ヒース様一行が町に来てくれてから、住民達は明らかに元気を取り戻している。


 ニーヴさんが水の供給を手伝ってくれた事が大きな要因とは思うが、他の三人のお仲間の人柄もある。

 他に行く宛の無いお年寄りばかり残っている事もあり、ニーヴさんとプリムさんの巡回を楽しみにしている人はとても多いのだ。


「あら今日はシアちゃんが担当なのね。いつも助かるわ」

「ニーヴちゃんプリムちゃんじゃなくて済みません」

「何を言ってるの! 私はみんなに来て欲しいって思っているのよ。今度は全員で一度に来て欲しいわね!」

「まぁお婆ちゃんったら!」


 またベァナさんとセレナさんはそれぞれタイプは異なるものの、それぞれがまた違った安心感を与えてくれる人物だ。

 二人ともとてもお綺麗で、それでいて芯の強さを感じる。


 でも真の意味でこの町の希望と呼べるのは、ヒースさんの存在。

 彼は我々ウェーバー家の先祖たちが何世代にも渡って挑んできた水問題を、たった数か月で解決しようとしているのだ。


 その彼に対し、初対面から積極的な行動に出てしまったのはなぜだろう。


 確かに家を存続させたかったのは事実だ。

 町にめぼしい男性はもういないし、かと言って婿探しの為に町を離れるわけには行かない。


 水の供給が滞ってしまうという問題もある。

 でもそれより領主どころかその娘までが町を去ったとなれば、これまでウェーバー家が築いて来た信用と信頼は一気に地に落ちてしまう。


「メラニーさん。いつも町を綺麗にしてくれてありがとうございます」

「シア様こそお疲れ様です。ハンナがご迷惑お掛けしたら是非、おっしゃってくださいね」

「そんな事してないわよっ! あんたはいつも失礼ねっ!」


 町が再興出来たとしても、ウェーバー家の再興は潰えてしまうのだ。


 確かに今まで、何度かお見合い話はあったのだけれど……




 私もおばあさまのように、『恋』というものをしてみたかった。




 お見合いを全て断わって来たのは、本当はそれが理由。


 でもそれら見合い相手の誰かと結婚していさえすれば、もしかしたらこんな事にはならなかったのではないかとずっとくやんでもいた。

 ケビンの女になるくらいなら、面識の無い男性と結婚したほうがマシだったと。

 だから眠りから目覚めた時、目の前の男性を見て瞬時に判断したのだ。


(この人を逃したら、もう機会チャンスは二度と来ない!!)


 そう思って行動したのは事実。

 でもそれは町復興のチャンスでも、家再興のチャンスでも無い。

 これが『恋』が出来る最後のチャンスだという、なんの根拠の無い直感だった。


 だから最初はヒース様に対し、恋心というものは持ってはいなかったと思う。

 もちろんずっと会いたかった同族グリアンの男性だし、第一印象でいいなって思えたからこそ、あんな行動を取ったわけだけど。


(今日は何時にいついらっしゃるのかしら)


 次第に彼を思う事が多くなっていった。


 ヒース様は巡回の後、必ずマナを供給しに来てくれた。

 彼の持つマナが規格外だったからだ。

 これはグリアン人の特性だとおばあさまに教えて頂いていた事もあって、私のヒース様に対する興味は日に日に増して行った。


 でも私が一番心をかれたのは、彼の思想と行動。



『なぜ何のゆかりもない、この町を助けようとなされるのですか?』



 私のそんな素朴な疑問に、彼はこんな言葉を返す。



『なんの縁も無い人や土地なんて、この世界にはありませんよ』



 多分彼でない男性が語る話だったなら、私は心の中で笑っていた事でしょう。

 それは余りにも、上っ面うわっつら過ぎる言葉だと感じるから。


 でも彼はなぜそう思うのかを、自分の旅のエピソードとして話してくれた。

 その話には色々な登場人物がいて、次々と不思議な縁で繋がっていく。

 そしてその繋がった縁の先に、この町トレバーや私が確かに存在していた。



『私はこの町を開拓したウェーバー家のご先祖たちを心から尊敬します。だって誰も見向きもしなかったこの土地を、こんなに豊かな町にまで発展させたのですから』



 家の事を褒められ、単純にとても嬉しかった。


 昔からの住民達はみな良い人ばかりだが、町が有名になってから移住した住民の多くが、渇水になった途端に文句を言い始めた。


『領主が無能だからだ』と。


 父上はそんな言葉を気にもせず、自分の農園を売り払ってまで町の為に尽くしてきたのに。

 結局、父上の統治に文句を言っていた住民達は、父上が領主の立場を返上すると同時に町を去って行った。

 それらが全てザウロー家の手によるものだと知ったのはしばらく後の事。

 そしてもうその頃には、ウェーバー家に出来る事など何も無かったのだ。



 そんな没落の道を歩む貴族に、手を差し伸べてくれたのがヒース様だった。



『困っている時に手を差し伸べてくれる人が、真の友人だと覚えておきなさい』



 これもおばあさまの言葉。

 ヒース様は父上の名誉を回復する為、色々と頑張ってくれている。

 それは正直とても有難いし、私も父が領主として戻って来る事を望んでいる。


 でも──





 この領地は、





 父が領主に返り咲いたとしても、結局女性である私は領地を継げないのだ。

 だから将来的に共に領地を守ってくれる伴侶が必要。


 ザウロー家に領地が委譲されるまで、あと残り二か月。

 もう駄目かなと思ったその時現れたのがヒース様だった。




 これこそが、私とヒース様にゆかりがあったというあかし




 故郷を離れたグリアンの子孫たちが、世代を超え再び出会う。

 こんな夢物語のような出来事が起きたのだ!



「そうよ。これは運命だわ!」

「シア。妄想は済んだ?」


 ハンナさんの冷めた目がこちらを向く。


「あらハンナさん。いつからそちらに?」

「そちらにって、今日は最初からずっと一緒に各家を巡回してたでしょうが!」

「ごめんなさいハンナさん。今とても大切な事を考えていたの」

「どうせヒース様の事でしょう? 確かにあの方は見た目も男前だし、何よりあの頭の切れと行動力が素敵よね! 出来る男って感じでさ!」

「あら、ハンナさんも嫁の座を狙ってるのかしら。いつもお世話になっているから、私が結婚した数年後におめかけさんにしてあげても良くてよ」

「数年後って、私何歳になってるのよ!」

「大丈夫。愛に年齢なんて関係ないわ」

「というか相変わらずあなた、身内には口が悪いわねぇ……でも私なんか話にもなりゃしないでしょ。シアもわかるわよね? お連れのお嬢さん達の素敵な事……」


 ベァナさんとセレナさん。

 二人ともそれぞれ違った美しさを持っていて、それでいてしっかりした女性だ。

 ケビンの周りに群がるような、欲まみれの売女ばいたとは根本的に違う。


「私もそう思います。でもヒース様くらい甲斐性持ちの殿方でしたら、奥方の三人や十人、居ても当然ではなくて?」

「シア……あなたやっぱり大物だわ……」


 ハンナさんといつも通りの会話をしていると、町の角から騒がしい集団が現れた。

 その集団は明らかに横柄な態度でこちらへ近づいてくる。


「シア。あれ……」

「ええ。私の会いたくない男ランキング、常時第一位のクズね」


 聞こえないように言ったつもりなのだが、所々聞こえていたようだ。


「あらあらシア様よぉ。何がクズだってぇ?」

「これはケビン様。今、町の清掃も一緒にやっておりましたもので」


 ケビンは明らかに頭に来ている様子だ。


 この男は何不自由無く育ってきたためか、私以上に我儘わがままである。

 あまり怒らせると、町民が何をされるかわかったものじゃない。

 本当は幾らでも言いたい所だが、今はこの程度の嫌味で我慢をしておく。


「しょっぱなから頭に来るけども──まぁいいか。今日はお前に用事があるわけじゃねぇしな」


 前領主と言えども、ウェーバーは引き続き男爵家のくらいにある。

 その娘に向かって「お前」などと言う貴族はどこを探してもいない。

 そういった意味でも、ケビンはどうしようも無いクズだ。


「ご高配ありがとうございますケビン様。それで──どちら様へのご用事で?」

「ヒースだ。ヒースを連れて来い」

「!?」


 よりにもよって、ヒース様を!?


「あの……ヒース様に、何のご用事がおありですの?」

「あーっ? ヒースだぁ? 何でもいいが、俺はこの町の仮領主代行だ。町に侵入した異物に害があるかチェックするのに用事もクソもあるもんかよ!」


「くっ……」

「シア様、ここは素直にヒース様をお呼びになられたほうが」


 ハンナの言う通りだ。

 ここであまり文句を言った所で、ケビンは絶対に譲らない。

 むしろこいつは相手が大事だと思うものほど、執拗に嫌がらせをするのだ。


「お呼びしますのでお待ちいただけますか」

「おいおい、領主代行様を路上に放置するってのか?」

「それでは……申し訳ございませんが、魔法協会の待合所でお待ちいただけませんか」

「ちっ。仕方ねぇなぁ」



(領主の館が差し押さえられているのも、全部あなたの家の差し金でしょうに!!)



 巡回に同行していた職員を先に戻らせ、ヒース様に事の次第を伝えてもらう。



「ヒースかぁ。会うの楽しみになってきたなぁ、シア様よぉ!」



 とにかくここは我慢するしかない。

 ヒース様なら必ず、うまくなしてくれるはず。




(私は本当に無力だ)




 両親から「常に謙虚でいなさい」と教えられていた事もあり、私はケビンのような横柄な態度取る貴族ではないと自負していた。

 実際にトレバーの住民たちやハンナを初めとした協会の人たちとは、友人のような身近な付き合いをさせて貰っている。



 でも領主の娘であるという事自体が特別な事だったのだろう。

 今まで何一つ、不自由な思いなどした事など無かった。

 やる気になれば、何でも出来ると本気で思っていたのだ。


 認めたくは無いが、そういう意味では私とケビンは同類なのかも知れない。




(でもこんな状況に陥った今だからこそわかる)




 本当に力がある人間と言うのは、己の力でその道を切り拓いて来た人。

 それは正にこの地を切り拓いてきた、ウェーバー家の祖先のような人だ。




(私がヒース様に惹かれているのは、尊敬する祖先の姿と重なるから?)




 何故だろう。

 彼の事を思うと、胸が苦しい。





嗚呼ああ、そうか。これがおばあさまの言っていた──)





 その時私は、生まれて初めて気付いたのだった。





 『恋』をするという事が、どういうものかという事を。




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