Livin' For You

 自分から言い出しておいて恥ずかしいとは思うのだが……

 他に良い方法が思い浮かばない。


「本気で言っているのですか──」

「こんな事、冗談なんかで言えるものか」


 最も効率的なマナ供給は性行為によるものだ。

 だが、それは色々な意味で大きな問題がある。


「一つだけいいですか?」

「ああ」


 相変わらず赤い顔のベァナだったが、表情は真剣だ。



「ヒースさんはフィオンさんの縛呪を解く為だけに、私にそんな頼みをしているのですか?」



 彼女の視線が痛いほど突き刺さる。



 色々と思う所はあるが……

 ここは本心を言うべきだと直感した。



「こんな状況でこんな事を言って信じて貰えるかは分からないけど、これから言うのは俺の本心だ」



 軽く息をする。




「俺はベァナが好きだ」




 彼女は俺から目を離さない。

 少しだけ唇を噛みしめているようだ。


「だから本当はもっとゆっくり距離を縮めたかったし、ちゃんと告白もしたかった。君は俺の事を大して好きではないかも知れないけど……俺はもし初めての相手が君だったらとても嬉しいなと、ずっと思っていた」


 ベァナの視線が外れ、少し伏し目がちになる。


「初めてなのですか……」

「ああ。前にも言ったと思うが、俺は女性とお付き合いした事が無い」

「そう言えばそうでしたね」

「一応断っておくが、それは前の世界の俺の話だ。こちらの世界のヒースが元々どんんな人間だったのかは、俺も知らない」

「それは──わかってます」


 少しだけ考えこんでいた彼女の顔が、再びこちらを向く。

 表情は随分落ち着いてきたようだ。


「わかりました。フィオンさんを助ける為でもありますし、これは仕方が無い事です!」

「ああ」

「でも一つだけはっきりと言わせてください」

「ああ?」

「距離を縮めるの、ゆっくりし過ぎですっ」


 彼女はそうとだけ言って、詠唱の準備を始めた。


「詠唱が一通り終わったら……その……」

「わかった。大丈夫だ」

「はい……それじゃ行きます」



 地面に寝かせたフィオンの首輪に、ベァナの右手が触れる。

 ベァナの口から詠唱呪文が紡ぎ出されていく。





── ᛚᚨ ᛚᚴᚣᚨ ᚾᛖ ᛒᛟᚾ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᚺᚨᛚᛏ ᛞᚨᚢᚱ ──





 詠唱を終えたベァナ。

 彼女はゆっくりとこちらを振り向き、そしておもむろに目を閉じた。


(いざとなると、こんなに緊張するものなんだな……)


 しかし時間が無い。

 俺は彼女の肩に手を廻し、互いの唇をそっと重ねる。

 彼女は一瞬身じろいだだけで、特に抵抗する素振りは見せなかった。


(初めてなのにこんな事をするものじゃないとは思うが……)


 もちろんベァナも承知しているとは思うが、今回のキスにはれっきとした目的がある。

 俺は気恥ずかしさに堪えながら、彼女の中へと更に突き進んだ。


「!?」


 流石にびっくりしたようで、俺の服を掴む彼女の手に力が籠る。

 だがそれも一瞬だけで、彼女は俺の行為を受け入れてくれたようだ。


 俺の口内からマナが流れていくのがわかる。

 彼女もそれを感じ取り、絡めた柔らかな舌先で優しく受け止めてくれた。



 それがしばらく続いた後……

 未練を感じつつも、どちらからともなく合わせた唇を離す。



 彼女はこんな状況の中でも、右手をしっかりかざし続けている。

 首輪の古代文字が妖しく光るが、まだ解呪は終わっていない。



「マナの方は──」

「まだまだ供給が──」

「そうか。それじゃ──」



 再び求め合う二人。

 お互い、気恥ずかしさはとうに消え去っていた。




 俺達は暫くの間、相手を感じる事だけに没頭していった。





    ◆  ◇  ◇





 時間ときの流れを忘れていたのだろう。

 二人だけの空間は、唐突に終わりを告げた。


 俺の左袖を何かが引っ張る。

 だがベァナの左手は俺の胸に添えられ、右手は首輪に向いているはずだ。


 危機感を感じ、目線をそちらに移してみると……



「あの……にぃに?」



 そこには目醒めたフィオンがちょこんと座っていた。


「あっ!」


 ベァナもそれに気付いたのか、俺達は急いで距離を取る。


 フィオンの首を確認すると、首輪の古代文字は既に消えていた。

 赤かった虹彩こうさいも、本来のものらしい青色に戻っている。


「かっ、解呪出来たようだな。気分はどうだ?」

「えっと……なんだかとってもスッキリした感じがするよ。それよりにぃに、ここから急いで離れたほうがいいと思う。嫌な連中がすぐ近くまで来てる」

「わかるのか?」

「うん。あいつ等の匂いがしてるから」


 獣人族だけあって、匂いには敏感なのだろう。


「わかった。ベァナ、仲間達と一旦合流しよう」

「は、はい……」


 他人に見られたのがよっぽど恥ずかしかったのか。

 彼女は首まで真っ赤になっていた。


(確かに追手が来ても不思議じゃない頃合いか)


「フィオン、走れるか?」

「ボク、走るのは得意だよ?」

「それじゃ俺達の後を付いてきてくれ」

「かけっこだね!? それなら負けないよっ!」


 メイヴの話ではフィオンとメイヴはほぼ同じくらいの年頃らしいのだが……



(同じ獣人族でも性格は全然違うんだな)



 そんな思いを持ちながら、俺達は仲間達の元に急いだ。





    ◇  ◆  ◇





「フィオンさん!」

「あっメイヴちゃん! 無事だったんだね、良かったぁ」

「ヒースさん達に助けてもらいました」

「ヒースさん?」

「フィオンさんを助けてくれた、その剣士さんですよ」

「剣士さん……こーやにぃにの事?」


 その名はフィオンとベァナしか知らない。

 案の定、シアが怪訝けげんな表情をしている。


「フィオン、事情は後で話す。今の俺の事はヒースと呼んでくれ」

「うん……わかった。ヒースにぃにだね!」


 俺の呼び方は気になるが……協力的なのは有り難い。

 『狂化バーサーク』の効果が出ていた時の彼女とは正反対だ。


「それでこの後の行動なのだが……敵の事情に最も詳しいのは君だ。フィオン、ジェイドの動向について何か知らないか?」

「うーん。確か牢に入れて運ばれて……でもその後の事はよく覚えていないんだ」

「そうか──」

「あっ、でも九頭竜ハイドラを召喚するとか言っていたような気が」

「ハイドラ?」


 ギリシャ神話に出て来る怪物と同じものだろうか?

 キュクロプスが単眼の巨人だった事を考えると、その可能性はある。


「それは九つの頭を持つ竜らしいですわ。なんでも再生力が強くて、切っても切ってもまた生えてくるとか」


 シアがその怪物について説明してくれる。

 貴族かつ魔法使いというだけあり、魔物については仲間内で最も詳しい。


(そのエピソードまで元の世界の神話と同じ)


 だがこれは今に始まったことでは無い。

 ベァナと出会った直後に聞いた銀竜草ギンリョウソウ逸話いつわも、元の世界に伝わっていたものとほとんど同じだった。


「シア、そいつは手ごわいのか?」

「おそらくキュクロプスよりも更に厄介ではないかと。召喚型の魔物の中では最強クラスだと、ものの本に書いてありました」

「そんなものここで召喚されたりしたら、町がめちゃめちゃになるな」


 再生能力があるという事は単眼の巨人キュクロプスと同様、通常武器による攻撃は期待できない。


 更に言うとキュクロプス戦では、強力な魔導士であるティネがいた。

 シアもかなりの使い手ではあるが、使える魔法は水と土だ。

 火魔法に比べると、威力は格段に落ちてしまう。


 キュクロプス戦ですらギリギリの戦いだったのだ。

 もし召喚されてしまったら、俺達に勝ち目は無いと見るべきだろう。



(召喚の阻止が最善手)



「フィオン、召喚陣の場所はわかるか?」

「匂いを覚えてるので、近くまで行けばわかるよ」

「戻るのは嫌かもしれないが、案内してくれないか? 事は一刻を争う」

「大丈夫だよ。にぃにがそう言うなら」


 他の仲間に状況を伝えるなら、足の速いメイヴが適任だろう。


「メイヴ。済まないが一旦馬車に戻ってセレナに状況を伝えて欲しい。俺達は急ぎ召喚を阻止しに向かうので、町の中央にある広場まで馬車で来るよう伝えてくれ。後の判断はセレナに任せると」

「わかりました」




 メイヴを見送り、俺達はフィオンの案内でジェイドの陣へと向かった。





    ◇  ◇  ◆





「──なんという事でしょうっ!!」

「ジェイド様、どうされましたか!?」


 目を見開くジェイド。

 そして彼は左腕の腕輪に目をやった。


「フィオンの反応が消えました。あの首輪とこの腕輪を使って以来、こんな事は今まで一度もありませんでした……」


 彼がフィオンを町に放ったのは、あくまで時間稼ぎの為。

 『狂化バーサーク』の効果が切れる前に、回収する予定だった。

 だがそれを可能にするのは、彼女がいる方向を腕輪で確認出来ればこそだ。


「あの、倒されてしまったという事は……」

「この町の衛兵が束になってかかったとしても、彼女には絶対にかないません。それに首輪を付けたままであれば、本人の命が絶たれてもしばらくの間は反応し続けます。体内のマナがすぐに無くなる事はありませんからね」


 彼女を送り込んだのは、他に取れる手段が無かったという理由もある。

 しかし最大の理由は彼女を止められるような強者など、この町には一人もいないという絶対の自信があったからだ。


「これは首輪の効果自体が無くなってしまった──つまり『破呪』か『解呪』されてしまった以外、考えられません」


 何か良い方策が無いか思案するジェイドに、部下が提案を行う。


「召喚が完了し次第、獣人達に探索を命ずるのはいかがでしょうか」

「彼女達がフィオンを見つけられたとして、その後彼女をどう確保するというのですか?」

「それは……」

「他の獣人達が束になっても、あの娘を捕まえる事なんて出来ませんよ」


 獣人は平均的な人よりも多くのマナを保有するが、魔法は使えない。

 中には豊富なマナは驚異的な身体能力に転化されていると説く研究者もいる。

 だがどちらにせよ魔法を使えない以上、物理的に拘束する以外にすべはないのだ。



「それに向こう側には『解呪』を使えるような魔術師がいるのですよ? フィオンが仲間の獣人達を攻撃する事はないでしょうが、相手がどう出てくるかはわかりません。『狂化』した彼女を捕縛出来る程の相手です。迂闊うかつに手は出せません」



 考えをまとめるジェイド。


(しかし──どうにかして彼女を回収しなければ)


 彼にしてみれば、今回のこの行動はあくまでダニエラからの要請に応えただけのもので、彼にとって直接のメリットは無い。


「決めました。方針変更します。みなさん、今から出す指示に従ってください。事は急を要します」

「「「はっ」」」



 ジェイドの指示を受け、部下達は再びせわしなく動き始めた。



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