それぞれの思い

「ヒース殿、いや婿殿! 本当にお会いしたかったっ!」

「あっ、ええ。初めましてマティウスさん。旅の技術者のヒースです」


 トレバーの領主であるマティウスは、俺の姿を見かけるなり挨拶をしてきた。

 俺がどういう人物であるかは、毎週届く文書で知ったのだろう。

 グリアン人のような見た目の住民など、自分の娘以外いないのだ。


 いつものように、会合は支部長室で行われている。


 マティウスが戻った事により、領主の館も既に返還されていた。

 だが長期間使われていなかった館は、すぐに使用出来る状態にない。

 館はシアとハンナ、そして二人の娘たちによって、目下大掃除中だ。


 そのため支部長室に集まったメンバーは俺以外に、ロルフ、マティウス、セレナ、ベァナの五人。

 セレナとベァナが参加しているのは先日のミランダとの会合と同様、こちらの事情を解説してもらうためである。


(そういう意味ではほんと、俺って断れない人間だったんだなぁ)


 前の世界では一人、または相棒と行動する事が多かったためか、自分にそんな性質が備わっていた事など全く自覚していなかった。

 まさか異世界に来た事で、自分が持つ隠れた気質に気付かされるとは……


「私はね婿殿、本当にうれしいのです。妻が早世してしまった事もあって、私はあの娘を甘やかし過ぎてしまったのでしょうね。わがままに育ってしまったあの娘が、こんな立派な婿殿を見つけてくるなんて……」

「あのマティウスさん、その件についてなのですが……」


 一刻も早く、事情を正しく伝えなければならない。

 俺はそれこそが、シアやマティウスに対する誠意だと結論したからだ。





 俺は全ての事情を、彼に打ち明けた。






    ◆  ◇  ◇






「……色々と誤解を招くような行動をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「ヒース殿。頭をお上げになってください。実はですね、話はもうシアから全て聞いているのです。謝らなければならないのは私であり、娘のシアです。とにかく事情はどうあれ、町を救って頂いて本当にありがとうございました」


 深々とお時期をするマティウス。

 ヘイデンと同じ領主だとは思えない程の、律儀な対応。


 マティウスはそのまま話を続けた。


「それで具体的な話をさせていただきたいのですが、ヒース殿が何らかの目的を持っていらっしゃるのはわかりました。是非その目的が成就じょうじゅされる事を願っています。その上でお願いがあるのですが……」

「はい」

「領主を継いでくれとは申しません。数年間だけで構いませんので、どうかシアの婚約者でいて頂けませんか」

「それは……ウェーバー家の体裁を保つために、という事でしょうか」

「言い方は悪いですが、そうなります。ただこれだけは知っておいていただきたいのですが、私やシアの本来の願いはヒース殿を婿として迎える事。もしそうして頂けるのならば、もう他に何もお願いなどありません。私は今すぐにでも、領主の地位をヒース殿に移譲するつもりでいます」

「なるほど。確かにシアさんもそんな事を──」

「ヒース殿。私はね、今回の件で自分がどれだけ凡庸な人間だったのかを思い知らされたのです。ヘイデンに付け入る隙を与え、住民同志の言い合いを収める事も出来ず──結局は大事な娘を友人に託す事しか出来ませんでした。わたしは領主として相応しくなかったのです」

「そんな事はございません。私は数か月、この地に滞在させていただきましたが、マティウスさんの事を悪く言う住人など一人も居なかった」


 それは事実だ。

 この世界に存在する数多あまたの領主の中でも、おそらくマティウスは優れた部類に入る領主だと思う。

 そしてその事は住民への柔軟な課税対応や、公共工事への姿勢からも十分に伺い知る事が出来た。


「でも結局、領民を苦しめる結果になってしまった。領主失格です」


 彼に足りなかったのは、対外的なリスクマネジメント。

 領内の幸福を願うばかりに、領外から迫る危機を察せられなかった。


(そう考えると、まるでカルロの農場と同じ……)


 マティウスもカルロ同様、他人からの悪意に対処出来なかったのだ。


「わたしはですね。正直、私よりも娘のシアのほうが領主向きだと思っているのです。ヒース殿に領主を継いでいただけなかった場合、私はシアに譲ろうと考えていました。領主継承の規定も変わりましたからね」

「マティウスさんが領主に向いていないとは思いませんが、確かにシアさんにそういった才能があるのは同意です。良いお考えだと思いますよ」

「領主という立場では、私も心からそう思います。しかしですねヒース殿……私は領主である以前に、シアの父親なのです。そのたった一人の娘が一人の男性を慕い、共に生きていきたいと望んでいる。娘のそんな望みを、父である私がどうして諦めさせる事が出来ましょうか」


 シアが領主の娘として悩んでいたのと同様、マティウスもまた領主と父という、二つの立場で思い悩んでいたのだ。


「もし可能であるなら、そして住民が許してくれるのであれば、私はこのトレバーの領主として残りの人生を捧げるつもりです。そして私が領主である間だけでも、一人娘の望みを叶えてやりたいのです。ヒース殿。本当に厚かましいお願いとは思うのですが、どうかシアを皆さんの仲間として連れて行ってはもらえませんか?」



 マティウスが領主として復帰すれば、シアを旅に連れていく事は可能だ。

 だがマティウスの復帰には、シアとの婚約という条件がある。


 俺の気持ちは、ティネとの話で既に決まっていた。

 だがそれを先に仲間へ話す事はしたくない。


 俺が気持ちを伝えてしまえば、きっと彼女達は本心を言わなくなるだろう。

 良くも悪くも、そういう仲間達なのだ。



「すまぬが二人の意見を聞きたい。ベァナ、君はどう思う」

「わたしは……」



 普段はあまり自分の意見を主張しないベァナ。

 だがこの時ばかりは様子が違った。




「領主様、申し訳ございません。私は出会った当初、シアさんの事が大嫌いでした」




 一瞬、息が止まる。

 セレナも同じ気持ちだろうと思い、そちらを伺うが……


 今日の彼女は何か様子がおかしい。

 話に集中しておらず、別の何かにずっと気を取られている。


 そして当のマティウスは驚くでも怒るでもなく、静かに訊ねた。


「ベァナさん。出来ればその理由をお聞かせいただけませんか?」

「出会ったばかりの男性に色目を使うような女性を信用出来なかったからです」


 さすがのマティウスもその言葉を聞き、眉間を手で押さえた。

 もしかすると、何か心当たりがあるのかも知れない。


 一領地の主を前にしながらも、彼女は毅然とした態度で話を続けた。


「でもそれは自分が出来ない事を軽々とこなしてしまう彼女に対しての、単なるうらやみやねたみといった感情だったと今では思っています。私が持った第一印象とは違い、シアさんは他人を思いやる事の出来る、自らの犠牲をいとわない女性でした」

「ベァナさん。シアのそんな面まで理解してくれて、本当にありがとう」


 マティウスの感謝の言葉に対し、首を横に振るベァナ。


「いいえ。私はシアさんの本当の気持ちなんて全然理解出来ていませんでした。彼女は領主の娘としての責務を放棄せず、なおかつ同時に自分の理想を求めずっと行動されていました。そして彼女の思いを聞いた時、私は自分自身を振り返ったのです。わたしに、そこまでの覚悟なんてあったのか? と」


(むしろベァナがそんな風に感じていたなんて……)


 ティネの言う通りだった。

 みんながどう考えているかなんて、聞かなければ分からない。


「だから正直申し上げますと、私は怖かったのです。シアさんのようにお美しく、自分をしっかりお持ちで、そして行動力のある方が一緒にいるのなら……私など全く必要ないのではないかと……」


 ベァナの言葉に一つ一つ頷くマティウス。


「ベァナさん。信じられないかも知れませんがね、うちのシアも同じようなことを言っていたのですよ?」

「同じような事、ですか?」

「はい。あの子はベァナさんの事を、ヒース殿を手助けしたいという気持ち一つで村をった、本当に勇気のある女性ですと評していました。そしてお互いを信頼していなければ実現出来ない事だと、とても羨ましがっていましたね」

「それは……本当ですか?」


 俺がベァナに感謝の言葉を伝えた事はもちろん何度もある。

 だが全く別の人から自分の行動を認められた事など、あまりなかったのだろう。


「ええ。シアははっきりと言っていましたよ。ベァナさんのようになりたい、と」


 自信の無かった自らの行動を評価され、感極まったのだろうか。

 ベァナは滲んだ涙を手で拭う。


「わたし、シアさんを信用したいと思います。きっとライバルのような関係になるのだとは思いますが、ヒースさんを支えたいと言う気持ちでは間違いなく一致していると思うから……失礼な発言の数々、本当にすみませんでした」


 彼女はそう言って、頭を思いっきり下げた。


「いいんですよ、ベァナさん。そもそもヒース殿が領主になられた暁には、皆さん全員お嫁さんとして迎え入れられたらいいな、なんて思っていたくらいですし!」

「そっ──それは本当ですかっ」



 一瞬で真剣な表情に切り替わるベァナ。

 折角のいい話が、一瞬で台無しになってしまった気がする。



 一番懸念していたベァナは大丈夫そうだ。



 あとはセレナ。

 まぁ彼女はしっかり者だから大丈夫だろう。



「じゃあ、セレナの考えを聞かせてくれないか?」

「わっ、わ、わたしはだなっ!」


(えっ?)


 会議室に入ってからずっと気にはなっていたが、更に様子がおかしくなっている。


「セレナどうした? 具合でも悪いのか?」

「いや、大丈夫だ。ちょっと深呼吸させてくれ」


 本当に深呼吸を始めるセレナ。


(いやそれ、間違いなく大丈夫じゃないやつだよな!?)


 だが、それで少しは落ち着いたらしい。


「えっとだな。この件に関してはロルフ殿がお詳しいのだっ! ロルフ殿、宜しくお願いたてまつるっ!」


 ロルフに向かって手を合わせるセレナ。


「わっ、私ですか? それは構いませんが……」

「私ではうまく説明出来なさそうなのだ。頼みますっ!」

「そういう事でしたら……わかりました」


 そもそもセレナの考えを聞きたかったのに、なぜロルフが答えるのか?


(まずは話を聞いてみるか)






「えーと、実はですね。ヒース殿とセレナ殿は……既にご婚約された仲でして」






(は?)





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