視察

 アーネストの農場を見学する日になった。

 約束通り、ベァナとメアラも一緒だ。


「ヒースさん、わざわざありがとうな」

「こちらこそお忙しい中ありがとうございます。今日はちょっと私の友人も一緒なのですが、平気ですか?」

「見学だから全然構わないよ! ええと……先日チーズを沢山買ってくれたお嬢さんと……あれ? ラウルさんの息子さんじゃないか?」

「メアラです。ご無沙汰しております」

「お知り合いだったのですか」

「いや。ラウルさんとは年に数回程度商談をするんだが、その時連れていたお子さんに似ていたので、多分と思ってね」

「覚えてくれていてありがとうございます!」


 話によるとメアラの父であるラウルは、人との交易をしているそうだ。

 エルフにしてはかなり珍しいらしい。

 他のエルフ族は人との交流を避けているため、ラウルが持ってくる品々は貴重で、高く売れる。


「メアラさんはお一人で町に残っているんですかい?」

「はい。父にお願いして、人の町で色々な勉強をする為に滞在しています」

「そうですか! 息子さんもお父さんと同様、人間嫌いでなくて安心しました」


 エルフとの交易はそれほど難しいという事なのだろう。

 ただエルフは長命なので、そうそう商売相手が変わるものでもなさそうだが。


「今日の見学ですが……可能な限りでいいので、アーネストさんが手がけている全ての事業を見せていただきたいと思っています」

「そこは安心してくれ! 同業者だったら絶対見せないような所まで見てもらおうと思ってるんだ……多分俺の見立てじゃ、ヒースさんはただ者じゃねぇからな」

「いやいや、自分は単なる傭兵剣士ですよ」

「まぁとにかく俺たちも結構工夫はしてきているんだが、そういうのも含めて見ていってくれ。もちろん助言してくれる前提で頼みますぜ!」


 彼は本当に隠し事など一切しない性格なのだろう。

 世の中には他人を蹴落として自分がその上に立とうとする人間も多い。


 しかしそんなものは単に場所が入れ替わっただけの事。

 自分や組織の力が強くなったわけではない。

 所詮しょせん、井の中のかわずなのだ。


 彼はその点をしっかり理解している。

 良いものはどんどん取り入れ、自らが成長しなければならない。


「それじゃまず畑のほうから案内しよう」


 俺たちは農場の見学に向かった。




    ◆  ◇  ◇




「こうして見ると本当に広いですねー」


 アラーニ村でも農業は行っているが、山合なので平地の確保が大変だ。

 ベァナが感嘆するのも無理はない。


「この辺りは小麦畑のようですが……どのように育てているのですか?」

「俺も最初は素人だったから、まずはこの町で行われているのを真似して、まず春小麦を栽培していたんだ。しかし最初はそこそこ収穫量もあったのだが、年々収量が落ちて行ってな」


 きっとそれは連作障害だろう。


「その頃はまだ従業員も少なかったので、収量の落ちた畑を一度放置して別の畑で栽培するようにしていたんだ。でも畑を休ませた後にまた栽培をしてみたら……その畑の収量が少し戻ったんだよ」

「休耕したわけですね」

「そうなんだ。でも一年も放置するのはもったいないだろう? しかも休ませている間に雑草なんかが生えるので、草取りがてら家畜の放牧をするようにしたら、更に収量が上がったんだよな。まぁ家畜のフンとかが肥料になったんだろうけれど」

「なるほどなるほど……アラーニ村でも何か役立ちそうなお話ですね……」


 ベァナは熱心に聞きこんでいた。

 そして自分で作った和紙にメモを残している。


「まぁアラーニとは標高が違うから、ちょっと工夫が必要かも知れないね」

「アラーニだとダンケルドのような春小麦は難しいかな。小麦だと多分冬小麦か、または今まで通り大麦・ライ麦の栽培のほうが適してると思うよ」

「そうなんですね……というか村に居たときに教えてくださいよ!!」

「いやー。あそこアラーニは結構土地に適した栽培をしてたと思うけどねぇ……」


 農業というのは地質や気候条件に合わせて営まないといけない。

 そして更に育てる作物の特徴によって、栽培時期を変える必要もある。


「一応小麦以外にも、季節毎に野菜なんかも作っている畑もあるぞ。これも小麦と似たようなもので、同じ作物を作っていると病気とか虫の害が増えてしまうんだ。だから毎回別の作物を植えるようにしている」


 輪作まで行っていたか……

 この人は本当にすごい人だ。

 人類が数百年かけてきた農業技術の進化を、自分の代だけで再現している。

 きっと何の助言が無くても三圃さんぽ式農業くらいまでは自力で辿り着きそうだ。


「作っている野菜をいくつか見たり……場合によっては味を確かめたりしたいんですが、構いませんか?」

「ああ、もちろんだ。野菜だとこっちのほうだな」


 農場主の案内に従って農場のあらゆるところを見学する。


「おっと甜菜てんさいを作っているのですね。ちょっと味見させてもらっていいですか」

「それは構わないが、家畜の餌の為に作ってるんで、人の口には合わんぞ?」

「ええ大丈夫です……なるほど。確かに独特のアクが強いですね」


 しかし甘さはある。これならいけそうだ。

 俺は他にも栽培されている、あらゆる野菜類をチェックした。


「菜の花なんかは栽培していますか?」

「しているが、ちょっと前に全て刈り取ってしまったな。種を集めて倉庫にしまってある。これも新芽くらいしか食べられる所が無くてな」


 その倉庫にしまってある種もチェックさせてもらった。

 種を潰してみる……

 油量はそこそこあるようだ。

 これもなんとか行けるか。


 他にも作られている野菜を見て回った。

 かなりの種類があるが……ジャガイモやトウモロコシはない。

 それらの野菜について、アーネストやベァナにも聞いてみたが、そのような野菜は見たことも聞いたことも無いそうだ。

 まだ発見されていないか、そもそもこの世界には無いのかも知れない。

 トウモロコシもジャガイモも、元の世界では新大陸で発見されたものだ。



「それにしてもヒースさん、農場を見たり俺の説明を聞いたりしても一切驚かないとはさすがだな。これでも他の農園主や行商人を案内すると、大体が驚いて帰っていくのだが……」

「いえ。一代でこれだけの規模の農園を作るとは、たいしたものだと思いましたよ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいのだが……それでもやはり、もっと効率的な方法が何かあるんだろう?」

「そうですね……とりあえず一通り色々拝見させてからという事で」

「いやー……今日ほどいい意味で緊張する日は無いな! 見学なんかさっさと終わらせて、ヒースさんの話を早く聞いてみたいところだよ!」

「ちゃんと見学させてもらえないと、お話出来ませんけどね!」

「それもそうだ!」


 とりあえず畑の説明は大体わかった。


「そしたらこの時期は丁度、春小麦の収穫もやっているから、それを見て欲しい……これだけはちょっと自信があるんだ!」



 春小麦の収穫場所に移動した。

 従業員達が小麦の穂を刈り取って、一か所に集めている。

 そしてそこには……


「実はこれをヒースさんに一番見せたかったんだよ!」

「おお、これは!……脱穀だっこく用の道具ですね!?」


 それは明らかに千歯扱せんばこきだった。

 歴史の教科書に大抵は掲載されている、江戸時代の画期的な発明品である。


「そう! 俺は若い時に行商で色々な町に行ったが、穀粒を穂から外すのに、どこに行っても茣蓙ござの上で棒で叩き付ける方法で脱穀していたんだ」

「ボクの故郷でも、竿のようなもので叩いて大豆を落としていました」

「だろう? でもその方法だと全部完全に穂から外れないし、粒も痛めてしまう」

「そうですね。結構時間がかかっていました」


 エルフも農耕を行うとは想像していなかった。

 しかし集落を作るくらいだから、当然と言えば当然かも知れない。


 竿のようなもの……多分それは唐棹からさおだろう。

 ヨーロッパだとフレイルと呼ばれ、その特性上武器としても使われる。


「ああ。それである日、天日干しにしていた小麦の穂を外そうとしたら、木の骨組みの隙間に引っかかってさ。無理やり引き抜いたら穀粒がぽろぽろと落ちたのさ。それでピンと来たんだよ。細い溝に差し込んで引き抜けばいいじゃないかってな!」

「それ、アーネストさんが思いついたんですか?」

「それはもう当然!!…………うちの従業員だ!」


 ベァナとメアラが大笑いした。


「でもこの歯の数をもっと増やそうって言ったのは俺だからな!」


 辺りを見てみると、作業をしている彼の従業員もその話を聞いて笑っていた。


「でもな……本当にいい従業員に恵まれたと思っているよ」

「本当にそうですね」


 アーネストさん。

 自由に発言出来る環境があって、全員が組織の役に立ちたいって思っている。

 だからこそ、そういった新しい発想が生まれるのですよ。


「しかし……ちょっと悔しいな。間違いなくヒースさんは、これでびっくりするはずだと思っていたんだが……」

「いえいえ。結構びっくりしましたよ」


 先日プリムとニーヴが持っていた脱穀用の道具は、短めの唐棹からさおだった。

 彼女達にも一刻も早く楽をさせてやりたいが……

 今はまだ我慢だ。


「順番的には次に粉き場を見てもらいたい所なのだが……途中で牛や羊の放牧をやっているので、それを見て貰いながら移動しよう」


 移動途中、かなり広い敷地に牛や羊が放牧されているのを見た。

 羊の違いは良く分からないが、牛に関して言えば日本でおなじみの白黒ブチのホルスタインではなく、茶毛の牛しかいない。ジャージー牛とかが茶色だった気がする。

 未開地での生活に憧れてはいたが、さすがに酪農の勉強まではしていなかった。


 ただ農業との連携を考え、冬の飼料確保手段については聞き込みをした。

 それによると干し草が腐らないよう、冬場は通気性の良い倉庫で保管するそうだ。

 しかし干し草だと保存や家畜の健康を保つのが大変なようである。


「そろそろ水車小屋が見えてくる頃だ……もうびっくりさせるようなものは何も無いのだが……」


 ダンケルド近郊には北西から南にかけて川が流れている。

 町の生活用水もそこから引いているとの事だ。

 話を聞きながらしばらく歩いて居ると、遠くに何台かの水車小屋が見えてきた。

 どれも結構な大きさがある。


「すっごーい! アラーニには一台だけだったけど、数も大きさも全然違う!」

「ボクも初めてこの町に来た時はびっくりしましたー!」


 この辺りはまだ多少丘なども見る事が出来る。

 しかし平地も多く、川の中流と呼べる地域になるだろう。

 アラーニ近辺の川は渓流なので水量も少なく、大きな水車は作れない。


「このあたりだと水量も流れの速さも安定していてな。水害も殆ど起きない土地なので、設置するのは良い条件が揃っているな」

「風車と違って、川なら常に稼働出来ますしね。」


 この川はダンケルドの北西から南西に向けて流れていて、町の生活用水などにも使われているようだ。


 俺たちは水車小屋のうちの中の一軒に案内された。

 他の水車小屋よりも一際ひときわ大きな水車が備え付けられている。


「俺の農場は規模がでかいというのもあって、臼の数が多く必要でな。この水車がダンケルドで一番大きいんだ。粉を挽くのと、あとは殻を取り切れずに途中で折れた穂なんかの脱穀にも使っているな」


 搗臼つきうす挽臼ひきうすの両方が何台か並んでいた。


「俺はこの水車の利用が肝なんじゃないかと思っているんだ。人や牛馬のように移動は出来ないが、何しろ小屋さえ作ってしまえばエサ代とかかからないからな!」


 アーネストの考えは的を射ている。

 結局の所、儲けを出すにはトータルコストを低く抑える事が重要だ。

 内燃機関が無いこの時代にいては、人間が使える動力としては水力と風力が最も有効的だろう。


「そうですね。この水車小屋ももっと有効活用したいところですね」


 ベァナとメアラは、これだけ大きな水車の内部を見るのは初めてだったらしく、臼に杵が振り下ろされる度に「おおー」と声を上げて喜んでいた。


 一通り見学を終え、俺は川の流れを見ながら考えをまとめていた。

 改良が必要なもの、新たに作るもの、生産の連携が必要になるものなど……


「で、どうだ? 何かもっと効率的な方法がありそうか?」

「いくつか候補は上がっているのですが……導入を考えているそれぞれの物事が互いに連携する必要な部分もあって、取りまとめに少し時間がかかりそうです。もう数日だけいただければ大丈夫だと思います」

「そうか! 多分その頃には知り合いに頼んでいた湿度計が完成する頃だと思うし、その時で全然構わない」


 アーネストの探求心と情熱があれば、今失敗したとしてもいずれ上手くやっていける事だろう。


 問題はアーネストの農場ではない。

 あの娘たち……カルロの農場のほうだ。

 彼が奴隷を手放さなければ、こちらがいくら受け入れ口を広げても意味が無い。


 町へ戻る途中、俺は思い切って聞いてみる事にした。


「アーネストさん、つかぬ事をお聞きするのですが……カルロさんの農場について、先日お伺いした事以外で何かご存じではないですか?」


 彼はその話を聞くと、苦笑しながら答えた。


「実は俺もカルロさんには幾つか言ってやりたい事があったんだが……先日話した通り、一切顔を出さなくなってしまってな。分かってるのは奴隷の面倒はブレットっていう若いのが見てて、農作物の売却とか農場の運営とかは、また他の誰かがやっているそうなんだ」

「他の誰か? アーネストさんにもわからないのですか?」

「カルロさんが表に出て来なくなってからは、どうやら商談も屋敷の中で行っているようだ。話によると昔から働いている女性達が切り盛りしているらしいのだが」


 明らかに何か事情がありそうだ。


「あと俺は自分の農場で手一杯なので事の真偽はわからないが、ダンケルドから少し離れた目立たない土地で、何やら怪しい植物を栽培しているそうだ。この町じゃ流通してないので、誰に売っているのかも全く見当も付かないが」


 怪しい植物?

 見た目が怪しいのか、それとも……


「その植物について、何かわかる事は他に無いですか?」

「そうだな……なんでもその植物は食べる為に育ててるわけじゃなくて、植物から取れる樹液を集めているようなんだ」


 嫌な予感がする。


「もしかしてその汁というのは……花が落ちた後の実に傷をつけて集める乳液ではないですか?」

「ああ。確か若い実に傷を付け、果汁を集めているとか言っていたな」



 間違いない。

 それは芥子けしだ。



 品種によっては特に何の問題も無い。

 芥子の種はあんぱんの上に乗っかっていたりする程、一般的な食品だ。

 観賞用の花は『ポピー』と呼ばれ、園芸ショップでも普通に売っている。



 問題は……実から樹脂を集めているという事実。

 それは明らかに、その植物が食用でも観賞用でも無い事を意味している。


 元の世界では、その樹脂を食品以外の用途で利用するのだ。

 その樹脂の名は……



 阿片アヘン



 モルヒネやヘロインの原料だ。

 つまり……





 『麻薬』である。




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