交易と情報

 その後、俺とベァナは魔法協会で調べ物を進めていた。

 調査の合間には冒険者登録をしたり、ベンと互いの近況のやり取りもしている。


 ベンと会う際は商人ギルド内にある、打ち合わせ用の部屋を利用した。

 ギルドに登録している商人なら、空きがあれば誰でも無料で使えるそうだ。


 しかし、そこはさすが商人ギルドだ。

 部屋は音が漏れないよう、分厚ぶあつい石の壁で覆われていた。

 受付をしないと部屋の前にも行けないため、聞き耳を立てられる事もない。

 もっとも、聞き耳を立てても何も聞こえないとは思うが。


「実は見かけだけって事は無いですよね?」

「商売人は信用が大事ですからね。商人ギルドの用意した部屋ですから、そこは安心してください」

「それもそうですね……まずアーネストさんへの紹介の件なのですが……まだ確実な実績を出せていないので、もうちょっと待ってくれると助かります」

「もちろんヒースさんのご都合で大丈夫です! それまでは私も滞在しておりますし、それに頼まれている件もありますからね」


 ベンには商人仲間の伝手つてを頼って情報を集めて貰っていた。

 もちろんカルロ周辺に関する情報だ。


 アーネストのように店を構えている商人よりも、行商人達のほうが発達した情報網を持っている。町から町へと旅をする行商人だからこそ、必然的に生まれてきたネットワークなのかも知れない。


「ああ。その件なんですが、その後何かわかりましたか?」

「我々は商人なので基本的に商流……商品の流れなどの情報についてはかなり詳しく入手出来るはずなのですが……どうやらカルロさんの農園から出回っている作物の量が、極端に少ないらしいのですよ」

「少ない……それは生産効率が低いから、という事では無いのですか?」


 アーネストの農場と違い、カルロの農場の奴隷達にはやる気が感じられない。

 それは彼ら奴隷のせいではなく、その扱いのせいだ。


「それも理由の一つなのかもしれませんが、それにしても少なすぎるのですよね。そしてその売り上げからすると、もうとっくに農場の経営が破綻はたんしていてもおかしく無いくらいなのです」

「しかしかなり貧しく厳しいとは言え、農園の活動は続いている」

「はい。だからもう考えられるとしたら……一般的な販売ルート以外で取引をしているとしか……」


 通常でないルートと言えば……


 俺の脳裏に『闇ルート』という言葉が浮かんだ。

 俺は更に小声でベンにたずねる。


「ベンさん、つかぬ事をお聞きしますが……芥子ケシって植物はご存じですか」


 俺の声に合わせたのか、話の内容によるものなのかは分からない。

 ベンも少し驚き、そして小声で応対する。


「ヒースさん、商人でも無いのによくそれをご存じでしたね。私もその芥子ケシという植物を今回初めて知ったのですが、どうやら怪しい集団がそれを栽培しているという噂があるようでして」


 元の世界の名前で聞いてみたが、やはりその名前で良いようだ。

 ベンが今まで知らなかったという事は、この世界では一般的ではないのだろう。

 そしてこの世界の怪しい集団というのは……


「魔神絡みの団体ですね」

「ええ。ただ調べようとすると行方不明になったり、命を落としてしまう人も出たようで、詳しく調べている人は全くいないのです」

「命を落とすとは穏やかではないですね……ちなみにその植物は、今までどこかで生産されていたという事は無いのですか?」

「私は東側諸国の都市を数十箇所以上回って来ましたが、今まで聞いた事もありません。今回たまたまその名前を知りましたが、どんなものなのかもわからないです……もしかしてヒースさん、何かご存じなのですか?」


 芥子の知識はあくまで元の世界で知ったものだ。

 その情報がこちらでも全く同じなのかどうかわからないし、どうやらその調査自体が危険らしい。

 彼の身の安全の為にも、わざわざベンに教える必要は無いだろう。


「いや。俺も調べ物をしている中で偶然、その名前を聞いたのです。実際にどんなものなのかはわからないですね」

「そうですよね。一応私のほうで聞いているのは……どうやらその植物の栽培をカルロさんの農場でされているのでは無いかという噂くらいで……」


 この話はアーネストからの情報とも一致する。

 つまりかなり信憑しんぴょう性の高い話という事だ。

 カルロの農地も相当広いようなので、普通の農道からは見えないような場所で栽培されているのかも知れない。


「あのヒースさん、この件について更に調べないといけないでしょうか……」


 命の危険があるような案件だ。

 本来の業務でも無いのに、やりたいとは思わないだろう。


「まさかそんなに危険な話だったとは知りませんでした。もちろんこれ以上は詳しく調べなくても大丈夫です。あくまで商人仲間でやりとりされている程度の事がわかれば十分です」

「そうですか! 正直かなり安心しました。私ももしこれ以上調べてくれとか言われたらどうしようかと……」

「そういう時ははっきり断ってくれて良いですよ? 私は別にベンさんの弱みを握っているわけでもないのですから!」

「いえ……まだアーネストさんをご紹介されていませんので……」


 取引先の紹介をして貰うために、場合によっては危険を冒してでも情報を集めようと思っていたのか!?

 商魂たくましいとは正にこの事なのだろう。


「私はそんなに悪徳冒険者ではないですよ!?」

「ええ。それはもちろん十分承知しております!」


 そんなたわいもない話をしつつ、もう一つの気になる点をたずねる事にした。


「あともう一点なのですが……カルロさんの所で働いている従業員などについては何かおわかりですか?」

「先程もお話した通り、カルロさんの所と取引をする商人が最近全くおらず、あまり話を聞けてないのですよね」

「もしかして商人達が取引を敬遠しているという事ですか?」

「いえそうではないのです。カルロさんは数年前まではダンケルド一の農園主でしたし、世話になっていた商人も多いのです。恩を感じている商人は多いので、出来れば取引を続けたいと思っていたらしいのですが……」


 この世界にも義理や人情が存在している事を思い、なんだか嬉しくなった。


「実はカルロさんのほうから断っているらしいのです。むしろそれまで付き合いの無かった、素性の良く分からない商人とばかり取引されるようになってしまって」

「それで情報があまり入って来ないと」

「商人も付き合う相手は選びますからね。詐欺師まがいいの商売をする商人も結構いるんですよ。そんなのと付き合いをしていたとなったら、信用がた落ちですからね」


 内情を調べるのはなかなか難しいか……


「でも多分ですが、働いている従業員は昔からほぼ変わっていないようです」

「そうなんですか!? その時はどんな方々がいらっしゃいましたか?」

「今はブレットさんという若い男性だけが従業員の監督をしているらしいのですが、以前は何人かの従業員が一緒に外で働いていました。その頃はエリザさんという女性が他の従業員さん達を仕切っていましたね。最近は全然見かけないので、もしかしたら屋敷の中でお仕事されているのかも知れません」


 ブレットについてはニーヴとプリムから既に話を聞いている。

 あとはエリザという女性……

 彼女ならば何かを知っているかもしれない。


「そのエリザさんという方とは、商談か何か出来そうでしょうかね?」

「多分普通の商談では屋敷の中には入れないと思います。最近は約束が無いと誰であっても屋敷の中に入れないのですよ。そしてその約束を取り付けられるような商人が……少なくとも私の知り合いには誰もいないですね」


 何か他の方法でアポイントを取らなければならないか。


「わかりました。色々調べて貰って助かります」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。何しろ町で噂の人物とお会い出来ているのですから、それだけで私にとってはとてもプラスになっています」


 ん? どういう事だ?


「噂になっているというのは……俺ですか?」

「はい。アーネストさんは今ではこの町の最重要人物ですからね。その方と頻繁にお会いになられている方の噂は、商人仲間にはすぐに広まりますよ。『あの一緒にいるのは誰だ?』って感じで」


 アーネストとは農場の見学の時に一緒に回っていたし、当然かも知れない。

 しかも彼とは場所を選ばず、かなり気さくに話をしている。

 俺は町の人間でも無く、それにこの辺りでは目立つ風貌ふうぼうだ。


「それで『噂の人物は、私がお連れしました!』というつかみで商談を?」

「さすがヒースさん。全てお見通しですね!」


 ベンにはずっと無料で情報を調べて貰っている。

 多少、申し訳ない気持ちもあった。

 一応アーネストとのコネクションを繋げる事を対価にとは考えていたが、彼は更にその準備段階の俺の行動ですら、商談に利用していたのだ。


 流石に長年行商人としてやってきただけある。

 したたかさも一流だ。


 ただ彼の行動で俺が不利益を被っているわけでも無いし、お互い持ちつ持たれつの関係である。俺の存在を出しに使って様々な情報を集められるなら、どんどん使ってもらって構わないだろう。

 そもそも減るものでもないし。


 しかし……そういう事なら。


 いつも世話になっている彼には、実際に有用となりそうな情報を伝えておこう。


「ああそう言えば、ベンさん。ゴブリンの骨、まだお売りでないなら是非売らずに持っておくことをお勧めします」

「それは……どういう事でしょうか?」

「多分持っていたほうが、今後の商売に繋げられやすいかなと思いまして」


 ベンはどういう事か思案しているようだったが、すぐに納得したようだ。


「わかりました。売るのは町を出る時でもいいですしね。しばらく持っておきます」



 俺は更にもう一点付け加えた。


「あともう一点だけ……これは確実ではないので、ご自身の判断にお任せいたしますが」


 ベンが話を聞く態度は真剣そのものだ。

 多分彼はアラーニの一件から、俺が話す知識には大きな商売に繋がる何かを感じているのだろう。




「菜の花の種を、買えるだけ買っておくと良いと思いますよ」



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