第4話 コミュ障の勇者

 俺とミカは、ミカのマンションのエントランスにいた。俺はミカにあげる【おちゃめぐ】グッズが入った紙袋を両手に持たされていた。俺は正義感という魔が刺して、つい『俺がミカの母親にガツンと言ってやる』と約束してしまったのだ。猛烈な後悔に押し潰されそうになっていた。

 本当は俺はそんなキャラじゃないんだよ……。4つ入り100円の半額菓子パンかじりながら、ヤフコメ欄に偉そうなこと書いて自尊心満たしてるような自称キングなんだよ。人と面と向かって話すのだって苦手な、重度コミュ障なんだよ。マンションのエントランスの自動ドアの前で、俺の足は動かなくなり立ち止まっていた。

俺は隣にいるミカに両手を合わせて涙目で言った。

「ごめ〜ん……やっぱ無理だよ〜……」

 ミカは俺を見上げて「これ見て」と言った。右手には俺がミカにはあげた【おちゃめぐステッキ】が握られていた。そしてステッキを振り回して、こう言った。

「ピンプルパンポン♬敵に立ち向かう勇者になあれ」

ミカは【おちゃめぐ】のめぐるちゃんが、誰かを元気づける時に使うフレーズを俺に言った。

「これで勇者になったよ」

「無理〜……」

ミカは俺の言うことを無視して、マンションの暗証番号を押し、自動ドアのオートロックを解除した。

ミカは俺の手を引っ張り「行くよ」と言った。

俺とミカを乗せたエレベーターは7階に着いた。俺の鼓動ははち切れんばかりに高なっていた。冬なのに、変な汗が体中から噴き出していた。ミカの家は廊下を歩いて、一番突き当たりの角部屋だった。ミカは躊躇なく、玄関のインターホンのボタンを押した。

インターホンを押したのがミカだってことを知ってるのかのように、部屋の中から慌てて玄関に走る大人の足音が聞こえた。俺は緊張がピークに達したのか、ピーッという音が耳の中を突き抜けた。

玄関のドアが開くと、そこにはミカの母親がいた。母親はミカの姿を発見するや否や「ミカ!」と叫び、膝をかがめてミカを両手で抱きしめた。

「どこ行ってたの?心配したのよ」

どこにでもフツーにいる娘を思う優しいお母さんがそこにはいた。でも、だまされてはいけない。家に入ったら、気に食わない事があれば突然怒り出し、ミカを虐待するにきまってるのだ。

ミカの母親は俺の存在にやっと気づいて立ち上がり、言った。

「…ありがとうございます……あの、どちら様でしょうか?」

俺は緊張しながらも、こう言った。

「あの、俺は学校にも行ってないし、働いてもいないし、世間から見ればどうしようもないクズみたいな人間です。」

「……?」

「ヤフコメ欄に偉そうなことコメントしたり、悪い奴の住所を調べてネットにさらすような、そんなクソみたいな人間なんです。20歳にもなって【おちゃめぐ】が大好きで、趣味はグッズ集めで、世間から見れば気持ち悪いでしょう。それに、4個入り100円の半額パンを人に食われて、むかつくようなセコい人間だし」

「あの……、すみません。うちのミカがごちそうになったんでしょうか?いくらお支払いすれば……?」

俺は緊張のあまり、訳の分からない自己紹介をしていた。ミカの母親は俺の事を関わってはいけないヤバい奴だという目で俺を見ているのがわかった。

「あの!そうじゃなくて!」

「はい」

「人として……自分の娘に暴力を振るうっていうのは……よくない事だと思います。俺は世界の隅っこでこっそり生きてるような、クズみたいなサイテーな人間だけど、そんな俺でも、そんなことはしないというか。娘を虐待するのは、人間のクズ以下っていうか……」

俺が一通り言い終えると、母親は落ち着いた口調で俺にこう言った。

「あの、何か勘違いされてるようですね。私が娘を虐待してるっていうんですか?」

「だ、だ、だ、だって、そうじゃないですか!ご主人さんが警察に捕まった事、ニュースに出てるし、現にミカちゃんだって逃げた訳だし」

俺がそう言い終えると、ミカの母親は突然笑い出した。

「やっぱり勘違いされてますよ。ニュースになったのは、確かにこのマンションの方ですけど、その方は4階の方ですよ。名前も同じミカだけど、あっちは『濱田ミカ』ちゃん。うちは『濱崎ミカ』8歳ですよ」

「し、しらばっくれやがって。ちょっと待ってろよ」

俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、慌てて『9歳女の子の虐待のニュース』を検索した。玄関ドアの表札とスマホを見比べた。た、確かにミカの母親の言う通りだった。しかし、俺の勢いは引っ込みがつかないところまで、登り詰めていた。

「じゃ、じゃあ、ミカちゃんの手の傷は?ど、どう説明するんだよ!」

「ミカは空手を習ってるの」

「えっ?」

「今日も空手の練習に行きたくないって、それで出て行ったのよ。でもそんなにイヤなら、もう辞めていいのよ」

ミカちゃんは「本当?やったー!」と言って、目を輝かせた。

俺の完全な勘違いだった。恥ずかしくて俺のボルテージは風船のように一気にしぼんだ。いったい何だったんだ?なんで俺はここにいる?まぁでもミカが虐待されてなくてよかった。

 呆然と立ち尽くしている俺の肩を、ミカは【おちゃめぐステッキ】でポンポンと軽く叩いた。ミカは満面の笑みを浮かべ俺に言った。

「カッコよかったよ。ミカを守ろうとしてくれてありがとう」

その言葉を聞き、俺はやっと平常心を取り戻した。

「俺、勇者になれたかな?」

ミカは「うん」と言って、笑った。


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