為政者

「貴殿がどうやらメルドランからの刺客では無さそうでほっとしたぞ。経緯はどうあれ、ヒース殿はトーラシア所属の領地を救った英雄だからな」

「私もほっとしています。正直、全く訳がわからないのですが」

「その事情ではそうだろうなっ! はーっはっは!」


 相変わらず豪快に笑うフェルディナンド。


「だが、それでも新たな問題が出て来た事には変わりない」

「問題ですか?」

「ああ、大問題だ。何しろメルドランの辺境伯が、トレバー領主の娘の婚約者なのだからな。これは色々な面で大問題だぞ」


 しかしこの状況で、俺が未だに辺境伯の地位にいるとは思えない。


「ですが、私はメルドランから追われる身です。きっと家も取り潰されているのではありませんか?」

「それが全くもって不思議なのだが、そういう話は一切出ていないのだ。メルドラン国内の事情なので詳細はわからぬが、もし家が取り潰される事になったのなら、それは必ず周知されるはずだ」

「領主家が無くなっても、領地は残る──」

「そういう事だ。後継領主を決めねばならぬはずだが、そんな話も一切無い。つまり現状では、貴殿はまだ辺境伯位にあるという認識で対応せねばならない」


 一国の主が言うのだから、それが正しい対応なのだろう。

 そしてフェルディナンドは別の観点からの懸念事項を語り始める。


「どちらかというとメルドラン側、というか貴殿にとって面倒臭い話になっていると思うぞ?」

「私にとって、ですか?」

「ああ。トーラシアは紆余曲折うよきょくせつの上、婚姻制度に関してはかなり明確な区分けが出来上がっていてな。嫁や婿として結婚すればその家の者になるが、そうでない場合は単なる配偶者という位置付けとなる」

「シアやセレナとの婚約がそれですね」

「そうだ。勿論、色々と細かい決まりはある。だが今回の場合、貴殿がどこの誰であろうがトーラシアの制度では二人の夫という立場でしかない」


 盟主はそのまま話を続ける。


「だがメルドラン王国は違う。あの国は典型的な貴族社会で、完全に男性中心の社会でもある。当主の妻になる者は必ずその家の一員でなければならず、シア殿もセレナ殿もフレイザー家の正妻か側室という立場でなければならぬのだ」

「例外は無いのでしょうか?」

「無いな。離縁するか、そうでなければ当主が貴族位を返上するしか無いだろう」

「貴族位を返上するという事は、領民達を他の貴族に託すという事ですか?」

「そうなるだろうな。ヒース・フレイザー伯が元々どんな領主だったかは知らぬ。だがその領主が貴殿のような人物だったとすれば……領民は酷く悲しむだろうよ」


 シアが守ろうとした、トレバー領に思いを馳せた。


(シアなら、どちらも認めないだろうな……)


 彼女はどんな時でも、領民の幸せを願っていた。

 そんなシアが、自分の領民を放り出すなんて事を認めるはずがない。



(そういう意味では、俺だってそうだ。どういう理由で逃げ出したにしても、自分が治めていたはずの領地を、そのまま放置しておきたくはない)



 新たな目的がまた一つ増える。



「それでだな、これは儂の率直な意見なのだが──」

「はい」

「これだけ情報を伝えておいてなんだが、この件は暫く伏せていたほうが良いだろう」

「実は私もそう考えていました。おそらく私が追われているのは、私がフレイザー辺境伯家当主であるという事が理由なのだと思います。その立場を公にするという事は、即ち敵に居場所を教えるようなもの」

「全くその通りだ」

「それともう一つは、今のメルドランに対する心象です。事情を知らない市民達にとって、現状メルドランの貴族と言ったら恐怖の対象でしかありません。人によっては攻撃的な対応を取る者も出てくるでしょう」

「ああ。無用な争いは避けるべきだ」

「私の旅は、この後も続きます。きっと多くの人々と出会う事でしょう。そして出来る事なら、その人々と本音で話がしたい」


 フェルディナンド公は黙って俺の言葉に耳を傾けている。


「私が立場のある人間だとわかってしまったら、出会った人々はきっと本当の自分を隠してしまう。私自身そうでしたが、人は自分の利益や自己防衛の為に、本心を隠します」

「それは然り。そしてそのせいもあって、貴族共は自らを聖人君子のような存在だと勘違いする」

「はい。でもそれは仕方がない事だと思うのです。持たざる彼らにとって、この世界を生き抜くために必要な、数少ない手段なのですから」


 人の行動にはきちんとした理由がある。

 人々に対して行動を強制した所で、強制される側にそれを行う余裕が無ければ従うはずがない。


 それは人口減少が叫ばれていた日本でも同じ事だ。

 結婚して子供が欲しくても、余裕が無ければ出来るはずがないのだ。


「私はこの世界に来てまだ数か月です。そして元の世界に戻れるかどうかもわかりません。暫くの間この世界で暮らす以上、少なくとも私は私の心の平穏を維持する為に、私の出来る範囲で何でもやるつもりです」

「そしてそれに必要なのが、人々との真の交流であると?」

「何しろ私はこの世界の事を本当に何も知らないのです。情報は正確さが最も大事ですからね。粉飾された情報になど意味が無いどころか、むしろ障害になります」

「ヒース殿のその言葉、うちの馬鹿貴族共にも言って聞かせてやれぬかね」


 俺の真意を聞いてある程度満足したのか、フェルディナンドは再びソファーに腰を深く沈める。


「この件についてだが──ミランダには伝えても良いか?」

「ミランダさんですか? 彼女であれば構いません──しかし何故なにゆえ彼女にお伝えする必要が?」

「貴殿とそのお仲間の事を気に入っているようでな。貴殿の事も心配しておった」

「我々の事を?」

「ああ。彼女はしきりに貴殿は決して悪い人物では無いと力説してな」

「それは大変有難い事ですが──なぜそれほどまでに私を評価してくれているのでしょうか?」

「それはだな──」



 盟主はにやりと笑い、その理由を伝える。




「あんなに美味な菓子を作れる人物が、悪人であるはずがないと」





    ◆  ◇  ◇





「おおヒース殿。結構長かったようだな」


 セレナから声を掛けられる。


 城門近くまで戻って来ると、メンバー全員が揃っていた。

 ミランダは既にいないようだ。

 おそらく本来の業務に戻ったのだろう。


「すまぬ。これから旅に出るにあたり、隣国の動きなどの情報を色々聞いていてな」

「メルドランとフェンブルの話だな?」

「そうだ。まぁその話はまた後でゆっくり話すとして……城内見物はどうだった?」


 本音を言えば、俺も一緒に見て回りたかった所だったが──


 俺に素性に関する重要な話を聞く大事な機会だったのだ。

 これより優先されるものなど、他には無い。


「すっっっごく広くて、豪華絢爛けんらんだったのです!」

「じょうか町をいちぼうですー!」


 謁見の間で震えあがっていた娘たちの姿は、そこには無い。

 そして二人ともまだ興奮気味なようだ。

 シアもベァナも満足気な顔をしている。


(俺の件も含め、ミランダさんには感謝しきれないな)


「そうかそうか。それはいいものを見れたな、二人とも」

「はいです! でもでも──」

「ヒースさまもいっしょに見れたら、もっとよかったです……」


(俺の事まで気遣ってくれるとは、この娘たちはほんとに──)


「まぁこんな大きな都市なんだから、他にも見所は沢山あるだろう? それとシア、ミランダさんから船の出航についてなにか聞いているか?」

「それがどうやら船員の確保に手間取っているようでまだ未定だそうです。ミランダ様にも詳しい事はわからないそうですわ」


(船員の確保か……戦準備で忙しい時期だからか?)


 とにかく船乗りでも無い俺達には、出来る事は無さそうだ。


「そうか。それじゃ……町内見物をする時間は十分あるな」

「やったーーっ!」

「たべまくりですー!」



(プリムはやっぱりそれが気になるんだな)



 こうして俺達は船旅に出るまでの間、トーラシアの都を堪能する事になった。





    ◇  ◆  ◇




 翌日。


 これだけ大きな町だと、仲間それぞれに行きたい所がある。


 セレナは当然の事ながら装備品の店に。

 セレナとシアは二人の娘の面倒を交代で見ながら、日用雑貨や衣料品の買い出しに出ていた。



(そして俺は……)



 港にいた。



 理由の一つは今後の船旅にあたり、一度は船を見ておきたいと考えたからだ。


(この世界の船舶技術がどれくらいなのかも興味があるんだよな)


 アーネストの農場では様々な農作物が育てられていたのだが、なぜかトウモロコシやトマト、ジャガイモと言った高収穫を見込める作物が一切無かった。

 現代ヨーロッパにいては必須とも言える食材群であるが、これらが欧州に広まったのは大航海時代の後、新大陸が発見された後の事だ。


(異世界なのだから史実に沿っているはずも無いとは思うが……まぁこの世界でも発見されていない作物という事なのだろう)


 船舶関連の技術が発展していなければ長期航海は望めない。

 発見されていない動植物や文明など、この世界にはまだまだ沢山あるのだろう。


 そして港に来たもう一つが、船員不足の理由を調べるため。


(まさか……シンテザの連中の仕業じゃないよな……)


 ここの所の騒ぎのせいで何か問題があると、どうしてもシンテザ一派のせいではないかと勘ぐってしまう。

 それくらい彼らとは因縁が深い。



 港を一望してみると、そこには多くの船が停泊していた。

 大小様々ではあるが、当然の事ながら全て帆船である。


 軍船のような大砲を積んだものは一隻も見当たらない。

 おそらく軍専用の港があって、そちらに停泊しているのだろう。



「それにしても結構な数があるな……」



 だが船数の割には、寄港や出航の作業をする船員がまばらだと感じる。

 そんな思いで見学をする俺に、一人のお年寄りが話しかけてきた。


「本当はなぁ、港にこんなに船があっちゃいけねぇんだよ」

「船の数が多すぎる、と?」

「ああ。船は人や荷物を運ぶのが仕事だから、港なんかに長居してちゃあいけねぇ。要するにこいつら全員、サボっとるってわけじゃなっ!」


 かっかっか、という乾いたような笑いをする老人。

 しかしその目はすぐにもの悲しさを漂わせる。


「何かあったのですか?」

「船を出すための船員がおらんのじゃ。やまいで倒れちまっての」

「病……ですか」

「うむ。皮膚や歯ぐきから血が出たりしてな、傷の治りも遅くなる」


(船員、病、出血……)


「すみません、その病は船乗りがかかるものなのですか?」

「そうなのじゃが、船乗りでも地元の漁師はかかからないのじゃ……あんた船に乗りたいのか?」

「そうですね。船を手配中なのですが、船員の都合が付かないって事だったので、ちょっと様子を見に来たのです」

「なるほどのう。もし詳しい事を知りたかったらそこの組合で話を聞くとええぞ」


 老人の指示した先には倉庫のような建物が建っていた。


「そうですか。色々親切にありがとうございます」

「なぁに、お主のご先祖も元は船でやって来たのじゃろうしな。同じ船乗りのよしみって事で」



(そうか。グリアンは確か、遥か西方の島国だったな)



 俺はその老人に軽く会釈をし、建物に向かった。





    ◇  ◇  ◆





 入り口が開けっ放しだったため、そのまま建物に入る。

 すると奥から少し興奮した口調のやり取りが聞こえて来た。


「どうにかならぬのか!? これはフェルディナンド公からのご指示であるぞ!」

「だから何度も言ってやすでしょう? あんたら貴族が無理な遠出を強いたせいで、今動ける船乗りなんざぁ全く居ねぇんだ。あっしらだって困ってるんですわ」

「わかったもういいっ! 他を当たる事にするっ!」

「どうぞご勝手に」


 貴族風の男が出て行こうとする。


(あれは確か謁見の間にいた、リーナスという文官……)


 彼は気が立っていたせいか、こちらには目を向けずに建物の外に出て行った。

 どうやら俺には気付いていないらしい。


「ったく。他ってどこを当たるつもりなんでしょうかね、あのご貴族様は」

「まぁそう言うなって。フェルディナンド公に仕えているからにゃあ、あれでもまだまともな貴族様なんだろうよ。他の貴族と違って脅したりする事も無かったしな」


 船乗りらしき数名の者とそのリーダーおかしららしき男が貴族の感想を述べていた。

 多少の不満は持っているものの、敵視をしている様子ではない。


(ミランダさんの言う通り、頭が固いってだけなのかもな)


 船員達のお頭が俺の姿に気付く。


「っと客人──あんたグリアン人か!? 出航の相談なら聞いての通り、船員が揃わねぇから無理な相談だぞ?」

「いえ、ちょっと外で初老の御仁にやまいの話を聞いたもので……」

「あぁ、マッコイ爺さんか……あの人は引退してもまだ船乗り気分が抜けねぇんだよなぁ。確かに病で船員がいねぇんだが……でもあんた、別に医者ってわけじゃあなさそうだな?」


 少々いぶかしむ様子なのも無理は無い。

 どう見ても旅の剣士にしか見えない服装をしていたからだ。


「いえ、ちょっとその病気に心当たりがございまして」

「どう見ても用心棒にしか見えないが……いや待てよ、確かにグリアン人なら……」


 俺がもし、この当たりの人々と同じような見た目だったとしたら、詐欺師やまじないい師なんかに思われて、門前払いされていたかも知れない。

 だが俺の見た目に興味を持ったお頭は、俺との会話を続ける判断をしたようだ。


「あんた、名前はなんと?」

「旅の技術者でヒースと申します」

「ヒースヒース……どこかで聞いたような……」


 すると脇にいた一人の船員から、聞こえるような小声で助言が入る。


「……あれですよお頭。ほらダンケルドの、アーネストさんの……」

「ああっそれだっ! アーネスト商会の懐刀ふところがたな、ヒース!」




(おいおい、懐刀って……)




 経緯はともあれ、結局彼らから話を聞く事になった。




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