Home Sweet Home

「本当にごめん」

「ううん、きづかなかったわたしがわるい」


 原因はわかっている。

 効率良く薬草を集めるために、奥に行こうと言い出したのは私だ。

 言った本人の私が、するべき注意をおこたってしまった。


 そして一番の問題は、ヒース様からの指示を守れていない事。

「定期的に戻るように」と言われていたのに、戻る方法がわからない。


 つまり。



 私たちは今、道に迷っている。



「でもまだお日様はたかいし、今からがんばってもどろう」

「そうだね。太陽がこの方向だから……」


 今いる森は町の南にあって、私たちはそのまま奥に向かって進んでいた。

 という事は北に向かって歩いて行けば、少なくとも逆方向に行くことは無い。


「町は多分、こっちの方向だと思う」

「ねんのため草をむすんでおくー」

「ありがとう!」



 初めての任務だと言うのに、二人からの言いつけを守れなかった。

 普通の主従関係だったら、間違いなくお叱りを受けるような出来事だ。

 ひどい主人の場合は、体罰を行う事もあると聞いたことがある。


 これまでの様子から、ヒース様やベァナさんが私たちを厳しくしかる姿は全く想像出来なかった。


 でも私たちは自由民とは言っても、決して対等の関係ではない。

 むしろ奴隷の管理者のように、保護義務を言い渡されているわけでもない。

 役に立たない私たちを見捨てる事なんていつだって出来る。



 そんな事を考えていたら、急に怖くなってきた。

 普段優しい二人も、もしかしたら愛想を尽かしてしまうかも知れない。



「ニーヴちゃん、きっとだいじょうぶ」



 こんな時、彼女は自分の気持ちを正確に汲んでくれる。

 多分、彼女だって不安なはずなのに。


「ありがとうプリムちゃん」


 そうだ。

 助ける義理なんてない私たちを、奴隷から解放してくれた方なのだ。

 見捨てられる事よりも、ご恩を返せなくなる事のほうが辛い。


「絶対に戻らないとね」

「うん」




 私は森の中を歩きながら、ヒース様やベァナさんの事を思い出していた。


 とても賢くて美しい、それでいてお姉さんのようなベァナさん。

 少し厳しいところもあるが、私にとって彼女は憧れで、将来の目標でもある。

 そして……



 ヒース様。



 初めて出会った時からつい最近までずっと、親切な旅の剣士様だと思っていた。


 ところがこの数日の間、実際にお話をうかがってわかったのが、剣術同様に学問にもかなり通じているという事だ。


 鍛えられた体躯たいくに、学者のような豊富な知識。

 それなのに文字の読み書きが苦手だという。


 異国生まれのような容姿も相俟あいまって、とても不思議な印象を持った方。

 都会に住んでいた時にも、あのような方はいらっしゃらなかった。


 しかもヒース様のお話は、私が勉強して来たものとは何かが違う。

 一つ一つの内容自体が変わっていたわけじゃない。

 物事の考え方や捉え方が、私が勉強して来た常識とは少し異なっていた。


 具体的な事例を挙げて説明してくれるのだが、必ず様々な物事に共通する事柄ことがらを取り上げて、それぞれの関連性についても解説が入るのだ。

 初めはなんで全く関係ない話を持ち出してくるのだろうとか思っていたが、実はその物事同士は深く関連性している事がわかる、という感じだ。

 なんとなく仕組みが分かるし、他の物事へも応用出来そうなお話が多かった。


 そう言えばこの探索を始める前にも火についての話を……


「あっ!」

「どうしたのニーヴちゃん?」

「こんな時どうすればいいのか、ヒース様が教えてくれてたじゃない」

「えーっと……草をむすんだり石をつんだりすること?」

「それじゃなくて……焚火たきびで合図を送る方法!」


 プリムちゃんは悩ましい表情をしていたが、言葉ははっきり覚えていたようだ。


「のろし!!」

「そう!!」

「それじゃわたし、はっぱとえだをあつめてくる」

「私は縄をう準備をするね」



 ヒース様のお話をちゃんと覚えていて良かった。



 これでお二人の元に帰れる!





    ◆  ◇  ◇





 私も結構慣れてきてはいたが、プリムちゃん程ではない。

 彼女は道具さえ揃っていれば、数十秒で火を起こす事が出来る。

 今回も圧倒的にプリムちゃんのほうが速かった。


「プリムちゃん本当にすごい」

「ううん。火はニーヴちゃんもおこせるけど、わたしはニーヴちゃんのように字もよめないし、かけない」

「でもそれだったらヒース様も読み書き苦手だって言ってたよ」

「うん。だからこないだヒースさまに言われたの。いっしょに文字のべんきょうしようって」


 プリムちゃんは本当に嬉しそうにそう話をする。

 嬉しいはずなのに、ちょっとだけうらやましく感じる私がいた。


 ヒース様と一緒……


「それでニーヴちゃんもいっしょにべんきょうするって」

「え? 私が?」

「うん。ヒースさまに、そういうのはニーヴちゃんがとくいですって言ったら、じゃあニーヴちゃんにおしえてもらおうって」


 わかってはいたけど、プリムちゃんはこんな時まで私の事を気遣って……

 私は自分の狭量きょうりょうさを恥じた。


「プリムちゃんありがとう。前は忙しくて教えてあげられなかったけど、今度はちゃんとお勉強出来るね!」

「うん!」


 天へと昇る煙を見つめながら、私たちは今後についての話をした。

 不安な気持ちも、プリムちゃんと一緒だと和らいでいく。



 そうこうするうちに日もかなり傾き、そろそろ夕刻になろうとした頃。



「やっと見つけたぞ、おてんば娘どもめ!」


 木々の間から姿を現した、若い男性と女性。



 ヒース様とベァナさん!



「もうっ! 本当に心配したんだから!」


 ベァナさんは少し怒っているようだ。


 そう言いながら、急いで私たちの傍まで駆け寄る。

 そして私たち二人の体をがしっと抱き寄せた。


 その途端、今まで抑え込んでいた不安な気持ちが吹き出す。

 私もプリムちゃんも気持ちを抑えきれなかったのか、声を上げて泣いていた。


 ベァナさんはそんな私たちの頭を優しく撫でてくれる。


「ごめんなさい……」


 二人はちゃんと探しに来てくれたのだ。




 その時ふと……

 子供の頃の記憶がよみがえった。




 迷子になった私を見つけてくれた母親。

 ベァナさんの姿が、母の姿とオーバーラップする。


 その時もこんなだった。

 母の姿を見た途端、安心すると同時に溢れ出した不安な気持ち。





 そこで私ははっきりと認識したのだった。

 もはや私にとって、この二人がいる場所こそ、自分の帰るべき家なのだと。





    ◇  ◆  ◇





「こんなに宜しいのですか?」

「今回納入した薬草のほとんどは二人が見つけてきたんだ。その分の対価はちゃんと受け取ってくれ」


 後半は二人の捜索に充てたため、俺もベァナも薬草を探す時間を取れなかった。

 それでも実際に薬草を見つけて来たのはニーヴとプリムだ。


 折角せっかくの初任務。

 何も貰えなかったのでは今後のモチベーションにも関わる。


「ぎんかー!」

「ありがとうございます!」


 二人ともとても嬉しそうだ。


「これ、プリムのです?」

「ああそうだ。宿代や食事代なんかは俺達で出すから心配要らないが、何か欲しいものがあったらそれで買うといい」


 彼女にとっては、初めて持つ自分の財産だ。

 よっぽど嬉しかったのだろう。

 硬貨の表裏を何度も見たり、両手で胸に抱えたりしていた。


 彼女の瞳は貰った銀貨よりもキラキラと光る。


「もったいないからとっておくです」

「あはは、それもいいかもな。本当に欲しいって思うものが見つかるまで貯めておくのも良いだろう」

「はいです!」


 二人は貰った報酬を、ベァナに貰った腰の巾着袋に大事にしまった。



 しかし……


 薬草収集のような依頼は、あまり実入りが多くない。


 今回はベァナの知識があったおかげで、判別が難しい薬草収集を行えたため報酬も高目だったが、それでも銀貨4枚。

 俺達四人だと、二日でほぼ使い切ってしまう額だ。


「とは言っても、引き続き金欠状態ではある。明日以降も手伝ってもらうと思うので、宜しく頼むな」

「はいです!」

「わかりました!」





    ◇  ◇  ◆





 宿へ帰る途中、旅の資金について考えていた。


 正直な所、今受けられる依頼だけでは、日々暮らしていくだけでやっとだ。


 そんな心配を抱えていたのを見透かされていたのだろう。


しばらくは私の資金もありますし、ご心配されなくても大丈夫ですよ」

「ベァナのお金は村長が君の為に用意してくれた大事な財産だ。そもそも俺は旅費としてゴブリン素材を大量に譲ってもらっていた。それを俺の一存でエリザさん達の解放に使ってしまったのだから、俺が何とかしないといけない」

「それはそうかも知れませんが……」


 魔物素材の価値については当初、俺もベァナもよく理解していなかった。

 後でギルドで確認したところ、俺達が持っていたゴブリン素材の総額は大金貨1枚分を超えていたらしい。


 大金貨というのは、日本円に換算すると400万円オーバーの価値がある。

 宿暮らしをしていても数年は生きていける金額だ。


 そして不動産価値が安いこの世界なら、ちょっとした豪邸が立ってしまう。


「迷惑かけてすまん」

「全然そんな事ありません。そもそも魔物の素材がそんなに高額だったなんて知りませんでしたから、最初から私の資金を滞在費に充てる予定でしたし」


 ベァナは感情が顔に出やすいタイプだ。

 その彼女が不安な表情をしないという事は、本当に心配などしていないのだろう。


「それに二人も仲間が増えたのに、ギルドの報酬だけでもなんとかやっていけそうじゃないですか。旅には出れないですが、私はこうしてみんなと一緒に暮らすのもいいかなぁと思っていたりします」


 確かにダンケルドで冒険者生活をしていれば、食うに困る事は無さそうだ。

 この町にはアーネスト、エリザ、シュヘイムなど、多くの知り合いがいる。

 頼るつもりは無いが、いざという時には必ず助けになってくれる。


 それに二人の娘はなかなか利発りはつで優秀だ。

 今後色々な事を教えていくつもりだし、覚えていくに違いない。

 そうすればもっと収入の良い依頼をこなせるようになり、余裕のある生活を送れるだろう。



 しかし……



「そうだな。俺もベァナ、ニーヴ、プリム、そしてメアラが居るこの町の生活はとても楽しいと思っている。でもベァナ、俺は……」

「わかっています。私はヒースさんの思いを聞いた上で、旅に出る決心をしたのですから」



 俺が置かれた状況を知ってくれている人がいる。

 それだけで、とても心強かった。



 だがベァナの言う通り、別に急ぐ旅では無い。

 冒険者稼業をしながら準備を整え、万全を期して出発しても良いではないか。





 そんな生活を考え始めていた最中さなか





 旅立ちへのカウントダウンは、既に最終段階に入っていた。




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