第6話 はい、アーン
「おかわりもありますよ?いかがですか」
「じゃあ…貰おうかな」
俺は今、朝ごはんを食べている。
パンとオムレツとサラダ。
あとピンク色のジュース、すっぱい。
このすっぱいジュースを注いでもらっているところだ。
アイシャに「朝ごはんを用意したので食べながら話しましょう」と手を引かれて先ほど外から二人で戻ってきた。
俺が外をうろうろしてる間に用意したみたいだが…
朝ごはん以外にもどうもシャワーも浴びてたみたいだし、服も昨日の白いワンピースに似てるけど微妙に違う。
アイシャは終始笑顔で機嫌がよさそうだ。
その余裕たっぷりの笑顔が逆に俺を不安にさせる。
パンを噛みながら考えてみたが、アイシャは目が覚めて俺の姿が隣にないことにまず気づくはずだよな。
そうなると当然すぐに俺を探すと思っていたけど、実際はシャワーを浴びて、朝ごはんの支度をしてから外にいる俺を迎えに来た。
朝、俺が見たアイシャは実は寝たフリで俺の様子を観察していたのかそれとも、できればあまり考えたくなかったが、俺がこの家から遠くに行くことはないとわかりきっていたので慌てて捜す必要がなかっただけなのか。
…ま、嫌な想像はそれくらいにして本人にいろいろ聞いてみよう。
「あー、アイシャ、朝ごはん用意してくれてありがとう、美味しいよ」
「口にあうようでよかったです」
非常に嬉しそうにアイシャはにこにこしている。
この機嫌のよさをできればずっと維持してほしい。
「ところで…俺は今この状況をまるで理解できてないんだ。そろそろ説明してもらえないか?」
俺は今回は具体的な質問をひとまず避けることにした。
まず相手に言いたいことを言わせる。
その際にわからないことがあっても余計な質問はしない。
ただあまりに無反応で聞いてると「ちゃんと聞いてるの?」とか言われて不機嫌になる可能性があるから適当に相槌をうっておこう。
「ええと、そうですね、どこから説明しようかしら…」
薄々気づいてたけどアイシャは物事の説明とか得意なタイプじゃないな。
「あ、先ほどここはルフェン大陸の上空って言いましたけどルフェン大陸って…知らないですよね?」
「ああ、聞いたこともない」
空に浮かぶ島に一軒家がある状況もだけどな。
「ここはヴォルさんが住んでた世界とは別の世界になります」
「別の…俺からしたら異世界ってことになるのかな」
「はい、そういう認識であってます」
あっててほしくないんだけど、まあ地球でこんなとこないからね。
なんとなくもう常軌を逸した状況であるとはわかっていたけどもね。
「あまり驚かれませんね?」
「この家のせいかな」
この現代日本にありがちな普通の家のせいで異世界って言われても納得できない気持ちがある。
「あ、この家はですね!やっぱり急に暮らしが変わったら、ヴォルさんも大変だと思ってそっちの世界と同じモノを用意したんです!」
「そ、そうなんだ…?」
「これからはここで二人で幸せに暮らしましょうね!」
アイシャは素敵な、何も知らなければ見ただけで好きになってもこりゃ仕方ないよと言えるほどの笑顔でそう告げた。
いや、まってまって、絶望的な結論とともに説明終わり?
「あの…アイシャ、君のような素敵な女性と過ごせることはとても嬉しく思うんだけど、俺としては一旦、家に帰りたいんだが」
「ですからココがヴォルさんの家ですよ?」
「いや…転移してくる前の、元の世界の俺の家にって意味で」
「は?なんでですか?私と過ごすの嫌じゃないんですよね?」
空気が変わったのはおそらく気のせいではない。
頑張れ俺!くじけるな!まだ、まだ大丈夫だって!
「あのほら!元の世界で一応仕事とかあるわけだし、今日は休みだったからいいけどずっとこっちにいたら無断欠勤に」
「心配ないですよ、これからは私がお世話しますから、働く必要なんかないです」
なんか夢のある言葉に聞こえたが流されてはダメだ!
「だけどこのままじゃ俺は突然消えて行方不明ってことになるだろ?このままってワケにはいかないよ、騒ぎになる」
「私のこと嫌いなんですか…?あんなことまでしたのに…」
「そんなことはないって!ただずっとこのままだとマズイってだけで!」
面倒なこと言い出したあああああああ。
見た目はものすごい美人なのになああああああ。
「な?頼むよ、アイシャのことは好きさ。また会いにも来る、だから週2…週2日くらいでなんとかならない?休みの日なら一日中ずっと一緒にいられるし」
これでなんとか妥協してくれ!
「そんなこと言われても…そもそもできないし…」
「え?」
「こっちの世界からヴォルさんの元いた世界に行く手段がないから無理です」
え?いや、え?
「冗談だよね?」
「本当ですよ?」
言ってることがわからなかった俺はなぜかオムレツをスプーンですくって食べたあともう一度聞いた。
「そこをなんとか」
「ならないです」
カチャン、と、力の抜けた手からスプーンが床に落ちて音を立てた。
監禁されているのではという予感が確かなものに変わってしまった。
「もー仕方ないですねーヴォルさん、私が食べさせてあげますね?はい、アーン」
呆然とした俺にできることと言えば、あとはもう黙って口をモグモグさせることだけだった。
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