宿縁

 馬車の係留場所へ戻る際、数体のゴブリンと遭遇した。

 ベァナのボウガンとメイヴの短剣により、難なく駆除される。


 メイヴが戦う所は初めて見たが、彼女はその辺の一般兵よりも圧倒的に強い。


「メイヴ。獣人族というのは皆、君のように戦えるのか?」

「私なんてまだまだ駆け出しの身です。我々獣人族は常に魔物の脅威に脅かされておりますので、戦えなければ生きていけないのです」

「人里離れた地で暮らすという事は、そういう事なのだな」


 生物は環境に適応しなければ生き残れない。

 獣人族の場合は平地を人間達に支配されたがために、魔物の跋扈ばっこする辺境地帯へと追いやられてしまった。


 だが考え方を変えればそういった過酷な環境こそが、彼女達のような強い戦士を育てたとも言えるのだろう。


 ひとまずメイヴの戦闘能力になんの問題も無い事がわかった。

 一安心した俺は、周囲の様子を窺っていたベァナと状況確認をする。


「衛兵隊も巡回はしているようですが、町の規模からすると少し人手が足りていないのかも知れませんね」

「そうだな。だがこの程度の魔物なら一般兵士でも問題無く──」


 その時だった。


「うっ、うわああああっ!!」


 兵士の叫び声だ。


「町の北側から聞こえたようですわね」

「魔物に襲われたのかもしれない。急ごう!」


 声の聞こえた方角へ走る。

 すると道路脇に一人の衛兵が倒れていた。

 息はあるようだが、体の自由が効かないようだ。


 そして暗くて良く見えなかったが、遠くに走り去る人影が一つ。


(あの身のこなし……姿からして獣人か?)


 辛うじて確認出来たのは、白い髪の獣人という事だけだ。


「まさか……フィオンさん?」

「知っているのか?」

「後ろ姿だけでは確実とは言えませが、あのような動きが出来る白髪はくはつの獣人と言ったら、彼女くらいしか考えられません」


 おそらくこの衛兵を襲ったのもその獣人だろう。

 このまま放置していては、次の犠牲者が出てしまうに違いない。


「あの、誰か解毒魔法を扱える方いらっしゃいませんか?」


 メイヴの呼びかけに対し、ベァナが返答する。


「三人とも使えるはずですが、解毒とは?」

「ジェイドは麻痺毒を塗った短剣を獣人に持たせ戦わせます。相手を殺す事が目的では無く、マナを集めるのが目的だからです」


 確かに獣人の身体能力であれば、そういった戦いの方が向いているだろう。

 実際メイヴも優れた短剣使いだし、防具も軽装である。


 すると今度はシアから提案を受けた。


「この方の治療はわたくしが致しますわ。皆様方は逃げた獣人のかたを追ってください。私は皆さんほど速く走れませんので、ここに残ったほうが良いかと」


(シアであれば解毒も治癒も使えるし、いざとなれば魔法で自分の身も守れる)


「わかった。だが無茶はせず、危なくなったらセレナ達と合流してくれ」

「承知いたしましたわ」



 俺達は衛兵をシアに任せ、白髪の獣人が去った方向へ走り出した。





    ◆  ◇  ◇





 走りながら、相手の情報についてメイヴに確認する。


「先程言っていたフィオンという獣人、確か君とリンを逃がしてくれたという白狼族の女性だったと記憶しているのだが」

「はい。白狼族はメルドランやフェンブル北西の高山に住む種族で、通常この辺にいる事は絶対にありません。おそらく彼女で間違い無いと思います。」

「しかし君達を助けるような人物が、なぜ衛兵を……」

「普段のフィオンさんは、決してこのような事をする方ではありません! 多分ジェイドから何かしらの術をかけられているんだと思います」

「なるほど。彼女もある意味、被害者であるわけだ──」


 という事ならば、出来るだけ助けてやりたい所ではあるのだが──


「しかしあの身のこなし、君と同程度の戦士なのは間違いなさそうだな」


 そんな俺の感想を即座に否定するメイヴ。


「とんでもありません! 私なんて本気のフィオンさんにかかれば、ものの数秒で倒されてしまうでしょう」

「それほどの使い手なのか?」

「ジェイドは集めた獣人達を戦闘訓練と称して魔物と戦わせる事があるのですが、フィオンさんは岩の巨人トロールを無傷で倒してしまうくらいの戦士です。私など足元にも及びません」


(トロール……ホブゴブリンよりも更に一回り大きく、強力な魔物という事だが……)


 このウェグリアにも襲って来たようだが、文献で読んだだけの情報なので詳しい事はわからない。

 だがホブゴブリンよりも強いというのが確かならば、一般兵では全く歯が立たないのは確実だろう。


 しばらく道なりに進んで行くと、そこにくだんの少女が立っていた。

 彼女の足元には、更に二名の衛兵が倒れている。


「フィオンさん、もうやめてください! 貴方はこんな事をするような方ではないはずです!」


 自らの名前に反応したのか。

 それとも単に声に反応したのか。


 彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。

 夜目が効く種族という事もあり、彼女の虹彩こうさいが光を反射する。



 だが彼女のそれは──妖しげな炎のように染まっていた。



「赤い目……『狂化バーサーク』を使われたんだわ!」

「『狂化バーサーク』? 精神魔法か?」

「はい。恭順きょうじゅんを示さない獣人にほどこす魔法です。戦いを強制させ、自らの意思とは逆の行動を取らせると……」


 メイヴの話が終わると同時に、ベァナの声が響く。


「来ます!」


 狂化という魔法がどのようなものかは分からない。

 ただ目の前の白狼族の少女の表情を見れば、理性を失っているのは間違いなさそうだ。


 彼女は声を上げたメイヴに向かい、一直線に突進する。


(これは!?)


 人型の生物とは思えぬ程の瞬発力と速度。

 一瞬ティネとノーラによる魔術師同士の戦いを彷彿ほうふつとさせたが、獣人族は魔法を一切使えない。


 つまりこれは元々、彼女に備わっている能力という事だ。


「くっ!?」


 同じ獣人族であるメイヴは、白狼族の少女の一撃を短剣でなんとか防ぐ。


「フィオンさん! 目を覚ましてください!! あなたはそのような……」

「ぐるるるるっ……」


 メイヴの声は彼女に全く届いていないようだ。


 端正な顔を怒りで歪める白狼族の少女。

 彼女の口元からは立派な犬歯が見え隠れしている。


「ベァナ、バインドは使えないか?」

「動きが速すぎて無理です! 下手するとメイヴさんを拘束してしまう事に」


 両者共に恐るべき速度で位置を変えながら、互いに短剣をぶつけ合っていた。

 しかし、誰が見てもメイヴの劣勢は明らかだ。


(メイヴに足止めをお願いするのは酷だろう。となると……)


 彼女の言う通り、白狼族であるフィオンの動きは尋常じんじょうでない。

 攻撃をかわすだけで精一杯に違いない。


(タイミングを見て俺が入るしかないか)


 あらかじめ靴に仕込んであった移動補助スキャフォールドの設置魔法を実行する。


 この魔法はティネから受け取ったメモに書かれていたものだ。

 共通魔法コモンマジックではあるが認可レベルが第五段階以上と高く、今の所俺にしか使えない。




── ᛚᚨ ᛚᚴᚣᚨ ᛞᛖ ᚳᛁ ᚠᚨᚱ ──




 と、その時だった。

 フィオンの剣先が、メイヴの頬をかすめる。


「くっ!」


 後退した直後、膝を付くメイヴ。


(まずい!)


 メイヴの話によると、短剣に塗られているのは即効性の麻痺毒らしい。

 動きが鈍れば、攻撃をかわす事など絶対に不可能だ。


 発動済みの移動補助スキャフォールドの力を借り、二人の元に高速移動する。

 白狼族の少女は俺の姿を捉え、ターゲットをこちらへ変更するが……



「!?」



 ある程度近付いた時点で、彼女の表情が変わった。

 怒りに満ちていたその顔に、一瞬だけ困惑の表情があらわれる。



「ウ……、ウガガガァッ!!!」



 叫び声を上げた直後、建物のひさしの上にジャンプする少女。

 彼女はそのままその場を離れて行った。


「ベァナ!」

「わかってます!」


 ベァナはメイヴに解毒を施す為、既に走り寄るところだった。

 しかもメイヴ以外に、二人の衛兵達が倒れている。


「この場は平気です! 解毒をすればメイヴさんもすぐ動けるようになりますし、ヒースさんはあのを追ってください。衛兵さん達への処置が終わり次第、私達もすぐに後を追います!」

「わかった。くれぐれも無茶だけはしないようにな!」

「それは私のセリフですっ!」




(確かに無茶をしているのはいつも俺だ……)




 俺はベァナに片手を上げて応える。


 そして白狼族の少女と同様に建物の屋根に登り、彼女の後を追った。





    ◇  ◆  ◇





 移動補助の効果もあり、屋根の上に難なく上がる。

 遠くに白狼族の少女の走る姿が見えた。



(狂化という魔法の名称から言って、精神に異常をきたす魔法なのは間違いない。なんとか正常に戻す事が出来れば)



 実際、知己ちきであるはずのメイヴにさえ攻撃を仕掛けた。

 正常な判断が出来ていない証拠だ。



 だが……



(なぜ俺が近付いた時、あのような表情を?)



 そんな事を考えていた所、彼女の姿が見えなくなった。

 どうやら再び路地に降りたらしい。


 屋根伝いに走りながら白狼族少女を確認する。

 どうやら彼女は進む向きを変え、西に向かうようだ。



(まずいな、西側にはジェラルドが指揮する衛兵隊の陣が──)



 移動速度を上げた。

 屋根伝いに移動しているお陰で、回り道をせずショートカット出来る。



 そしてしばらく進んだ所で路地に降りた。

 白狼族の少女の行く手を塞ぐように立ちはだかる。



「フィオンさん。君のような強力な戦士をこの先に行かせてしまうと、衛兵達に甚大な被害が出てしまいそうだからね。すまないがここで──」

「グルルルゥアッ!!」



 案の定、こちらの言葉など一切聞こえていない──

 いや、理解出来ていないようだった。


 短剣を両手に持つフィオンは、細かくステップを踏みながら襲い掛かって来た。

 瞬時に移動方向を変えるため、どこから襲ってくるかが予測出来ない。


(なんという身体能力だ! 移動補助スキャフォールド無しでそのような動きが可能とは)


 彼女の一撃を曲刀サーベルで受け止める。

 ……が、彼女は攻撃が通らないと見るとすぐに後退し、再び予測不能トリッキーな動きで襲い掛かる。


 彼女は俺に近付くたびに、一層怒りを込めた表情で打ちかかって来た。


「俺はっ、君から恨みをっ、買うような覚えは無いぞっ!」


 辛うじて攻撃をかわししつつ声を掛けるが、相手に変化は無い。


 ジェイドによって本人の望まぬ戦いを強いられているのは確かだ。

 出来れば傷つけないように無力化したい所だが、そんな余裕は一切無い。


(正直、ミランダ師団長よりも厄介だぞこれは)


 何しろ彼女が扱う短剣には即効性の麻痺毒が塗られている。

 すぐに解毒アンチドートを唱えられれば回復は可能だが……



「そんな隙など、君は一切くれないのだろう?」



 風魔法で吹き飛ばすにも、詠唱時間を稼げそうにない。

 もし仮に術を発動出来たとしても、彼女の身体能力ではあっさりとかわされてしまう可能性も高い。


 何度か致命傷にならないような攻撃を仕掛けてみたが、そのようなぬるい攻撃を甘んじて受けるような相手では無かった。



(これは──俺も腹をくくるしかないか)



 彼女が振るう攻撃を何度もかわし、俺はその機会を伺った。


 ぐ攻撃を全てかわす。

 俺が狙っていたのは──


 彼女の突きだった。



(そうだ! そのまま俺に突きを食らわせてみろっ!)



 俺はサーベルを素早く腰に戻し、居合の体勢を取る。

 彼女が自分の体重を乗せ、こちらに突進してきた。



「くっ!」



 『狂化』という精神攻撃を受けていてもなお、彼女の戦闘センスは抜群だった。

 右手で突きを食らわすと見せかけ、左手の短剣を素早く払う。


 額から血が流れるのを感じる。


(まだまだッ!)


 俺の左腹部を彼女の短剣が切り裂く。


(この程度ならっ)


 直後、俺は自身の剣の柄を彼女の鳩尾みぞおちに向け突き出した。


「ウグッ!」


 低いうめき声を上げるフィオン。

 直後、彼女の手から短剣が滑り落ちた。


(まずい、もう麻痺毒の効果が……)


 俺は急いで自分に解毒アンチドートをかける。

 麻痺毒が回ってしまえば、詠唱すら出来なくなる。



 無力化はしたものの、彼女の意識はまだあるようだ。

 口をぱくぱくさせて何かを伝えようとしている。


 相当な苦痛を受けているはずなのだが……

 俺と対峙していた時よりも、その表情は穏やかに見えた。



「にぃに……」



 フィオンが呟く。



(彼女にも兄弟がいたのだろうか)




 だが俺は次の瞬間、その言葉に耳を疑った。





「この匂い……こーやにぃに……」





「!?」





『こうや』──それは元の世界の俺の名。

 この世界でその名を知るのは、ベァナ一人しかいない。




 そしてその元の世界の俺を兄と呼ぶ存在も──たった一人しかいない。






「シロ──なのか!?」





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