03 お頭、なんかやばいです

お頭様


 返信と大量の未整理資料、ありがとうございました。あんな束の資料を送るなんて疲れているのでしょうか。配送を担当してた職員の負担も考えてほしいです。酒を飲みながら愚痴をたれていましたよ。少し福祉厚生というものを考えたほうがよいかもしれません。


 いや、今回お知らせしたいのはこんなことではないのです。流石に。


 本当は前回報告したときにも事象そのものは確認していたのですが、いよいよ確信を持つに至ったのでここに記します。ようやくお頭が言っていた意味を理解しました。


 奇妙な冒険者とギルド。


 実は依頼の中でイレギュラーが発生しました。森の奥に依頼で入りましたが、目的の魔物を探していたらことのほか奥深くまで入り込んでしまったのです。そこでたまたま出くわしたのが巨大な四つ角の水牛――ヒガンテル、特級扱いの魔物です。それも空を見上げなければ顔を拝むことのできないほどの巨大さ。人の背の高さほどであるはずの魔物が、並の倍以上の大きさなのです。


 お頭様ならご存知でしょう。私はゴリゴリの武闘派ではありません。火力を重視した魔法をメインにしているわけでもないです。つまりは絶体絶命と言ってもいい状況でした。まあこうやって筆を執っている以上、難を逃れたのです。


 その立役者こそが彼だったのです。


 この場を収めることができるのは私だけだと信じていましたから、それはもう力を尽くしました。トーレムにヒガンテルの関心が向かないよう配慮しながら立ち回り、魔法をぶつけて相手を消耗させる。正直なところ考えている余裕もなく、シンプルな戦法で彼の身の安全ばかりを考えていました。


 はじめは違和感から始まりました。先に述べた通り、私はトーレムに魔物の目が向かないようにしていました。しかし、攻撃を当てるたびに魔力が魔物とは異なる方向へ向かってゆく気がしたのです。かと思えば魔法はヒガンテルに命中します。


 私だけでもなく、魔物も戸惑っている様子でした。私を見て、トーレムを見て。どちらに向けるともなく放たれた雄たけびの恐ろしさと言ったら。


 私でもその雄叫びには心の底から戦慄を覚えました。あの声を聞けば誰しも、たとえ一瞬でもこの世の終わりを悟ることでしょう。大した実力のないギルドに身を置いていた少年であればなおさらです。


 トーレムは尻餅をついてブルブル震えていました。もはや逃げることもできない、ヒガンテルが牙を向きさえすれば終わってしまうような状況。当然、私としては敵の目を狙って相手を怯ませることを考えるわけですが。


 私の放った魔法は、どうしてかトーレムから放たれるのです。私の手から放たれた途端に霧散したかと思えば、私の魔力がトーレムに吸い込まれていったのです。トーレムに吸収された魔力はその姿を消したのも束の間、あっという間に膨れ上がって魔物に迫るのでした。


 私の魔力を感じるのに、私の魔力ではない。私が供したものとは比べ物にならない魔力を伴った一撃を彼は生み出したのです。まるで私の魔法を彼が奪って、それを増幅して放っているかのような。


 あたりはたちまち焼肉の匂いが立ち込めます。かの特級魔物は立ち尽くしたまま息絶え、全身からは煙が立ち上っています。私も彼も、呆然とする他ありませんでした。


 おそらくははじめての特級魔物を目の当たりにしたトーレム。


 はじめての現象を目の当たりにした私。


「君は、大丈夫かい……?」


 声を出すのにひどく長い時間がかかったように思えました。気を利かせた言葉でも出ればよかったのでしょうが、色々なことが起こりすぎてしまって、当たり障りのない言葉しか頭に浮かばなかったのです。


「僕は、助かったんですか」


「ああ、そうだね……さすがに死を覚悟したよ」


「何だったんですかこれ。こんなおぞましい魔物、見たことありません」


「まあ、あっちの街どころか、このあたりでも目にするはずのない魔物だからなあ」


「ちなみに、依頼は達成、してないですよね」


「残念ながらこいつが獲物じゃないんだよねえ。でもそれどころじゃない。もうやめよう」


「僕も賛成です。今日はもう休みたいです」


 正直依頼どころでないのでやむを得ません。私の依頼受注歴に多少の傷は付きましたがそれ以上のものを得られたでしょう。ギルドにはこの異常事態の報告と秘密裏にお頭名義の依頼を出しておいたので、別ルートから本件についての報告が上がると思います。


 追伸。しばらくトーレムを雇った影響から、金貨五十枚を連中に払うことになってしまいました。そろそろ我慢ができなくなりそうです。アレのにたつく顔を見ると手を出しそうになってしまいます。

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