山のお薬屋


 チユの友人のお見舞いが終わった後、シンとシンジとガイ、そしてチユの四人は、二十番枝通りの大きなうろの所に来ていた。うろといってもその大きさは人が入れるほど……というのは宿屋の受付でも一緒だったが、ここのうろは更にそれを上回る大きさだった。中に入れば急に薄暗く、陽の光が奥に差し込まないほど深い。もっとも、うろの入り口少し入ったところで柵があり、それ以上奥には入れないようになっているのだが。そしてその柵の隣には、少し小ぶり――といっても、彼らが寝泊まりする宿の巨大木の実と比べたらの話だが――な木の実の部屋が置かれていた。

 この場所に案内するなり、チユがうろの奥を指さして言った。

「ここがクヌギシロップの取れるうろ。今の時期も少しは取れるけど、収穫のピークは夏の時期。勝手に人が入らないようこうして柵がしかれてんだぜ」

 チユの説明に、うろの奥をじーっと見ている双子だったが、一方のガイが、うろの中に置かれている木の実の部屋に興味を持った。

「ねえねえ〜、このお家は何なの〜?」

「これは薬屋。俺の父ちゃんがやってる薬屋さ」

 チユの説明に双子もその木の実の部屋を見た。小さな窓がくり抜かれているところは今まで見たものと変わらないが、入り口が大きく違う。シン達が宿泊している木の実部屋は、ちょうど木の実のヘタの部分に穴が空いていて、そこから出入りしていたが、この木の実は違う。正面から入れるように扉が付けられていた。扉の足元には入りやすいよう、この大木の小枝で作られた階段がある。よく見れば、扉の上にはちゃんと看板が貼り付けてあった。『山の薬屋さん』と板に手書きで書かれている。

「父ちゃんから薬のヒントは何度かもらっているんだ。今日もちょっと聞いてみようと思って」

 そう言ってチユが扉を開けると、なんと正面には壁一面薬棚、その数の多さに思わず圧倒されてしまうほどだ。そしてその棚の手前にカウンターがあり、そこには、チユとよく似たつぶらな瞳の大柄な男性がいる。チユのお父さんであろう。

 しかし、薬屋に入った途端、それらよりも違うことに一同は目を見開いていた。

「あれ? フタバくん!」

「それにヨウサちゃんも〜!」

「一体どうして二人がここにいるだ?」

 そう、なんと薬屋の中には、カウンターにより掛かるようにして立っているフタバと、その隣で彼を支えながら立っているヨウサがいたのだ。

「フタバ、解読するって言ってたのに、どうしてここに? いや、その前にお前顔色すげー悪いぞ、大丈夫か?」

 チユが心配そうに首を傾げると、ヨウサが事の顛末を語りだした。

「それがね、私が部屋で待ってたら、シンくん達の部屋にフタバくんが来てね。寝不足すぎてそこで倒れかけてたの……。で、フタバくんが言うには、チユに早く伝えたいことがあったのを思い出したって言うから、この治療通りにつれてきたの。でも私はみんなと違ってヤミゴケが伝染っちゃう一族でしょ。だから二十番枝通りの入り口でうろうろしてたら、チユのお父さんに声をかけてもらって、ここに来たってワケ。おじさん、チユくんそっくりなんだもん、すぐわかったわ」

 そう言ってクスリと笑うヨウサに、チユの父親は太い腕を組んでニカリと笑った。

「チユにこんなかわいいお友達がいるなんて思わなかったよ、がはははは」

「俺にだって女の子の友達くらいいるよ! ……と、そうだ、それよりフタバ、何だ、どうした?」

 父親への反発もそこそこに、チユはすぐにフタバに話を振る。しかし……

 聞こえてきたのは、また寝息だった。

「おいー! フタバー!」

「……また寝てたんだね……」

「徹夜なんかするからだべさ……」

 慌てて起こすチユの後ろで、思わず突っ込む双子である。

「はっ……! ごめん、寝てた?」

 ようやく起きたフタバに、チユはため息混じりに答える。

「寝てたよ。……てか大丈夫なのか、そんな体で……まだ解読できるのか?」

 しかしチユの問いかけに答えることなく、フタバは彼に一枚の紙切れを手渡した。

「……なんだよ、これ?」

「薬の材料……と、いっても、最後の一つ以外の材料だけどね」

 その言葉に、チユだけでなくシン達全員が紙切れに一斉に集まった。

「マジかよ……! ヤミゴケの解毒薬、最後の一つ以外の材料、わかったのか?」

 チユの問いかけにフタバはゆっくり頷いていた。

「昨夜のうちにね、そこまでは。でも最後の一つ……肝心の主材料が解読できなくて時間がかかっているよ……」

 寝不足で言葉数少なめなフタバに続き、チユの父親が口を挟んだ。

「チユ、前にも言ったとおり、俺の薬屋の材料、使っていいからな。それに薬の調合もここでできる。一足先にフタバくんから話は聞いた。その紙に書かれている材料を確認してみたが、いくつかは俺の材料ビンに入っているぞ」

 その言葉に、寝落ちしているフタバを除く全員が目を輝かせた。

「すごいだべな、チユの父ちゃん!」

「さすが薬屋さんだね!」

「でも〜、いくつかってことは、足らない材料もあるってこと〜?」

 双子の歓喜の声に続き、ガイが疑問を投げかける。するとチユの父は、少々困った顔をしてみせた。

「いや、材料自体はこのあたりで揃うものばかりだ。何と言ってもこの東方諸島は自然豊かだからな。確実にこの近くの森で手に入る。だがな……」

「だが……なんだって言うんだよ?」

 思わず声色が落ちる父親に、チユの口調が強くなる。父親は観念したように口を開いた。

「残る材料の中に、魔物の体の一部がある。しかもあの『不気味の森』と言われる場所にいるヤツだ。手に入れるのは危険だぞ」

 その言葉に、思いがけず明るい声を出したのはシンとシンジだった。

「そういうことなら任せてくれだ! 魔物退治は慣れてるだべよ!」

「どんな材料なのか教えてもらえれば、僕たち取ってきます!」

 双子の言葉にチユが慌てて口を挟む。

「いや、いくらなんでも魔物退治だなんて……俺たちにはまだきついだろ。学校で対戦魔法は基礎しか習ってないんだぞ」

 すると、今度口を挟んだのはヨウサだった。

「強すぎる魔物じゃわからないけど、弱い魔物なら大丈夫よ。こう見えて、実は私達、結構実戦積んでいるのよ」

「ボクは戦えないけどね〜!」

 すかさず付け加えるガイである。

「ホントなのか……? 正直俺は自信ないからな。森の魔物は植物系が多いから、俺たち大地の力が強いガイアス族は相性悪いからな……」

 不安げな表情でチユが呟くと、双子はどんと胸を張った。

「危険な仕事はオラ達に任せるだ!」

「チユは今ある材料で薬の調合準備を進めていてよ!」

「確かにそうね、その方が効率いいんじゃない? 私達が探してくる間に、チユはお父さんと一緒に調合の準備を進めておけば、材料が揃った時にすぐ作れるわ!」

 続けてヨウサがそう付け加えると、チユもチユの父親も、顔を見合わせ頷いていた。ガイもにこやかに、フタバを見て口を開いた。

「そしてその間に、フタバくんが最後の材料を解読すればいいんだね〜」

「…………すー……」

 聞こえてきたのは、三度寝息だった。

「寝るなーー! フタバ、起きて〜!!」

 狭い薬屋の中で、シン達の大声が響いていた……。


「材料を確認するぜ」

 大きなクヌギの木の下で、チユは四つ折りにされた紙切れを開いてそう言った。

「足りない材料は三つ。一つ目は『プタスタス』っていう笹の種類の草。これは、こんな形をした植物な」

と、チユは開かれた紙に描かれた絵を指さした。これはフタバの解読をもとに、チユの父親がわかりやすく説明してくれた紙だ。紙に描かれた植物は、細長い葉っぱが細い茎に垂れるように生えている。見れば小さく説明書きも付け加えられている。

「これは匂いを嗅げば、スースーする独特の香りがある。食べるなよ、生食は毒だからな。こいつはできるだけ多く集めてくれ」

「香りのある葉っぱだね〜! それならボクに任せて〜! こう見えて鼻は利くんだ〜!」

と、珍しく乗り気なのはガイだ。

「へぇ、ガイって鼻が利くんだべか」

「そういえば、食べ物の匂い、外したことないもんね」

などと双子は感心している。その間にもチユの説明は続く。

「二つ目は多分森の奥に行かないと見つからないヤツだ。古代生物種の貴重な花で『ラベンダー』ってやつだ。花を咲かせると紫色のきれいな花だぜ。すごくいい香りがする。この時期は普通咲かないけど、森の奥、陽の気が強い場所なら今の時期も咲いているはずだ」

 その説明に、植物マテリアル族の血を引くヨウサが胸を張った。

「植物なら私も得意よ。植物が育ちそうな陽の気の強い場所なら、きっと私も

心地よく感じられるはずよ」

 そう頷くヨウサの髪がふわりと揺れる。彼女のピンク色のように鮮やかな髪色は、植物系の一族に多い特徴だ。

「そして最後の材料……それが、『草トカゲの鱗』。でもこれ、フタバの調べによると、草食で花を食べるトカゲでないと駄目らしくてさ。そうなると、この近くにいるトカゲはこいつしかいない。『シルビラニア』っていう大型の魔物さ」

 チユの説明にシンが頷いた。

「デカくても小さくても、とっちめて捕まえてやるべさ!」

「でも大型って、一体どのくらいなの? それにどんなトカゲ?」

 シンジが問うと、チユはその紙を見せてきた。四つ折りにされた紙の下の方に、そのトカゲの図が描いてあった。少し平たい体をして、その体には大きい鱗がズラリと描かれている。そしてその隣には人の大きさが描いてあり、それと比べると、ゆうに人の三倍はある大きさのトカゲのようだった。

「特徴はこの平たい体。大きな岩陰や倒れた木の下によく隠れているそうだ。鱗はすげー固くて、剣も槍も通さないって言われている。縄張り意識が強い魔物でさ、森にキノコや山菜を収穫に行く人たちからは恐れられているんだ。しかも大きさは大人の体の三倍……。シン達じゃ下手したら四倍、五倍もの大きさになるぞ。大丈夫か?」

 つぶらな瞳が不安げに双子の顔を行き来する。チユの不安をよそに、双子は自信たっぷりに笑って見せた。

「大きいだけなら怖くないべさ!」

「問題はその鱗だよね。剣も槍も通さないなら、どうやって攻撃しようかな」

 そんなやり取りをしている隣で、ガイが恐る恐るシンの袖を引っ張った。

「ねぇねぇ〜、別に倒さなくったっていいじゃない〜。肝心なのはあくまで鱗でしょ〜? だったら戦わずして鱗を手に入れる方法を考えてもいいんじゃないかなぁ〜?」

 すると双子よりも早くチユが口を挟んだ。

「策があるならな。俺も戦うことはオススメしないぞ」

「そこまで言うなら、考えてみてもいいだべな」

「とはいえ、今すぐには出てこないし、まずは他の材料探しながら考えよっか」

 双子の言葉に、ヨウサもガイも頷いた。

「じゃあ、早速出発ね!」

「怖いけど〜、行ってきま〜す!」

 四人は手を振るチユに見送られながら、木々の中に姿を消していった。




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