I Still Haven’t Found What I’m Looking For

「確かこのあたりだったんだけど……」


 フィオンの案内で訪れたのは、ウェグリア近隣の森の中だった。

 木々に隠されていたためか、外からでは一見わからない。

 だがそこだけは木々に囲まれながらも、開けた土地になっていた。


「ボク勘違いしていたのかな? でも奴らの匂いが確かに残ってるんだ」

「いや、おそらくここで間違い無いだろう。周囲の下草を見ればわかるが、多くの人に踏まれたような形跡があるし、そもそも地表が少し掘り返されている」


 魔法陣の痕跡こんせきを消すため、土を盛ったのだろう。


「本当ですわね。でも随分と雑な撤収だこと」

「時間が無かったのかも知れないな。もし召喚を途中で取りやめたのだとしたら……きっかけは間違いなくフィオンの首輪の解呪だろう。それ以外に理由が見当たらない」

「町への襲撃を諦めたって事かしら」

「その可能性もあるし、または別の方法に切り替えたのかも知れない」


 気になるのは、町への攻撃方法に一貫性が無かった点。

 衛兵隊長のジェラルドの話では一度目の襲撃は魔物の軍勢が襲って来たが、二度目は獣人、そして三度目は再び魔物が襲って来たとの事だった。


「フィオン、君が居た集団には魔物の軍勢はいたのか?」

「ううん。ジェイドも魔物の使役をする事はあるけど、多くても二・三体程度だった。軍勢って呼べる程の魔物は連れていなかったよ」


 魔物の襲撃は二度あったと言うが、それは彼女が『狂化』を使われる前の事だ。

 しかも襲撃して来た魔物は召喚型の魔物では無く、森や山に棲息するゴブリンやトロールといった土地に根付いた魔物である。

 それらを万単位で、しかも数日で揃える事など出来るはずがない。


(となると魔物は別の場所で、別の者に指揮されていた?)


「この場所もそうだが、魔物の動向なども気になる。俺達だけでは手が足りないので、一旦衛兵隊に報告して判断を仰ごう」






    ◇  ◇  ◆





 魔法陣の調査は、あくまで俺達が勝手に行った事だ。

 だから苦言を言われても仕方ないかと思っていたのだが──


「俺達の仕事は町を守る事だからな。町が無事なら、それが一番さ」


 意外な事に、衛兵隊長ジェラルドは俺達の報告に感謝をしてくれた。

 決して勲功くんこうが目当てなだけの人物では無かったようだ。



 だが──



「それで……そなたがヒースと申す者か。何やら余計なお世話をしてくれたようだな」


 セルジュが言っていた通り、問題は領主にあったらしい。


 魔法陣調査の翌日、領主率いる領軍がウェグリアに到着したのだ。

 俺は領主のエルヴェ・プリュヴォー侯爵に呼ばれ、今回の件について直接事情聴取を受ける事になった。


「余計なお世話と言われればそうかも知れませんが、私はあくまでみずからの経験から危険を察知し、調査におもむいただけです」

「だが結局あの後、何も起きていないではないか」


(結果しか見ないタイプの人間という事か)


 もちろん結果は重要だ。

 だが今回の結果はあくまで偶然得たもの。

 結果は重要だからこそ、あらゆる手を尽くして確実に手に入れる必要がある。


 結果というのは絶対に、原因より先には起こり得ない。


「はい。調査した結果、問題は起きないだろうと判断しました」

「ふんっ。場合によってはお主が『強大な魔物が召喚される』というニセ情報によって、我が領地を煽動せんどうしに来たともとれるのだぞ?」

「一応、我々はフェルディナンド公公認の使節なのですが……プリュヴォー家の家長からそのような人物だと判断されたむね、トーラシア盟主にご報告差し上げた方が宜しいでしょうかね?」


 あまり頼るのもどうかと思うが、このような権力主義の相手には致し方ない。

 彼はフェンブルの侯爵であり、シアのウェーバー男爵家より数段格上だ。

 別の国であっても、爵位に関しては万国共通に対応するのが通例らしい。


 であるならば──


「と、とにかくじゃ! 我が領地にはもう何も危険は無い! 斥候からも近辺に魔族の姿は一切確認出来ないとの報告が来ている。そういうわけじゃから後は我々領軍に任せておけばよいっ!」


 いくら侯爵家といえど、一国の盟主に喧嘩を売ってただで済むはずがない。

 領主はこれが本題とばかりに次の話題に切り替えた。


「それともう一点。聞いた話ではお主ら、何やら獣人と行動を共にしていたそうではないか」


 メイヴと共に何名かの衛兵を助けていたし、その後フィオンと共に魔法陣の捜索も行っている。

 事態は急を要したので、正直そこまで気が回せなかった。

 どこかで目撃されていてもおかしくは無い。


「ええ。侯爵が統治されているこの町の衛兵をお助けしておりましたので。まさか人助けをするのが罪に当たるとでも?」

「お主はそんな事も分からぬのか? 獣人達に襲われた町で獣人連れのよそ者が堂々と闊歩かっぽなどしておったら、民を不安にさせるだけであろうが」


 何の意図があって難癖を付けてくるのは分からないが、とにかく俺達をこの町に滞在させたくないらしい。


「フェルディナンド公の特使という事もあるので細かい取り調べなどはせぬが、住民達が騒ぎ立てる前に町から出て行って貰う他ないな」


(この領主が相手では、これ以上の話は無駄か──)


「分かりました。明日には──」

「今日中じゃ。今日立ち去らなければ反逆罪として捕縛した上、尋問を行う。しっかり一日の猶予ゆうよを与えたのじゃから、特使といえども文句など言わせぬぞ?」


 既に昼を回っているので、あと半日しかないわけだが。


「分かりました。夕刻までには町を出ましょう」

「話は以上じゃ。早々に立ち去るが良い」





    ◇  ◆  ◇





「というわけなんだ。すまんがすぐに出発の準備を」

「ちょっとその対応、いくらなんでも酷過ぎませんこと!?」


(あの場にシアを連れて行かなかったのは正解だった……)


 一国の盟主に対してさえ、苦言を呈するような女性だ。

 あの時は相手が話の分かるフェルディナンド公だったから良かったものの、普通の貴族相手だったらその場で斬られてもおかしくない物言いだった。


 もっともシアの場合は父マティウスからの書簡を読んでいたので、フェルディナンド公のを事前に知っていた節があるが。


「いつも必需品の買い出しをしてくれているベァナが文句を言うのなら話もわかるが、シアは別に今日町を出ても問題無いのでは?」

「暖かいお風呂に入って、ふかふかのベッドで休みたかったのですわ! この季節じゃ、川で水浴びとか絶対無理ですし!」


 当然の事ながら、大きな町にはそれなりの設備が揃っている。

 村や集落に拠るたびになるべく宿を取るようにはしていたが、この規模の町はそうそうない。


「ウェグリアで色々と準備をしたかったのは事実ですが……日用品とかはまだ大丈夫です。食料も以前立ち寄った村で分けていただきましたので問題ありませんよ」

「というわけだシア。ここはどうか穏便に……」

「……ヒース様が毎晩腕枕をしてくれるというなら我慢いたしますわ」


(仲間たちの視線が突き刺さる気がする)


「うーん……それはとりあえず、町を出てから考える事にしよう」



 色々とバタバタはしたが俺達は領主の命通り、その日のうちに町を後にした。





    ◇  ◇  ◆





「わぁ! ボクこういうおうちで、にぃにと一緒に泊まった覚えがあるよ!」


 テントを見たフィオンが興奮気味に話している。

 元々リンとフィオンが知り合い同士だった事もあって、うちの娘達ともすぐに打ち解けた。


 はしゃぐちびっこ達を他所よそに、年長の仲間達は焚火を囲んでいる。


「つまりヒース殿は元々別の世界で人生を歩んでいて、そこでフィオン殿と一緒に暮らしていたと」

「まぁ端的に言えばそういう事になるな。お互い今とは名は違っていたが」


 セレナはあくまで冷静だったが、シアは少し不満気だ。


「なぜ今まで黙っていらっしゃったのですか。わたくし達が信用出来ないとでも?」

「いやみんなを信用していなかったわけではない。俺自身が、こんな話信じて貰えないだろうと判断したのだ」

「そんなの話をしてみなければわからないではありませんか!」

「では聞くが……シアはこの話、信じてくれるか?」

「正直信じられませんわ」


 天然なのか狙って言っているのか……


「元のヒースがどういう人物だったのかは俺にもわからない。とにかく少なくとも元のヒースの記憶は基本的には無く、あるのは別の世界の俺の記憶だけなのだ」

「基本的、と申しますと?」

「剣術や体術等については体が覚えているようなのだ。思い出す、というよりは反射のようなものだが」

反射リフレクション? それは対抗魔法アンチマジックか何かのたぐいですの?」


 さすがに生理学や脳科学が全く発展していないここでは、意味が正しく通じないようだ。


「いや、体が無意識に反応してしまう事だ。例えば火傷しそうなほどの熱いものを手で触れたりすると、手が勝手に引っ込んだりするだろう?」

「言われてみれば確かに……考えるよりも先に体が動いてしまう事がありますわね。反射……きっと私のヒース様に対するこの情動も……」


 稀にひらめく様々なイメージについては伏せておいた。

 その原理は俺も説明出来ないからだ。


「フィオン殿も元の世界の記憶を持っているのか?」


 再びセレナが話に加わる。


「いや……彼女に話を聞いた所、覚えていたのはコーヤというあるじに仕えていたというイメージと多少のエピソード、あとは匂いだけだそうだ」

「獣人族は鼻が利くと言うしな」

「そうかも知れない。とにかく主の姿までは全く覚えていなかったようだが、俺の放った一撃で彼女は正気を取り戻し、意識を失う寸前に俺の元の名を呼んだのだ。その名を知る者など、他に誰もいないからな」


 実際にはベァナだけは知っていたが──

 今それを話す必要は無いだろう。


 フィオンはこの町で初めてベァナと出会った。

 俺の名を知る機会などありはしない。


「ところでセレナは、俺がこの世界のヒースでは無いと知ってなんとも思わないのか?」

「うーむ。なんとも思わない事は無いが──そうだな。私と初めて出会った時のヒース殿は、既に向こうの世界の人物だったわけであろう?」

「ああ」

「であれば何も問題はござらん。私が知るのは、今のヒース殿だけだからな」

「そういう事でしたらわたくしだって同じですわ! 今のヒース様だからこそ、私は数々の見合い話を全て破談に……」

「シアよ。それはヒース殿と会う前の話だろう」

「あら、そうでしたかしら。でもどんな時系列だったとしても、私は同じ選択をしたに違いありませんわ!」

「あはは……」


 ベァナが苦笑する横で、呆れ顔のセレナが話を続ける。


「まぁ話を戻すとその謎を知るために、ティネ殿のお師匠様に会いに行こうとしていたわけか」

「まぁそういう感じだ」



 俺がヤース師に会い、何を知る事になるのかはわからない。



 だが今の俺には旅を続けるうちに芽生えてきた、強い思いがある。



 それはこの世界で出来る事は、全てやり切りたい。

 悔いの残らぬよう、自らの全力をもってて事に当たる。

 そんな思いだ。



「それでメイヴ。そのティネの師匠であるスプレイグロ・ヤース導師の住まいが、君達の集落のすぐそばにあるというの本当なのか?」

「はい。ヤース様は集落の仲間達が病気や怪我をした時に、いつも助けて下さる導師様です。森のかなり奥まった場所にお住まいなのですが、私も何度かお訊ねした事がございます」

「そうか。集落に向かうついでですまないが、案内してくれると助かる」

「ええ。是非そうさせてください!」



 今俺に出来る事に全力を尽くす。


 だが元の世界の俺は、そこまで強い思いを持つ人物では無かった。


 なぜそんな思いを強く感じるようになったのか?




 その理由は、旅の終わりに知る事になるのだろうか?

 それとも、その理由を知る事で旅が終わるのだろうか?




「そろそろ食事の準備を始めるか。ニーヴ、プリム。お楽しみの所悪いが、準備を手伝ってくれ」

「承知であります!」

「あいあいですー」




 どちらにせよ、まだまだ旅は終わりそうにない。

 今はこの頼もしい仲間たちとの旅を、全力で楽しむとしよう。



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