第2話「女神セレン」
ふと目が覚めるとそこは真っ白な空間だった。
周囲を見渡しても何一つ存在しない。地面すら見えないのだが不思議と地に足がついた感覚はある。
一つ確かなのは
となるとここは死後の世界であり、人の姿に見えている自分も魂か何かなのかもしれない。
考えを巡らせていると突然、目の前の空間が眩いほどの輝きを放ち始める。
やがてその輝きが収まるとそこには煌びやかな装飾の施されたドレスを纏う女性と、ローブのような物で顔を隠した人物が女性のすぐ隣で跪いていた。
「私の名は女神セレン。あなたが生きていた世界の神と呼ばれる存在です」
「なるほど、女神様ですか」
女神セレンと名乗った存在を目にして納得する。
何故かその姿を見た瞬間からそんな気はしていたのだ。言葉ではうまく表せないが、神々しい何かを自分の魂はひしひしと感じ取っていた。
「ふふっ、あまり驚きはしないのですね?」
女神は引き込まれるような妖艶な笑みを浮かべながらこちらを見据える。
「生前で得た知識にこういった展開があったもので」
生前はほとんど外出することができなかったので、家で読むことができるライトノベルやWEB小説は大好きだった。
最初こそ女神の登場に驚きはしたが、それもすぐ慣れてしまうぐらいには女神が登場する異世界転生物は読み込んでいる。
「本来であれば命ある物は死後、その物の魂に染みついた邪を浄化し転生の輪廻へと至るのですが、今回は私の権限でこの場に留まってもらいました」
「難しいことはわかりませんが、何か理由があって俺はここにいるんですね?」
「一つ、私はあなたに尋ねます。当然拒否することも可能です。その場合も罰則はなく、他の物同様に転生の輪廻へと至ります」
女神セレンは一呼吸置いた後、僅かに微笑みを浮かべながら言葉にする。
「
女神セレンの言葉を聞いて驚くと同時に、やはりという思いを抱く。
確認を取るまでもなく元の世界ではない別の異世界でということだろう。その提案に心躍ることは間違いないのだが、一つだけ心に引っかかることがあった。
そしてそれは先の女神の言葉から叶えられないことなのではないかと理解していながらも、諦めきれない自分も確かに存在する。
だからこそ俺は女神に向かってそれを聞かずにはいられなかった。
「何かをやれと言うのなら俺はどんなことでもやります。だからもう一度だけ、マナに会うことはできませんか!?」
女神は難しそうな表情の後に答える。
「それを保証することはできません。ですが、あなたの今後の選択次第ではそれが叶わないとも限りません」
「そうですか……では、女神様のご期待に沿えるかはわかりませんが、二度目の人生を歩んでみようと思います」
何とも曖昧な女神の返答だったが、神を名乗る存在を前に我が儘を押し通すことは傲慢だと考えてそれ以上追及することはしなかった。
「良いのですか?」
「はい。俺はマナのお蔭で最後まで頑張って来れました。だから少しでも可能性があるのなら、俺は前に進むだけです。生前あいつにだけ伝えられなかった大事な言葉があるので……」
「わかりました。では、あなたの行くもう一つの世界についてお話しましょう」
そうして女神は何もない空間にこれまた豪華な装飾の施された椅子を二つ出現させた。
女神が腰を掛けたのを見てから俺も椅子に座る。膝を着いたローブを纏う人物は相変わらず女神の傍で控えているようだ。
女神セレンは異世界について説明する――
女神セレンは前世の世界である『地球』と、もう一つ別の世界である『フィリア』を管轄している。
神としての干渉を最小限に抑えていた地球とは対照的に、フィリアは錬の知る魔法やステータスの概念が存在する正にファンタジーのような世界だった。
フィリアには錬のような人間以外にも獣人やエルフ、ドワーフといった多種多様な種族が存在している。
しかし『命ある者は皆平等である』という女神セレンの想いとは裏腹に、フィリアでは人族による亜人差別が激化して亜人を物のように扱う風潮が強く根付いてしまった。
このまま人々の負の感情が世界に蓄積し続けるとやがてフィリアに大きなイレギュラーが発生し、取り返しのつかない事態になる可能性がある。
最悪の場合、フィリアその物の存亡に関わる事態が発生してしまう。
フィリアが良くない状況なのは理解できたのだが、具体的に何をすればいいのかに見当がつかない。前世では普通の生活すらできなかった俺に、世界を変えるほどの何かを成し遂げられるとは到底思えなかった。
「それで、俺は何を?」
根付いてしまった亜人への差別を止めさせる。発生したイレギュラーへの対処などだろうかと考えていたが、女神の返答は予想外のものだった。
「いいえ、特別何かをする必要はございません」
「……え?」
「人は皆、大なり小なり例外なく魂に邪を宿します。それ自体は恥ずべきことではなく当然の事なのです。辛いと思ったことから目を背け、他者との違いに様々な思いを抱く。それが人という存在です」
自然と俺は女神の言葉に耳を傾ける。
「人は生まれたその瞬間から死を迎えるその瞬間まで果てのない道を進み続けます。その道は人生そのもの。右に左と迷いながら進む者もいれば、大きく道を曲げてしまう者もいます。ですが並木錬、あなたは己に与えられた過酷な境遇に絶望することなく、度重なる障害に立ち止まることもなく進み続けた。だからこそ私はあなたを選んだのです。そしてそれは、あなたの魂を直接目にすることで間違いではなかったと確信しました」
「自分が何かしたという実感はありませんが、前に進み続けられたのはいつも隣にマナがいてくれたからです。一人だったのならずっと昔に心が折れていましたよ」
「そうですか。良き存在に巡り会えたのですね」
「はい、自慢の家族ですから」
気恥ずかしくも温もりを感じる空気の中、脱線してしまった話を戻すために女神セレンが再び説明する。
「先ほど何もしなくていいと伝えましたが、それはあなたの人並外れた輝きを持つ魂があるが故です。人の身で理解するのは難しいでしょうが、一言で表すならば運命力。並木錬を起点としてその行いが世界に揺らぎを与え、様々な変化を生み出すことでしょう。その行いが小さな事なのか大きな事なのかはまだ私にもわかりません。ですが、あなたの行いがフィリアを正しき世界に変えてくれると私は信じています」
「なんだか凄い大役を任せられてしまった気がしますが……本当に俺で良かったんでしょうか?」
「難しく考える必要はありませんよ。前世でやりたかったことをするも良し、知識にあるような冒険をするも良し、気の赴くままに生きていけばです」
「わかりました。ですが念のために注意事項などあれば教えてもらえますか?」
「そうですね、強いてあげるならば……人の命を無為に奪ったり、他種族を差別する――」
「――そんな事は絶対にしません!」
無礼だとは思いつつも叫ばずにはいられなかった。俺が亜人、引いては獣人を差別するなどあろうはずがないからだ。
「エルフやドワーフと言った亜人を差別することはもちろん、獣人を差別することなんて天と地がひっくり返ってもあり得ません! モフモフは正義なんです!!」
「モ、モフモフは正義ですか……」
唐突に変貌した並木錬を前に神にも関わらず女神セレンは圧倒されていた。
女神セレンは錬が獣人に人並み以上の愛着を持っているのは知っていたが、やはり知っているのと直接目で見るのでは話しは変わってくる。
錬が前世で好きだった二次元コンテンツの中で何故異世界物にドハマりしていたかというと、それは異世界物の話にはほぼ例外なく獣人が登場するからだ。
「俺はモフモフと共に生きて来たと言っても過言ではありません!」
「た、確かに物心ついた時からマナが傍にいたのですから、あながち間違いでもない気はしますが……」
「いいですか女神様? モフモフというのはですね――」
何の脈絡もなく始まった錬のモフモフ談義を前に、女神セレンは逃れる事もできずにただただ愛想笑いを浮かべて錬の話を聞き続けるのだった。
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