」
難しい顔で地面を見ながら、ぽつりぽつり思い出すようにシンジは言う。
「気がついたこと?」
ヨウサの問いかけに、シンジはようやく顔を上げた。
「うん、あの辺りさ、妙に岩壁が真っ平らだったと思わない? なんだか色もやたらと白っぽかったというか……光っていたっていうか……」
そこまで言ったとき、あっとガイが声を上げた。
「ななななんだべ、急に!」
「びっくりするじゃない!」
と、シンとヨウサが驚くが、そんな二人を無視してガイが口を開いた。
「そうだよ〜! この土地、古代文明の遺産が残っている土地じゃない〜!」
「んあ? 急にどうしただ? そんなの、この土地に来てから最初に聞いたべさ」
「そうか、それか!」
と、シンの問いかけを無視して、今度はシンジまでも大声を上げた。
「シンジくんまでどうしたの?」
ヨウサが怪訝そうに問うと、シンジは真面目な表情で二人に向き直った。
「わかったよ、シン。きっとこの大穴にやってきたのは、アイツだ! フェイカーだ!」
「えええっ!? どういうことだべ!?」
驚くシンに、シンジは頷いて続けた。
「言ってたじゃない、フェイカーは古代文明の遺産が残っている場所を探しているって。で、この大穴にもあったんだよ、古代文明の遺産が! あのやたら草が踏み荒らされて木が折られていた場所、あそこの壁だけおかしかった。やたらきれいに平らなんだもの。まるで……人工物みたいにね……!」
「あっ!」
シンジの言葉に、ようやく意味を理解したシンとヨウサの声がかぶる。
「じゃ、じゃあ、あの場所に古代文明の遺産があったっていうの!?」
「そしてそこに、フェイカーがやってきたっていうんだべな!?」
「あくまで可能性だけど。でも、アイツ妙な力を持っていたじゃない? 呪文もなしに、僕たちの足元を崩せるくらいの力。もしかしたら、ここに簡単に入れちゃうくらいの力はあるのかも」
二人の言葉にシンジが推測すると、ガイもうんうんと頷いて続ける。
「だとするともしかすると、星魔球かも知れないねぇ〜。なんてったって、あのフェイカーが探していたのも、星魔球なんだもの〜」
その言葉にシンは頭を抱えて唸りだした。
「だぁあああ! 薬の材料探しも忙しいってのに、星魔球だべか!」
「でも、こっちも急がなきゃいけないわ! 先を越されたらデータが取れないかも知れないもの!」
「わかってるだべよ!」
ヨウサの指摘に、シンの口調もついキツくなる。
「確か、あの荒らされてた場所はこっちだったよね!」
「急ぐだべ!」
四人は血相を変えて、大急ぎでもと来た道を引き返していった。
程なくして、やたらと荒らされた場所に四人は戻った。シンジに言われて後から見直すと、確かにここの壁だけ異様に真っ平ら、そして色も微妙に他の岩肌とは違う。
「この辺りを、フェイカーも調べた可能性は高いねぇ〜」
踏み荒らされた場所をまじまじと見ながら、ガイが呟く。
「星魔球の何かヒント、見つけたのかしら……」
ヨウサが不安げに呟くその隣で、シンジがまたも妙なことに気がついた。
「ねえ、シン。この壁、なんか書いてない?」
「どれだべ?」
言われてシンジが指差す所をじーっと見ると……そこは、土をかぶり薄汚れていたが、明らかに誰かがその土を払ったような形跡があった。そしてその場所には何か文字のようなものが見えた。
「古代文字……よね?」
その文字にいち早く気がついたヨウサが、ぽつり呟く。
「なんて書いてあるんだべ?」
「えーっと……『開く』『閉じる』……? ん??」
シンに促され、それを読んだシンジだったが、意味がわからず首をひねる。すると、ガイがあっと息を飲んだ。
「わかった〜! 扉だよ〜! 開けるボタンと閉めるボタンじゃない〜!?」
ガイの言う通り、まさにその文字はボタンだった。文字を四角く囲う枠は、確かに触れば押せそうな出っ張りだ。ボタンともなれば、思わず押してみたくなるのが人の性である。ガイのボタン発言の直後、とっさにシンがそのボタンらしきものを押すが――カチカチ確かに動くのだが、それ以外特段変化はない。
「……動かねーだべな……」
「動かないね……」
と、双子が残念そうにしていると、ガイがさも当たり前のように答えた。
「そりゃ〜そうじゃない〜? 古代文明の遺産だよ〜、遺跡だよ〜。もうとっくの昔に壊れてるよ〜。それに壊れてなかったとしても、当時の文明のエネルギーってほとんどが電気でしょ〜? 電気エネルギーを送らなきゃ動かないでしょ〜」
「じゃあ、やってみる?」
と、返事を待たずして、ヨウサがそのボタンに手を触れる。何と言っても雷の力を持つヨウサである。ちょっと力を込めれば途端、パリッと掌から小さな電流が走る。
するとその直後だった。電気がパリッと当たった途端、ボタン部分の二箇所が青く光ったではないか。
「おお! 光っただべよ!」
「これ、もしかして起動した⁉」
双子が思わず声を上げると、ヨウサは迷いなくボタンをかちっと押してみた。すると、さも当然のようにボタンはポーンと音を立て、直後、ガガガッと岩がこすれることがして、平らな壁に縦長な三角形の穴が開いた。
「わわわっ! 道ができたよ!」
「すげーだべ! 古代文明の遺跡だべな!」
と、シンとシンジが驚いたのもつかの間、
「……にしても、どうしてこんな三角形の穴だべ……?」
開いた穴をまじまじと見るシンに、シンジが中を覗き込みながらあっと声を上げる。
「わかった! これ、遺跡が斜めに倒れているんだよ! ほら、これ中に通路があるけど、道が斜めだもん。きっとこの遺跡、随分昔にこの穴に落ちて、斜めのまま土や木が覆いかぶさったんじゃないかな?」
シンジの推測に、ガイがうんうんと頷く。
「そうだろうねぇ〜。斜めとはいえ、無事起動したんだから、きっと遺産も無事なんじゃないかな〜」
その言葉に、ヨウサがごくりと喉を鳴らした。
「……まさか……この奥にフェイカーが居て……もう星魔球を手に入れちゃってたり……しないかしら……?」
ヨウサの発言にシンが意を決して、三角の穴に足を踏み込んだ。それに気がついたシンジが慌てて声を掛ける。
「シン!」
「迷っていられねーべさ! もしかしたらフェイカーが中にいるかも知れねーべさ。薬も大事だけど、オラ達の進級課題も大事だべ!」
その言葉に、シンジも考え込むように同意した。
「そうだね……。それに、元はといえば、あのフェイカーがヤミゴケをクヌギ国にばらまいたのが始まりだもんね。もしかしたら解毒薬、フェイカーが知っている可能性もなくはないし」
その言葉に、ヨウサもぱっと表情を明るくした。
「解毒剤、確かに持っている可能性はあるわよね! だってヤミゴケをわざとばらまいていくようなヤツよ。解毒方法を知らなきゃ脅迫にはならないものね!」
「まあ、最初から治す気がなかった可能性もあると思うけど〜……」
こっそりツッコむガイなのであった。
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