絶望

「これは一体どういう事でしょうか!?」


 ヘルマンは現在の戦況に驚きを隠せずにいた。


「まさかあの魔物達がこれほど勇敢に戦うとは──なんと都合の良い」


 アイザックは既に人とは呼べない状況にあった。

 しかしジェイドによれば、彼はいずれコントロール出来ない状態におちいるという。


(となると、これはまだその途中段階という事──)


 彼にとってジェイドの命令は絶対だ。

 どうあっても、アイザックの変貌へんぼうを見届けなければならない。

 魔物が逃亡しないというのは、今の彼には大変都合が良かった。


「団員のみなさん、このままいけば城塞の陥落は近いです! ご準備を!」

「「「おぉお!」」」


 大将であるアイザックが凶弾に倒れようが、彼らには関係ない。

 彼らが関心を持つのは、略奪と自らの命に対してのみ。


(全く現金なものです。この人達にはプライドなど皆無なのでしょうね)


 ならず者達を侮蔑ぶべつの籠った目で眺めていた所、戦場に異変が起きた。




「「「ギャァァァァァ!!!」」」




(魔物の叫び声──え!? なんなんですか、あの巨大な炎は!?)



 城塞に向かっていた魔物の群れの一部が、突然炎上し始めた。

 断末魔の叫びを上げながら、みるみるうちに炭化していく数万の魔物。


 ヘルマンの知識に、このような魔法は存在しない。


(これも城塞側の新兵器なのですか!?)


 彼はそう解釈した。

 しかしもしそうなら、なぜもっと早く使わなかったのか?

 ヘルマンはその意味を考える。


(きっと連発出来るようなものでは無い、という事でしょう)


 実際、同じ攻撃は続かなかった。

 燃焼で出来た巨大な黒い穴も、すぐに魔物の群れで埋め尽くされていく。


 恐れおののくならず者達に、ヘルマンは再び発破をかけた。


「みなさんは本当に運が良い! 魔物達が身代わりになってくれたようです! きっと最後の悪足掻わるあがきでしょう!」


 参謀の言葉を信用しきれないのか、落ち着きのない構成員達。

 だが魔物の群れはまだ近くにもおり、陣の外に出るわけにはいかない。

 結局彼らは、この場で時を待つしか無かった。



(全くヒヤッとさせてくれますね。幸い魔物はまだ十分残っていますし──)



 戦場の異変に気取けどられていたヘルマンは気付かなかった。



 魔物達が雄叫おたけびを上げる度に、陣に鎮座する骸が妖しくうごめいていた事を。





    ◆  ◇  ◇





『北門、敵が取りつきました!!』


 魔物の攻撃は、時をる毎に激しくなっていった。


 ──と言うよりも、魔物の行動自体が異常だった。


 具体例を挙げると、片腕が飛ばされた程度では進軍を諦めない。

 どの魔物も一切後退する事は無く、狂ったように突き進んで来るのだ。


 黒鷹の団員達は善戦している。

 本来なら、二十万の魔物にも屈する事は無かっただろう。



 この、魔物の異常行動さえ無ければ。



(北門が壊されたら──城塞ここは間違いなく陥落する)



 それでも、これだけの時間持ちこたえられたのは仲間達のお陰だ。


 シアもニーヴも既に相当な回数、魔法詠唱を続けている。

 そろそろマナが尽きてもおかしくはない。


 セレナとベァナには比較的余力がありそうだが、精神的にはきついはずだ。


 プリムに至っては──

 青かった署名オートグラフの表示が赤く変わっていた。

 魔導狙撃銃マナライフルのエネルギーパックが切れてしまったのだろう。

 今はクロスボウに持ち替えて戦っている。




(もう一刻の猶予も無い)




 俺は覚悟を決めた。




「もう一度──あれを放つ」

「だめですヒースさん! あの後、もう何度も他の魔法を使っているではないですか! そんな事をしたら、ヒースさんはまた……」

「魔法が使えなくなっても、命を落とすわけではない」

単眼の巨人キュクロプス戦後のご自身の状態を覚えていないのですか!? あんな状態になったら、逃げる事すら出来なくなってしまうのですよ!!」




(逃げる……そうだ、彼女達だけでも)




「俺が炎風魔法ファイアストームを撃った後、皆は北東に広がる森へ逃げ込むんだ。皆の力があれば何とか切り抜けられるはず」

「なんで……なんでそんな事を言うんですか! みんなでフィオンさんを探しに行くんじゃなかったんですか!!」


 今はもう、そんな悠長な事を言っている場合ではない。

 城塞と運命を共にしなければならない未来がすぐそこにある。


「フィオンの事は宜しく頼む。あいつは寂しがり屋だからな、みんながいたほうが嬉しがるだろう」

「ヒース殿は、我らの事を見くびっておるのか?」


 冷たい口調でそう言い放つセレナ。

 気付けば、仲間全員の目が俺に注がれていた。


「我らがどんな気持ちで貴殿に付き従って来たと思っている?」


 俺はこの世界の人間では無い。

 転移さえして来なければ、彼女達と出会う事は無かったのかもしれない。



「俺のせいで……俺がみんなを巻き込んでしまった」



 この世界はあらゆる面で未発達だった。

 それを良い事に俺は元の世界の知識を使い、この世界の常識を改変した。


 今の俺ならやれる。

 どんな困難な事でも、成し遂げる事が出来る。


 ある意味いい気になっていたのだろう。



(そして──調子に乗った結果がこのざまだ!)



「俺のせい、だと? 貴殿は何を言っておるのだ? 貴殿に従って来たのは我らの意志。それを、お主を一人置いて逃げろなどと──我らの気持ちなど考えるに値しないとでも言うのか?」



(俺はそんな大層な人間なんかじゃない……)



「俺はただ、大切な仲間達が傷付いて欲しくないだけ──」

「それはわたくしたちも同じだと、なぜ分かっていただけないのですか」


 シアもセレナに同調する。


「ヒース様。わたくしたちが貴方に従っているのは、どんなに辛い状況でも貴方がわたくしたちを見捨てなかったから。そんな貴方を、どうして置いていけると言うのですか!」

「俺一人の命で皆が助かるのだぞ!!」

「ヒース様がいらっしゃらなかったら、私もプリムちゃんもこんなに遠い風景を見られませんでした!」

「ニーヴ、だからこそだ。折角広い世界を見る機会チャンスを得たのだから、それをこんな所で終わらせてしまっては──」




 だが現実は──




 あくまで無常だった。





『北門……破られましたっ!!』





「もうここが限界だ。皆は必ず生き延びて──」

「ヒースさま。北東ほうめん、てきの後方でせんとうがおきています」



 プリムの冷静な一言が、俺の判断力を正常な状態に引き戻す。





(群れの後方で……戦闘?)





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