死ぬなんてウソさ


 翌朝、シン達四人は木の実のお宿で目を覚ました。木の実の皮をくり抜いた窓から優しい日差しが差し込み、清々しい朝だ。窓を開ければ巨大なクヌギの大木から見る絶景の景色。朝日に青々しく輝く山が眼下に広がり、真っ青な空と白い雲のコントラストが目に眩しい。遠くを見れば空を濃くしたような真っ青な海。海の表面をキラキラ輝く太陽の光の反射。この大木に止まった小鳥の唄うようなさえずり。芸術には疎い双子も、さすがにこの景色には見惚れた。

「いい宿屋だべな」

「ここで宿屋を営むなんて、チユの家族も考えたね」

「そんなことより朝ごはん〜! 楽しみ〜!」

 などと、シンとシンジ、ガイは朝からお気楽である。

 しかし、お気楽なことを言っていられるのも朝食までだ。食事後、シン達四人はフタバに会うことになっていた。チユが昨夜のうちにフタバにお願いして、時間を作ってくれるということだった。

 朝食を食べてヨウサと合流すると、シン達はチユに案内されて十三番枝通りの最後の木の実の部屋に案内された。さすがに端っこまで行くと道は狭く、葉っぱも少ない。少々寂しげな様子だが、一方で景色は絶景。視界を邪魔する葉っぱも木の実もない分、上から下まで外の景色が存分に楽しめる。風の音以外静かでもあるので、作業に集中するには確かに向いている場所だろう。

「ここが今フタバのいる部屋な。おーい、フタバ。入るぞ」

 チユが声を掛けると、足元のはしごからうーん、と生返事が聞こえてきた。それを合図にして、チユを先頭にみんながはしごを降りると、シン達の部屋とよく似た木の実の部屋に入った。しかし違うのはその部屋の中身だ。

「う、うわぁ……」

「なんて部屋だべ……」

 部屋に入るなり、双子は思わずそんな言葉が口をついた。それもそのはず、部屋のいたるところに紙切れが散乱し、机の上だけでなく、ベッドの上から椅子の上まで、たくさんの本が中途半端に開かれて雑多に置かれている。そんな部屋で、椅子にも座らず床に本を広げ、あごを押さえてうずくまっている銀髪の少年がいた――そう、彼らが探していたフタバだ。

「え……フタバくんって……いつもこんななの……?」

 ヨウサが困惑気味にそう問うと、彼らと同じ寮生のチユが頭をかく。

「フタバ、寮では部屋めちゃくちゃきれいだったぜ。一昨日に本が届いてから急にこれだよ」

 呆れ顔のチユに続けて、ガイはもはや感心の表情だ。

「逆に一日でここまで散らかせるなんて〜……すごいかも〜……」

 しかし部屋の散らかりに感心している場合ではない。早速双子はフタバに声をかけた。

「フタバ、久しぶりだべ!」

「って、言うほど日は空いてないけどね。作業中お邪魔するよ」

 双子の声かけに、フタバは初めて気がついたという様子で顔を上げた。いつもは額にある青いバンダナはだいぶ上に捲し上げられ、サラサラの銀髪が顔に当たらないようにされていた。多くの女子を虜にしてきた青い瞳の下には深いくま。日に焼けているはずの健康的な肌は、こころなしか青ざめて見える。ずいぶんとお疲れの様子である。

「ちょ、ちょっとフタバくん……。やつれてない?」

 見かねてヨウサが口を挟むと、フタバは両手で顔を洗うように押さえ込み、大きく息を吸った。

「ああ、シンにシンジ、ヨウサちゃんまで……。ごめんね、解読に没頭してたよ……。……今何時?」

「もう朝九時だよ」

 チユが少々呆れたように答えると、フタバはああ、と一つため息を付いた。

「いけない……徹夜してた……」

 どおりで顔色が冴えないわけである。

「フタバ。シン達、フタバに聞きたいことがあって、わざわざここまで来たんだ。なんでも星詠みの魔女とかいう人について聞きたいんだとさ」

 チユが簡潔に説明すると、フタバは一瞬考える素振りをするが…………すぐに寝息が聞こえてきた。

「待って、フタバくーん!」

「寝るでねーだ! 起きるだべよ!」

 慌てて双子がフタバを揺さぶると、フタバははっとしたように目を開いた。

「ああ、ごめんごめん。今解毒薬の作り方について解読していて、それの事で頭がいっぱいなんだよ……」

「うん、見ればわかるよ〜……」

 ガイが思わずつっこむと、フタバはその銀髪をもしゃもしゃとかいて唸った。

「急がないといけないんだよ……。あと十日……いや、下手したらあと五日足らずで……みんな死んでしまうから……」

「えええええ!?」

 衝撃の発言に、シン達四人だけでなく、チユまでも大声を上げた。

「一体どういうことだべ!?」

「そんなにヤミゴケって猛毒なの!?」

 双子の問いかけに続き、チユが低い声で尋ねた。

「どういうことだよ、フタバ……。たしかヤミゴケの文献では、感染してから死に至るまで、早くても一ヶ月って書いてあったじゃないか」

 チユの問いかけに、フタバは首を振った。

「国の人達の病状を見たんだ。もう皮膚にヤミゴケが発生している……。一昨日の時点で僕達、潜伏期間を数えてなかったんだよ。ニパーちゃんとパープちゃんの聞き込みによると、感染したのはもっと早い。なんでも『アイツ』が来たってのは、二週間近く前の話だから」

 その言葉に、チユが悔しげに唇を噛んだ。

「そんな前だったのか……。じゃあその症状が出てきたら……」

「うん、病状はすでに末期……。はやく解毒剤を打たないと、ヤミゴケに侵された人達はみんな、死に至る……」

 フタバの重い発言に、思わずシン達四人まで緊張が走る。

「し、死ぬだなんて〜……」

「一体どうしたらいいんだべ?」

 ガイが怯えたように呟き、様子を見かねてシンが尋ねると、フタバは床においてあったカップの中身を一気に飲み干して答えた。

「……後もう少しなんだ……。肝心の薬の材料がもう少しで全部解読できる……。悪いけど、シン、シンジ。君達の話はもう少し待ってくれないかな。チユ、ニパーちゃんとパープちゃんと一緒に他のこと進めておいてよ。僕は……今日一日で……解読してみせる」

 徹夜でやつれ果てている顔に浮かんだ鬼気迫る表情に、さすがにシン達はそれ以上の会話を諦めた。それだけフタバの覚悟が重いことを感じ取ったのだ。

「さすがに今のフタバくんを邪魔するわけにはいかないよ……」

「また日を改めたほうが良さそうね……」

 部屋を出るなり、シンジとヨウサはそう言ってため息を付いた。

「それにしても、そんなに病人が多いんだべか?」

 フタバの発言に心配したシンがチユに問う。チユはその丸坊主の頭をうなだれて答えた。

「俺達ガイアス族みたいに、植物系じゃない人達は無事さ。でも、植物マテリアル族の人達は……。……これより上の階、二十番枝通りがちょうど治療通りになっているんだ。ヨウサは植物マテリアル族の血もあるから、行くのはやめといたほうがいいけど、シン達は見に来るか?」

 チユに提案され、ヨウサ以外の三人はその二十番枝通りに上がってみた。壁のような大木の表面に、くくりつけられた何本ものはしごは、ずーっとはるか上まで続いている。そのはしごの一つを登っていけば、チユのお宿同様、木の実のお部屋がずらりと並んでいる通りにでた。通りの雰囲気は十三番枝通りと大差ないはずなのだが、妙にしんとして活気がない。枝の道には人通りはなく、時折リス科の動物マテリアル族の人が数名、何やら桶を持って走っている程度だ。どうやら看護師のような役割をしているらしい。

「ここが治療通り。この国で病気や怪我をすると、ここに担ぎ込まれるんだ。大きなうろがあって、クヌギシロップもよく取れるから、栄養を取らせるために昔からこの枝通りに病人を休ませるんだ。俺の幼馴染がちょうど病室にいるからさ、ちょっと挨拶な」

 そうチユに案内された木の実の部屋には、シン達の部屋と違ってベッドがいくつも並べられていた。六つほどあるベッドはいずれも病人が横たわっており、時折苦しげにうめき声を上げていた。

「よ、調子どうだ?」

 チユは明るく声を掛けるが、しかしどこか無理をしている声色だ。その声に顔を上げたのは一人の少女だった。緑色の細い葉っぱが髪の毛のように頭を覆い、白く柔らかな肌色をした少女だ。見るからに植物系マテリアル族の特徴をしている。少女は幼馴染に気がついて片手を上げて応えた。しかしその腕を見たシン達三人はぎょっとした。真っ白な肌には、まるで墨汁でも落としたかのような、不気味なシミが大きく広がっていたのだ。

「チユ、来てくれたの……。もしかして、お友達?」

 そう声を掛ける少女は、心なしか声はか弱く聞こえた。ベッドの横まで近づけば、少女の病状がよく分かる。真っ白い柔らかそうな木の皮に似た肌には、真っ黒でモサモサしたものがこびり着いている。これがヤミゴケだと気がつくのに時間はかからなかった。

「そ、今日の友達も魔術学校の友達だぜ。こいつら面白いんだ。こっちがシンでこっちがシンジ。こう見えてこの二人、双子なんだぜ」

 チユの説明に、病気の少女は目を丸くして双子を見ていた。

「本当? わたし、双子の人って初めて見る……。意外に双子って似てないのね……」

 こう言われては、当然双子は反発する。

「失礼言うでねーだ!」

「ちょっとは似てるよー」

「わあ、話し方まで違う……。おもしろいね」

 シンの訛りに驚いたのか、少女はそんなことでくすくす笑う。その様子にチユは少しほっとしたような表情をしていた。そして少女の肩をぽんと叩くと、声に力を込めて言った。

「今さ、俺達の班でヤミゴケの解毒薬について調べてる。もうすぐ治るから、お前も頑張れよ!」

 その言葉に、少女は嬉しそうに頷いた。

「チユ、学校行った途端、急にたくましくなった……。お薬、楽しみにしてるね……。早く治りたいな……」

 言いながら、少女はぐったりとベッドに横になった。そんな少女に毛布をかけながら、チユは唇を噛んでいた。そんな二人を見て、シン達は掛ける言葉が見つからなくて、ただただ沈黙していた。

「病状が悪化してるんだ」

 部屋を出るなりチユは重い声で言った。

「俺が病気に気がついたのはそれこそ二日……いや、三日前だけど、日に日にヤミゴケの面積が増えてる。今日なんて右腕にまで……。昨日はなかったのに……」

 悔しそうに呟くチユに、シンジはうなだれ、シンは強い声で励ました。

「なんとか助けてやるべさ! フタバも頑張ってるだ。オラ達だって、やるだべよ!」

 その力強い言葉に、チユもシンジも顔を上げ、大きく頷いた。

「そうだよ、チユ達四人に加えて、僕達四人も手伝うんだもん。きっと早く解毒薬が作れるよ!」

「……そうだよな、俺が弱気になってちゃ……駄目だよな……!」

 そう三人が頷きあっていると、ガイが思いがけず重い声で唸っていた。

「どうしたの、ガイ?」

「なに唸ってるだべさ。せっかくオラ達やる気になってるだべよ」

 するとガイは難しい顔で首を傾げてみせた。

「いや〜……なんか引っかかるんだよねぇ……。そもそもどうして急にヤミゴケなんて重い病気が急に広まったんだろうって〜……。しかもこんなたくさんの人達がなるなんて、なんか気にならない〜?」

 ガイの言葉に、双子も思わず首を傾げると、チユが苦々しい表情で口を開いた。

「原因はわかってるんだよ……。アイツ――不気味な子どもさ」

「子ども……?」

 思いがけない言葉に双子が聞き返すと、チユはそのつぶらな瞳をギラリとさせて頷いた。

「ああ、俺達がここに来るより前に、奇妙な子どもがこのクヌギ国に来たって。そいつが古代遺跡のある場所を教えろって言ってきたらしくてさ。教えなかった長老達に、妙な粉をばらまいていったらしいんだ……。まさか……それがヤミゴケの胞子だったなんて……」

 その言葉に三人は顔を見合わせた。

「不気味で、奇妙な子ども……!?」

「ももも、もしかして〜……?」

「……まちがいねーだ、アイツだべ、フェイカーだべ!」

 そう確認しあう三人の脳裏には、昨日であった少年――金髪を逆立て真っ黒なタトゥを入れたフェイカーの姿――が浮かんでいた。

(――この俺様に歯向かったこと、後悔させてやるかんな! クヌギ国の奴らみたいによ!――)

「こういうことだっただべか……!」

 フェイカーの言葉の真意を理解したシンは、両掌を握りしめていた。




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