暗躍

「どういう事だジェイド! 衛兵は全て殲滅したのではなかったのか!?」

「はい。アイザック様配下の魔物達であれば十分攻略出来る程度まで、衛兵達を無力化させて頂きましたが……」


 メルドラン王妃ダニエラからの要請で、アイザック王子のウェグリア攻略に加勢する事になったジェイド。

 表向きにはダニエラの顧問魔術師という立場になっており、それによってジェイドはダニエラから数々の援助を受けている。


 だからこそ、王妃からの依頼を渋々ながら受けた彼だったが……


(ウェグリアを攻略出来なかったのは、何の策も講じずに突撃を繰り返して来たあなたの失策でしょうに!)


 アイザックの稚拙ちせつな言動にうんざりしていた。


「無力化だと!? 俺は衛兵を倒せと言った。なぜ指示に従わない!?」

「あまり私が戦力を削ぎ過ぎてしまいますと、アイザック様の戦功に傷が付いてしまいます。無力化された兵士とは言っても陛下の軍でそれらをお倒しいただければ、その戦功は誰もが陛下の物とお認めになられると思いまして」


 ジェイドの発言はあくまで建前だ。


(狼人族に本格的な戦闘などさせたら、折角集めたマナを召喚に使えないどころか彼女達を失う危険さえあります。なぜこんなポンコツ王子の為に、私の可愛い実験体達が犠牲にならないといけないのですか)


「私の戦功……確かにそれは困る! が……魔物の数が少なすぎる。全く、もっと魔物を集められないのか、この剣はっ!」


 メルドラン王国第四王子であるアイザックは、母であるダニエラより『専制君主の剣タイラント』と言う名の魔剣を与えられている。

 彼の軍隊というのは、その剣によって使役させられた魔物達だ。


(そうやってすぐ他の物に責任転嫁しているから、いつまで経っても成長出来ないのですよ!)


 古代遺跡から発見された魔剣タイラント。

 頭上に高く掲げ呪文詠唱をする事で、広域から魔物を呼び寄せるアーティファクトである。

 呼び寄せられた魔物は術者の支配下に置かれ、自らを傷つけるようなものでなければ基本的に術者の意思に従う。


 アイザックの元には数百の『人の』軍勢もいるが、それらはどちらかと言えば市民の捕縛や略奪用の要員である。

 都市の攻略には主に魔物があてがわれていた。


「とにかくだジェイド! このままではウェグリアをとす事は出来ん! 其方そなたの軍勢を使ってウェグリアの軍勢をすぐに一掃するのだ! いいか、今すぐにだぞ!?」


 普段から感情を表に出さないよう努めているジェイドですら、彼の横柄さには怒りを禁じ得なかった。

 彼は能力も無いのに尊大な態度を取る人間を、最も嫌悪する。


 つまり目の前の愚鈍な王子は、正にその典型であった。


(王妃の息子で無かったら、とっくに葬っている所ですがっ!!)


 だが彼はそんな下らない事で機会を不意にしたりはしない。


「承知いたしました。ダニエラ様からは『可能な限り』というお話でしたので、私の全力をもって事に当たらせていただきます」

「うむ。期待しておるぞ!」





    ◆  ◇  ◇





 アイザックの陣を後にしたジェイド。

 彼には珍しく不平を漏らす。


「全くどういう戦い方をすれば、あれほどの壊滅的な被害を出せるのでしょうっ!! まぁ魔物討伐という観点から見れば、ある意味天才的な成果とも言えますが。むしろ勇者を名乗ったほうが宜しいんじゃないかとすら思えるくらいです……」


 ジェイドの思惑が外れたのは、王子が使役する魔物の数だ。

 獣人達によって町の衛兵を弱体化させ、その後彼が使役する魔物達で町を壊滅させるというのが彼が考えていたプランだった。

 だが一時期は数万体を誇っていた魔物の軍勢も、今では半分以下にまで激減している。


 一番の原因は魔物は補充すれば良いという、王子の認識の甘さにあった。


 いくらアーティファクトによって魔物を集められるとしても、それらの魔物は元々周辺の土地に棲み付いていたものだ。

 無限に湧いて出るわけではない。


 そして地理的な要因も大きく関係している。

 どの国も国境付近は手付かずの土地が多く、棲息する魔物は多い。

 アイザックの魔物軍も、国境を越えた頃は大きな勢力を誇っていた。


 だが当然の事ながら首都に近いほど兵士の数は多くなるし、逆に棲息する魔物は冒険者などによって駆逐されているため少なくなる。

 つまり大きな都市に近づくほど補充が間に合わず、彼の主戦力である魔物の軍勢は弱体化を余儀なくされるのだ。


「うーむこれは厄介な事になりましたね……すぐに攻撃を開始しろと言われても、今から召喚準備を始めていては時間がかかりすぎます」


 だが目先の勝利に酔いしれる王子は、そんな単純な事ですら思い至らない。


「この調子ではフェンブル首都攻略まで何度も手助けする羽目になりそうですし、アイザック王子には早々に退場していただくのが一番都合が良いのですが……それではダニエラ王妃からの援助を打ち切られる可能性が高そうですし……」


 自陣に戻ったジェイドに、部下の一人が報告をする。


「ジェイド様、指示通りの場所に魔法陣の構築を始めました」

「そうですか。念のため聞いておきたいのですが、召喚開始までどれくらいの時間がかかりますか?」

「陣設置後、設置魔法の呪文を記述しなければなりませんので……少なくともあと一時間程度はかかるかと」

「まぁそうなりますよねぇ。しかもそこから亜神クラスの召喚を行うとすると……更に半刻は見ないといけないでしょう。これはもう非常に不本意ですが……」


 ジェイドは意を決し、部下に指示を出した。


「フィオンを投入します。あなた方はなるべく早く九頭竜ハイドラを召喚するよう努めてください」

「彼女を!? ジェイド様、宜しいのですか!?」

「アイザックが集めた雑魚共に苦戦するような衛兵達です。万が一にもあの子に傷を負わせるなんて事はないでしょう──とは言っても彼女は替えの効かない貴重な検体ですからね、これはあくまで陽動作戦です。こんな都市の攻略など、呼べばいくらでも出て来る怪物に任せておけば十分ですから」


 普段の彼ならば人型の魔物しか召喚しないのだが──


(これもお仕事ですからね。研究費調達の為にはむを得ません)


 今回は支援者パトロンであるダニエラの要望を優先させた。

 自分の研究とは全く関係の無い、単に強力な魔物を召喚する事にしたのだ。


「いいですか、彼女を出すのは召喚完了までの時間稼ぎです。二時間きっちりで召喚してください。これは絶対ですよ?」

「しょ、承知いたしましたっ!」



 ジェイドはおもむろに檻へと近づいていく。

 そこには白狼族の少女の横たわる姿があった。




「私の愛しい王女様。貴方の力を愚民共に顕示けんじするのです!」





── ᛈᛟᛏ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛈᛚᚨᛋ ᚠᚨᚱ ᚨᛚ ᛚᚨ ᚠᚱᚾᛉ ᛞᚨᚢᚱ ──





 穏やかに眠る彼女だったが、呪文を受けた途端に豹変ひょうへんする。


 次第に悪夢にうなされているような厳しい表情へ変わっていくが、ついには目を見開き起き上がった。


 普段青色を帯びていたはずの少女の虹彩が、真っ赤に染まっている。


「ガウゥゥゥ……」

「本当ならそんな品の無い表情をさせたくは無かったのですが──」


 檻の扉を開けるジェイド。

 彼は左手首にめた腕輪をさすりながら、白狼族の彼女に語りかけた。



「まぁ効果は一時間と言った所でしょう。マラスが作ったこの腕輪があれば、貴方の居場所なんてすぐにわかりますからね。迎えに行くまで、思い切り大暴れしていてくださいね」




 檻から解き放たれた彼女は周囲のシンテザ教徒には目もくれず、夕闇の中に消えて行った。




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