幕間
幕間 ベアナの思い ~ You Can't Hurry Love ~
ヒースさんの朝は遅い。
元々ちょっと寝ぼすけさんな所もあるが、理由はそれだけじゃない。
ヒースさんは、いつも夜当番をしてくれているからだ。
アラーニ村を出発した頃は行商人のベンさんに任せていれば何も問題が無かったけど、ダンケルドを出発した後は自分達で夜襲対策をする必要があった。
最初はメアラちゃんからお友達価格で譲って貰った防犯グッズ(ティネさん謹製)だけで十分だって思ってたんだけど……
(セレナさんがカークトンから急いで戻って来た頃からだったな……)
セレナさんの話では、ヒースさんを追う者が複数いるとの事。
しかもそのうちの一人が、凄腕の女性剣士だったそうだ。
「なんでこう、ヒースさんの周りには女性ばかり……」
かくいう私も、そのうちの一人なわけなんだけど。
◆ ◇ ◇
あれはトレバーに向かう途中のキャンプでの事。
「……追手がいると
「セレナの言う通りだ──ベァナ、メアラから買った防犯用の木札って、確か魔物にしか効かなかったよな?」
「はい。盗賊対策用の物もあったのですが、それらは窓や玄関に設置するタイプなので外では使えません。それで農場なんかで使われている『魔除け』って言われているものを譲ってもらったんですが……」
「まぁ名前からして当然、人に効果は無いだろうな。もし追手がシンテザ教徒達だったりしたら、簡単に無効化されてしまうだろうし」
「どこか大きい町に寄ったら、キャンプ地一帯を防護出来るような魔法具が無いか探してみるのが良かろう。それまでは私とヒース殿で分担して見張りを立てて対処するしかないな」
どの国でも、主要な街道沿いで盗賊に襲われる事は滅多にない。
国が盗賊団の討伐に力を入れているからだ。
行商人が安心して通れないようでは領地の発展は望めない。
当然と言えば当然なはずなんだけど……
セレナさんが現状を説明してくれる。
「何しろここはザウロー家直轄の領地だ。ダンケルド周辺ならばシュヘイム殿がいるので安心だが……ザウローはそもそも仕事をしないどころか、今ではむしろ盗賊団と変わらぬ存在になっているからな」
「ああ。それでその点については俺も考えていたのだが……夜の見張りは俺が担当しようと思っている」
「夜警を立てる事には無論私も賛成だ。しかしそれは交替で行ったほうが良いのではないか? 負担を分散する事にも繋がるだろうし」
「交替で行うとなると、お互い生活リズムが崩れやすくなると思うぞ。それに俺はみんなより、夜更かしには慣れてる」
以前ダンケルドでヒースさんに聞いたのだけれど、前の世界では外が暗くなってからも多くの人々が活発に活動していたらしい。
夜でも結構な明るさの照明が簡単に、かつ安価に使えたそうだ。
ヒースさんも日が変わる時間まで起きている事もよくあったとの事。
夜更かしに強いというのも、確かに
それにしても……
(火も魔法も使わないって言ってたけど、一体どんな照明なんだろう?)
「そうか……私は逆に朝は早い
「わたしも夜の番やります!」
二人にばかり負担を掛けるのは良くない。
「いや……むしろベァナには普通の生活リズムで過ごしていて欲しい」
「どうしてですか!?」
セレナさんとヒースさんだけで話を進めているようでなんか嫌だなと感じたけど、ヒースさんがそう言うのにはちゃんとした理由があった。
「ニーヴとプリムの面倒を一番見てあげられるのは間違いなくベァナだ。何しろ俺には兄弟姉妹が居なかったからな。どう扱っていいかもわからないし──」
「私には姉妹がいるが──彼女らとはどうにも話が合わなくてな。私に女兄弟の気持ちがわかるとは思えぬ」
セレナさんはそう言うけれど、それは女兄弟だから話が合わなかったのでは無く、単に価値観の違いなんじゃないかと思う。
その証拠に、ニーヴもプリムもセレナさんに十分懐いている。
それに私もセレナさんが振る話題にあまり馴染みは無いとは言え、その考え方自体には共感できる部分が多い。
「あとはその、もし機嫌を損ねたら申し訳無いんだが……夜の番は俺にとって貴重な時間なのだ。静かに過ごさねばならぬ代わり、逆に集中出来るので調べものなんかに適している。日中それを行うのは何かと都合が悪くてな……」
(なるほど、そういう事ですか)
みんなが起きている間、ヒースさんがかなり気を使っているのは知ってる。
前からやりたいと言っていた文字や魔法の研究なんかは、とてもじゃないが昼間は出来ないだろう。
「そういう事ならわかりました! 妹達の世話は私にお任せください!」
「ありがとう。とても助かるよ」
ヒースさんが仲間の為に色々と調べてくれているのは十分わかる。
ニーヴちゃんがずっと使えないと勘違いしていた水魔法だって、ヒースさんがその謎を解き明かしたようなものだ。
そんな常識破りな発想、この世界で出来る人はそんなにいない。
やっぱりこの世界の人では無いんだろう。
でも……
そんな私にも……
(あの不思議な夢。あの中で見た男の人は……)
一緒に旅をするうちに、その思いは強くなっていった。
あの夢の中で見た、気になっていた男性。
それが多分、ヒースさんだったのではないかという事を。
◇ ◆ ◇
よく考えてみれば、あれから随分と遠くまで来たなぁと思う。
フェンブルの都で暮らしていた幼少時代を除けば、アラーニ村から離れて暮らしたのはダンケルドだけだったから。
それにこのフェンブルに来るまで色々な事があった。
途中、貴族様から告白のような事をされたり──
実際には、告白されるのは二度目だけど。
大きな船で外洋に出たのだって初めての事だった。
それに初めてと言えば……
(今思い出しても恥ずかしい!)
ウェグリアの夜の出来事。
フィオンちゃんを助ける為とは言え、まさかあんな事になるなんて……
私がそんな事を考えながら食事の後片付けをしていると、焚火の
セレナさんは朝番なので既にお休みだし、シアさんも妹達を寝かし付けている間に自分も一緒に寝てしまったようだ。
フィオンさんとリンちゃんもはしゃぎ過ぎたせいか、メイヴさんに
という事は……
(今起きているのは、ヒースさんと私だけ──)
自分でもわかるくらい、胸の鼓動が高鳴っていく。
私が行商人のベンさんの馬車に乗って町を出たのは、もちろんヒースさんに
ただ私は元々、大人になったらアラーニの外に出て働くつもりだった。
数年前に魔法の勉強をしたいと母にお願いしたのもその一環で、外で働く為に役立つと考えたからだ。
アラーニ村が嫌いだったわけじゃない。
仲良しのエレノアと離れるのは実際辛かったし、村人もいい人達ばかりだ。
でも村で得られる知識は、村で生きていく為に必要なものだけ。
私が知りたいと思った事に対する答えは、村には無かった。
それでもお父さんがいる間は満足だった。
お父さんは帰郷する度、様々な土地の色々なお話をしてくれたからだ。
お母さんや村の人々は、私が父のような騎士に憧れていると思っていたようだが、それだけが理由じゃない。
私は私の知らない世界を知り、見せてくれる父に憧れていたのだ。
そんな私がヒースさんと出逢った。
この世界に生きるどんな人間でさえ、知る事の出来ない世界を知る人物と。
もちろん初めはお母さんの言う通り、自分の窮地を救ってくれた素敵な剣士様という事が、彼に興味を持った一番の理由だったのだけれど……
ヒースさんは別の世界に生きていたと言うだけあってか、私がそれまで会ったどんな人物とも違っていた。
(でも考え方はなんとなく、ティネ師匠に似てるかも)
とにかく彼は村の人間──ううん、この世界の誰もが考え付かないような奇抜な物や仕組みを次々と作り出し、難問を次々と解決していった。
「おおベァナ、食事の後片付けありがとうな。もう全部終わったのかい?」
「はい。ヒースさんは魔法の勉強ですか?」
「ああ。トーラシアで設置型の結界を入手出来たのは良かったんだが、なにぶん高価な品でな。そうそう気軽に使えるものでもない。だから余裕がある時はこうして調べものをしながら、夜の見張りをする事にしているんだ」
「そうだったんですね──それで、その魔導書の内容は?」
「ああこれか? この文献の……ほらこの部分。なかなか解説されていない初歩の火魔法について解説が載っているんだ」
そう言ってページを見せてくれるヒースさん。
でも遠いし暗くて良く見えないので、少し
(鼓動、聞こえないよね……)
無意識に左胸を押さえながら、彼の開いたページを
古代語で書かれている。かなり難解だ。
でも、火魔法について記述されている事だけは私にもわかった。
「あ、本当ですね」
「そろそろベァナのロックが解除される時期だからね。確か水以外の魔法は去年の春前には詠唱を止めてたんだったよね?」
「はい。確か春分の日の少し前くらいだったと思います」
「んじゃ、あとひと月くらいかな。今は火と土について書かれている記述をピックアップして、確実な詠唱イメージを模索中なんだ。詠唱に失敗してロックが延長されでもしたら、ベァナとの約束を破る事になっちゃうからね」
目先の利益など考えず、
「約束だなんてそんな……私は一度は
「同じ境遇のニーヴだって使えるようになったんだ、諦めるなんて勿体ないよ! それに結局、俺もベァナと出会った初夏頃にはまた他の魔法を使えるようになるはずだし、準備は早くしておいた方がいいだろう?」
「そうですね、ありがとうございます。でも無理はしないでくださいね」
「そうだね。朝寝坊してベァナに無視されない程度に留めておくよ」
「あっ、あれはヒースさんが知らない女性と酔い潰れるまで飲んでたからじゃないですかっ! それにその──いかがわしいマークなんか付けて来て──」
旅先で出合う人々から、男女関係無く興味や好意を向けられるのも当然だ。
そんな事はわかっている。
でも……
「ああ……自ら墓穴を掘っちまったな。あれは本当に済まなかった」
「いえ。ヒースさんが女性に御モテになるのはわかってますので」
「そんな事全然思った事無いけど……しかし誰彼構わずモテたとしても、全然嬉しくなんてないぞ?」
「じゃあ……ヒースさんは誰にモテたら嬉しいんですか?」
(わたし……なんでこんな事言ってるんだろう!?)
「それは当然……ベァナさんが一番良く知っていると思いますが……」
「私が一番、良く知っている……?」
「ああ。俺は俺が誰を好きなのか、君にはちゃんと伝えたはずだよ」
ヒースさんが好きな人物って言ったら、やっぱりあの時の……
(あの時の言葉、わたし聞き間違えてないよね!?)
ああっ、だめだ。
もう胸の鼓動が激しすぎて、気になって何も考えられない!
(私だってヒースさんの事っ!!)
私を後ろを見透すような、ヒースさんの視線。
ああっ……
この流れなら、このままもう一度……
そう思い覚悟を決め、目を
「ベァナ。すまんがそのまま左を向いて、目を開けてくれないか」
きっと頭がぼーっとしていたせいなのだろう。
言われるがままに首を左に回し、ゆっくりと目を開けた。
私の視線の先に映っていたのは──
馬車の影から横に突き出た、見覚えのある三個の生首。
(!?)
それらを認識した瞬間、何が起こっていたのかを全て悟った。
激しい鼓動により全身を駆け巡っていた血が、一気に顔へと収束する。
その時の私はおそらく、茹でた
「あっ、ベァナねぇさまが目を閉じたままこちらをっ」
「ねぇさま、ねむいのかな?」
「あなたたちっ! 静かにしないとバレますわよっ!」
(もうバレてますからっ!!)
気付くと私は、いつの間にか彼女達の目の前にいた。
シアさんにはいつも通りの、二人の妹達にはそれまで見せた事の無いくらいの、烈火の
そして私がそんな恥ずかしい思いをした元凶である当の彼は……
「どうも魔物が現れたようで、キャンプ地一帯に防護用の結界を設置しておいた。ちょっと巡回に行ってくる」
と一言残し、瞬く間に闇の中へと消えて行った。
(えっ!?)
さては……
(逃げたわねっ!!!)
高価だからなかなか使えないとか、さっき言ってたばかりじゃないっ!!
恥ずかしさと怒りが
「魔物って、あなたたち三体の生首の事じゃないのっ!?」
「あらベァナさん。私にはヒースさんが、鬼の形相をしたあなたから逃げ出したようにお見受けしましたけど!」
「鬼の形相て──わたしそんな表情、ヒースさんに見せてませんよっ!」
実際ヒースさんは、私がシアさんや妹達と話をしている間にキャンプを離れている。
涙目のニーヴちゃんが必死にフォローをしようとして、逆に私の羞恥心に追い打ちをかけた。
「でもでもー、ヒースさんとベァナさん、とても良さそうな雰囲気でしたっ!」
「ニーヴちゃん、そういう事言わないのっ!」
「うらやまけしからんってシアねぇが……」
「プリムさん。発言は時と場合を選んでですね……」
「どっ、どこから見てたんですかっ!?」
「ええと……ヒース様が本の
「ほとんど全部じゃないですかーっ!!」
「でもお話のないようはぜんぜん聞こえなかったので、あんしんです!!」
この後三人とのやり取りは暫く続いたが──
お互い眠くなってきたのもあって適当な所でお開きとなった。
しかし結局、ヒースさんは朝方まで帰って来なかった。
◇ ◇ ◆
翌朝知ったのだが、ヒースさんは決して嘘を付いていたわけでは無かった。
話によると、何十体ものゴブリンが近辺を移動していたらしい。
ただそれらの魔物達は不思議なことに、近くにいたキャンプを襲う様子は無かったという。
実際その後旅の途中にも、そういった光景を何度か目撃した。
それらの魔物はまるで夢遊病者のように何処とも知れぬ目的地に向かい、ただただ前進し続けていたのだ。
中には山岳地帯にしかいないはずのトロールなども混ざっていて、それはまるで百鬼夜行のような様相を呈していた。
そんな事があったせいで私のモヤモヤした思いは結局、うやむやになってしまったのだが……
(まぁ、旅に出た直後に比べたら……随分進展した、よね?)
恋はあせらず。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます