領地継承

 今日はニーヴが町の巡回担当だった。

 俺以外の全員が巡回に出ているため、一人で井戸掘りの準備を進めている。


 仲間たちといるのも賑やかで楽しいが、こうして何かの作業に没頭出来る時間は俺にとって必要不可欠なものだった。


 本来俺は、一人で黙々と何かに取り組むのが好きなのだ。

 キャンプにはまったのも、多分俺のこんな性格とマッチしたからだろう。



 一人の時間を楽しみつつ、井戸を掘る計画を少しずつ形にしていく。



 そもそも上総かずさ掘りは、様々なノウハウを集約した一種のシステムと言える。

 原理と大凡おおよその構造はわかっていたのだが、実際作るとなると大変だ。

 いくつかの部品で構成されるのだが、それら全てに明確な役目がある。


(とりあえず一番数が必要な、竹ひごの見本だけ作っておくか)


 幸いな事に水車小屋を作れる職人がふもとの村にいたため、ロルフの口添えで『ひご車』の製作を手伝ってもらえる事になった。


 また実際の作業員についても、協会の男性職員だけでまかなえそうだ。


 何しろ上総掘りは道具さえ揃えば、あとの作業は二・三名だけで続けることが出来るという大きなメリットがある。

 それ以外に必要なものと言えば──



 根気。

 この一言に尽きる。



 俺は担当してくれる職員を集め、見取り図を見せながら指示を出していった。

 彼らは全員根が真面目なのか、文句の一つも言わずに仕事をこなしていく。



 全く大したものだ。

 こんな真面目な人員を、どうやったら確保出来るのか聞いてみたい所だ。

 きっと日本企業だったら垂涎すいぜんものの募集術だろう。



 器具が完成し掘りの作業に入ると、後は掘るだけの単純作業になる。

 だが、彼らなら安心して任せられそうだ。



 指示も一段落し、状況報告のためにロルフの執務室を訪れた。

 まずは現在の作業の報告を行っておく。


「今は準備段階として、井戸の周りに目隠しを作ってもらうようにしています」

「目隠し、と申しますと?」

「こういった地形ですから、外から何らかの作業をしているというのはわかってしまうと思うのです」

「作業の詳細を知られないようにするためですか」

「そうです。まぁ作業を見られても実際何をしているかなんてわからないとは思うのですが、この『ひご車』の見た目が水車のように見えますからね。勝手に妄想されて騒がれるのも困りますし」


 情報が多いと、それを元に『捏造ねつぞう』された情報が報告される可能性がある。

 しかし、何も分からなければ報告しようがない。

 彼らが情報を『捏造ねつぞう』する力があるのであれば、こちらはその情報自体を『隠蔽いんぺい』し、相手の土俵に乗せない事が重要だ。


「しかしロルフさんのお陰で十分な人員が確保出来そうです。助かりました」

「いえいえ。以前だったら沢山の男手が残っていてすぐに集まったのですが……みんなヘイデンに連れて行かれてしまって」

「その方々は、現在どのような仕事をさせられているのですか?」

「聞いた話ですと、鉱夫として働かされていると聞いています。何しろきつい仕事ですので、労働者を集めるのが厳しいのでしょうね」


 鉱夫というのは最も過酷な労働の一つだ。

 ヘイデンは町の収益だけでは飽き足らず、労働力まで搾取するつもりのようだ。


 そう言えば、返納された土地の件はどうなったのだろう。


「ヘイデンで思い出しましたが、例の領主預かりになっている土地の件は?」

「いくつか方法はあったのですが、その前に領地継承全般についてお話させていただいても宜しいでしょうか?」


 確かに一般的な継承について知っておいたほうが良い。


「是非お願いいたします」

「まず基本的に前領主の辞任後一年以内は、領主の子息が後継領主として名乗りを挙げれば領地はそのまま引き継がれます」

「子息。つまり男性のみという事ですね」

「はい。普通は辞任と同時に後継者が決まる、というより最初から決まっているのですが、稀に後継者争いが収まらないまま領主が亡くなってしまう場合がありまして」

「正に骨肉の争いですね」

「ええ。そして実はこの場合も形式上『辞任』という形が取られます。その後は後継候補者が名乗りを挙げ、連邦の『盟主』が次期領主を指名して決まるのです。でも名乗りを挙げられるのは、後継候補として領主が申請した男性親族のみです」


 やはりここでも男性上位の取り決めがされている。

 多分これは全世界的なものなのだろう。今すぐ覆すのは難しい。


 つまり、シアに領主を継承させるのは無理と考えた方が良い。


「その後継親族がいない場合には……」

「領地の管轄が他家に移譲されます。つまり今回のケースがそれですね」


 この世界には女王はいないのだろうか?

 確かに今の所聞いたことが無い。


「ですが私の調べた前例では親族に女性しかいない場合でも他家に移譲されず、そのまま引き継がれる事例がございました」

「本当ですか!?」

「はい。でもこれは……ちょっとですね……」


 ロルフが言い淀む。

 実直な彼が躊躇ちゅうちょするという事は、あまり感心しない方法なのかも知れない。


「何か問題があるのですか?」

「はい。少しだけハードルが上がります。簡単に言うと領主の実子ではなくても、領地への貢献が連邦政府に認められた男性後継者であれば、領地を引き継ぐことが出来ます」

「連邦政府に認められた、?」



 今まで何度も感じてきた、嫌な予感。



「まさか……」

「はい。ウェーバー家の後継者となる、実績のある婿がいれば良いのです」


 実績なんていうものは、平時であればおそらくなんとでもなっただろう。

 先祖代々町で仕事をしているなら、町へ貢献していないはずがないからだ。

 つまり平時であれば、町の有力者の息子等がシアに婿入りすれば良かった。


 しかし現状、彼女が婿に迎え入れそうな人物はと言えば……


「ロルフさん。その事は絶対にシアさんには内緒ですよ」

「井戸が出来れば十分条件を満たしますし、私としてはこのままヒースさんとシ……」





内緒にしてくださいね!」





 俺は念を押す。

 別にシアを嫌っているわけではない。

 というか性格的にも容姿的にも、嫌う理由が一切見つからない。


 ただ他の目的の為に婚姻関係を結ぶ事自体が、俺の倫理観と反するのだ。

 そんな打算的な関係で結婚生活を続けるなど、俺には到底出来ない。


 第一、俺は中世生まれでも貴族の生まれでもない。

 『郷に入っては郷に従え』という考えには全く同意なのだが──


 現代日本に育った俺にとって、こればかりはすぐに受け入れられるものでは無い。


「いくつかとおっしゃっていましたが、他に何かございませんでしたか?」

「そうですね。これは連邦政府の判断次第なのですが、前領主の名誉回復によって領主の交代自体が中止になる可能性もあるようです」

「可能性、ですか」

「はい。確かに連邦政府が示した見解の記録が残されていたのですが、実際に名誉回復された事例は一度もありません」

「それは名誉を回復出来た領主がいなかったのか、それとも名誉が回復出来たと連邦政府が認めてくれなかったのか、そのどちらかによって考え方が変わりますね」

「そうですね。さすがに記録にはそこまでの事は書かれておりませんので」


 確かに公式記録に期待できるようなものではない。


「そういう方法もある、というくらいの認識でいた方が良いという事ですね」

「おっしゃる通りです」


 確実な方法一つと、不確実な方法が一つ。

 それでも何も情報が無いよりはありがたい。


「色々とありがとうございました。それでは現場に戻りますね」


 ロルフの執務室を後にした。



 俺は彼が調べてくれた情報について、もう一度吟味をする。


 前領主の名誉回復に関しては、やれる事をやっていくしかないだろう。

 おそらくザウロー家も、そうならないような手を打っているはずだからだ。


 あとはもう一つの確実な方法、後継者を立てる方法について。


 辞任後一年の間に直系の後継者を立てれば、それが受理される。

 それはすなわち、辞任後も前領主の権利が完全に奪われていないという事だ。


 つまり仮領主というのは、引継ぎ期間の領地運営を任されているだけに過ぎない。


 おそらくこれは辞任という形だったからこそ、残された権利なのだろう。

 もしトーラシア連邦盟主からの解任命令だったのなら、その権利は即座に奪われていたのかも知れない。

 それは現代日本でいう所の懲戒免職に当たるからだ。

 ザウロー家のやり口から考えても、そうなるように仕向けていたのかも知れない。


 いや……待てよ?


(もしかすると前領主のマティウスは、それを見越して自ら辞任を?)


 その可能性も大いに考えられる。

 何の対策も取らなければザウロー家の捏造ねつぞうによって、盟主に虚言を吹き込まれてしまう可能性もある。


 しかし先に辞任をしてしまえば、最低でも一年間は権利を保持出来る。

 個人的には消極的過ぎる方法とは思うが、時間は確実に稼げるのだ。


 しかし、そうだとすると──




(自分の娘に、その事実を教えていないわけが無い?)




 そう考えると、シアの突飛な言動にも納得が行く。


(これは──ますます俺がそれに乗るわけにはいかないな)


 シアや彼の父であるマティウスの思い。

 それは代々この町トレバーを守護して来た、ウェーバー家の思いでもある。




 この家の人々は、自分の気持ちを殺してでも町を救う道を選んだのだ。




 だからこそ、こんな安直な方法で解決するべきでは無い。




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