エクストリーム冤罪

 翌日、俺たちはとある村にやって来た。

 もちろん例の依頼勝負を決行するためである。


 持ってきた依頼は「熊型の魔物が近隣の山に出没するのでそれを退治してほしい」というものだ。

 どちらが魔物をいち早く発見して倒すかで勝敗を決める。


 ちなみに公平を期すために俺は麓で村人たちの護衛もとい留守番だ。


「では行ってまいりますわ」


「うん、気を付けてね」


 2人を見送り、村の入り口に立つ。


 デレーが強いことはもう知っているけど、そういえばヒトギラはどうなんだろう。

 昨日みたいに、見栄を張って勝負を受けたんじゃなかろうかとやや不安に思う。


 いや、いざとなれば障壁魔法で身を守れるから無理に攻めさえしなければ大丈夫か。


「2人とも、協力すればもっと心強いのになあ……」


 デレーを主軸として、俺が近接サポート、ヒトギラが後方支援をしたらけっこうバランスがとれて良いのではないだろうか。


 あまり現実味の無い想像をしていると、少し離れたところから俺を見ている老婆がいることにふと気付いた。


「どうかしましたか」


 近付いて声をかける。

 すると彼女は突然目を見開いて叫び出した。


「間違いない! こやつは悪魔じゃ! 魔王の手先じゃあ!」


 それと同時に、どこに隠れていたのか、さっきまではいなかったはずの村人たちが現れ一斉に俺を取り囲んだ。


「え? 何? なんなの?」


「やっぱりな。一目見た時から気味の悪い奴だと思ってたんだ」


「おばばに視てもらって正解だったわ」


「無害な風を装っても邪悪な気配が隠せてないなんて、間抜けな悪魔だな」


 悪魔? いったい何のことだ?


「落ち着いてください、俺は普通の人間です。何か勘違いをしてるんじゃないですか?」


「しらばっくれるんじゃないよ。あたしらは騙されないからね」


「それ、今のうちに縛っちまえ」


 ガタイの良い男性たちが出てきて俺を取り押さえる。

 しかし一般人に向かって剣を抜けるはずもなく、また大の大人に筋力で勝てるわけがなく。

 俺は成すすべなく縄で拘束されてしまった。


「誤解ですって! 俺はただの冒険者です!」


「うるせえ! じゃあなんで他の奴らと一緒に森に入らなかったんだ?」


「そ、それは……」


 どこから説明するか迷って口ごもると、勝ち誇った顔で男が続ける。


「ほらな、答えられないってことはやましい理由があったんだろ! 隙を見て村を襲おうとしてたんじゃないのか?」


「違――」


「おーい、騎士団の方が来てくれたぞー!」


「おお、早かったな」


「これでひと安心ね」


 村人たちはすでに聞く耳を持っていない。


 今まで散々嫌われてきたけど、こんなのは初めてだ。

 嫌われるの域を越している。


 しかし騎士団を呼んだところで「こいつ悪魔です! 豚箱にぶち込んでください!」なんてさすがに信じてもらえないだろう。

 わざわざ弁明しなくても、きっと騎士は俺を解放してくれる。


 安心しきって大人しくしていると騎士が数人来て、「縄でぐるぐる巻きの俺&俺を取り囲む村人」という異様な光景に引きつった顔をした。

 よし、これは勝ち確定だ。


「えー、この少年が?」


「はい、そうです。こいつが『依頼を受ける振りをして村を荒らそうとした冒険者』です」


「は!?」


 今なんて言った?

 『依頼を受ける振りをして村を荒らそうとした冒険者』?


「う、嘘つき! 悪魔云々はどこ行ったんだよ! さっきまでそんな話ちっともしてなかったじゃないか!」


「ああ、確かにこれは錯乱していますね。では我々が連行しますので」


「何が『確かに』!? あっちょっと、放してよ! やだー!」


「はいはい静かに」


 必死の抵抗も虚しく、俺はぐるぐる巻きのまま騎士たちに連行されてしまう。


 なんでこんなことに……。

 俺が依頼で勝負とか言い出したからか?


「はい、じゃあ取り調べが始まるまでここにいてください」


 とうとう街まで連れて行かれ、狭い牢屋に入れられてしまった。


「待ってください、俺、本当に何も――」


「そうですね。じゃあ後ほど」


 騎士の人は、話を聞く気はありませんとばかりにさっさとどこかへ去る。

 親切に見えて実は会話をする気すらないタイプの嫌い方だ……。


 芋虫状態のままごろりと寝返りをうつ。

 あの村人たち、さては確実に俺を連行させるためにわざとそれらしい理由で騎士団を呼んだな。


 賢いやり方だけど、その頭をもう少し上手く働かせられなかったのか?


「はあ……。2人とも大丈夫かな……」


 同じパーティーの仲間だからといって、2人にまで疑いがかかったりはしないだろうか。

 それが一番心配だ。


 もしあの村人たちが俺にしたように2人を取り囲んだら、と考えるとゾッとする。

 デレーは俺が連れて行かれたことを知って村人相手に斧を振り回すかもしれないし、ヒトギラは大量の人間に囲まれたりなんかしたら泡を吹いて倒れるかもしれない。


 早く誤解を解いて帰らなければ。

 ひとまず今は従順に振舞っておいて、取り調べでちゃんと説明すればいい。


 ……取り調べをするのがさっきの騎士じゃなければいいけど。

 仕事に私情を挟まない人が来てくれることを願おう。


「――! ――――!」


 なんだか騒がしい。

 誰か新しく連行されてきたのだろうか。


 もしや2人が?


 這って鉄格子に近付いてみるが、牢屋の前は通路になっていて向こうで何が起きているのかが全く見えない。


「あ~、2人じゃありませんように2人じゃありませんように……」


 もどかしさにのたうち回っていると、だんだん音が近付いてくるのに気付いた。

 しかも最初は話し声だけだったのが、薄っすらガチャンとかバキッとかも聞こえてくるようになってきている。


 まさか……。


 なんとか様子を窺おうとさらに鉄格子に近付く。

 するとその瞬間、背後の壁が爆発音と共に砕け散った。


「うわーーーーーっ!?」


 顔の横を破片が掠める。


「何事!? いやもうだいたいわかったけど!」


 身をよじって砕けた壁の方を見ると、土煙の中に立つ人影があった。


「迎えに来た」


「ヒトギラ! だと思った!」


 瓦礫を邪魔くさそうにまたぎ、ヒトギラは中に入ってくる。そして俺の縄をほどいてくれた。


「ありがとう、助かったよ」


「まったく、何なんだあの村は。森から戻るなり集まってきて悪魔の手下だの何だのと……。危うく失神するところだったぞ」


「やっぱり2人も同じ目に遭ったんだね」


 縛られていたせいで若干痛む体を伸ばす。


「デレーは?」


「ちゃんとここにいましてよ」


 檻の向こう側にデレーが姿を現した。

 手に斧が握られているものの、血は付いていない。

 良かった、殺しはしていないみたいだ。


「さ、ここを出ましょう。詳しい話はそれからですわ」


 にっこりとデレーは笑う。

 俺たちはヒトギラの空けた穴から外に出て、街中の路地まで身を隠しながら逃げた。


「それで、どうやって村の人たちを躱してここまで来たの?」


「簡単なことですわ。障壁魔法付きのヒトギラさんを盾にして突破しましたの」


「な、なるほど……。触れようとすると弾かれる障壁を利用したんだね」


「二度とやらん」


 ヒトギラはげんなりした顔で言った。

 彼からしたら害虫の群れを掻き分けるようなものだし、障壁越しでもキツかったのだろう。


「ごめんね、面倒事を起こしちゃって」


「そんなことありませんわ。悪いのは妙な言いがかりをつけてきた村人でしてよ」


「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽だよ」


 しかし俺の嫌われ体質がこんな事態を引き起こすなら、何か対策を考えないといけないかもしれない。


 俺が曇った顔をしていると、ヒトギラが「そういえば」と口を開いた。


「勝負のことだが、あれは引き分けだった。別々に探索していたんだが、どうやらほぼ同時に見つけたらしくてな。タイミングが重なって、結果的に同時攻撃で倒す形になった」


「そうだったんだ。じゃあ、もう一回する?」


「いいえ。もう必要ありませんわ。私たち、協力した方がずっとフウツさんのためになると気付きましたもの」


「不本意だがな。これ以上の争いは不毛だと判断した」


 つまり、仲直りできたってことでいいのだろうか。

 なんにせよ2人が喧嘩をやめてくれるなら万々歳だ。


「いろいろあったけど丸く収まってよかったよ。証明書をギルドに出したら、みんなでご飯にしよう」


「賛成ですわ! ではこの街のギルドへ案内しますわね。ついてきてくださ――」


「いたぞ!」


 若々しい男の声がデレーの言葉を遮る。


 声の方を見ると騎士が1人、こちらを指差していた。


「留置場を壊して脱走した凶悪犯だ、応援求む! 絶対に逃がすな!」


 ……うん、何か忘れてると思ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る