第2話 走れ!小心者
俺は公園にいた。公園のブランコに乗っていた。夕陽の光が公園全体を優しく包んでいた。子どもを連れたママさん連中が、遠くから気味悪そうに俺をチラチラ見ていた。本来なら、追いかけて小石でも投げつけてやるところだが、今の俺にはそんな力もなかった。
俺は何度も『月刊アニメンタル』の記事を見直した。フジビタイが言っていた通りだった。そこには【おちゃめぐ】放送終了と書いてあるだけで、理由は書かれていなかった。フジビタイにメッセージを打った。
『なんでだ!視聴率もグッズ売り上げも悪くなかったはずだ。』
フジビタイからすぐ返事が返ってきた。
『プリニイ、生きてますか?ネット掲示板見たら、どうやらスポンサーが降りたのが原因みたいっス』
『なんだと!スポンサーって【ギルビー】だろ!あのヤロウ、俺の許可なくスポンサー降りるとはどういう了見だ。ギルビーのお菓子は二度と買わねーぞ』
フジビタイと不毛なメッセージのラリーをし、傷を舐めあっている間にすっかり日は暮れていた。公園の隅にある蛍光灯がチカチカいって点灯し始めた。いつの間にか、公園には誰もいなくなっていた。
帰るか。寒くなって来たし、腹減ったし。ふと目を上げると、目の前に大きなマンションがあった。ここはそう言えば、あの『9歳の女の子』が虐待被害に遭った場所だった。間違いない、何度もコピペしたから覚えている。あの女の子には幸せになって欲しいものだ。
家に帰ろうとブランコから立ち上がったその時だった。ひとりの女の子がマンションのエントランスから、猛スピードで走って出てきた。マンションの前にある公園めがけて走ってきた。女の子は俺を見ている?
その子は俺の前で突然立ち止まり、俺を見上げてこう言った。
「助けて」
胸が突然ドキドキし始めた。女の子の眼差しは怯えていて、言葉が震えている。切羽詰まっているのが見てとれた。
「えっ?あの、どういう……?」
俺がしどろもどろで、そう答えると女の子はもう一度「助けて」と泣きそうな目で言った。
次の瞬間、同じく猛スピードで女の人がエントランスから出てきて、女の子に向かって大声で叫んだ。
「ミカ、帰って来なさい!」
この女の子はミカって言うのか…確か虐待に遭っていた女の子の名前も「ミカ」だったような。やっぱりこの子か。俺はエントランスにいるその女の人と目があった。この子の母親か……。確か母親のほうは捕まっていなかったな。その女の人はすごい形相で俺を見ていた。
俺は背をかがめて女の子に言った。
「ごめん、他を当たってくれない?俺はそんな、人を助けるとか、そういう高尚な人間じゃないんで」
俺はそう言い終えるや否や、慌てて走った。変なことに巻き込まれるのはごめんだ。夢だか現実だかわからない、こたつの中みたいな、ぬる〜いライフスタイルを守りたいのだ。俺はキングであり続ける為に、その場から走って逃げた。逃げるが勝ちとはよく言ったものだ。俺は負けたんじゃない。勝つ為に逃げたのだ。
街の中の商店街まで一気に走り抜けた。日頃の運動不足で、息が上がり、足が震えた。商店街の靴屋の前で、俺は足を止めた。さすがにここまで来れば大丈夫だろ。俺は勝ったのだ。その時だった。
「おじさん」
振り返ると、あの女の子がいた。俺は驚きのあまりひっくり返って尻もちをついた。
「お、お、お、お、おい!なんで着いてきてんだよ!」
「おじさん、名前は?」
「タツノスケ。あ、言っちゃった」
「変な名前」
「うるせーな、俺だって嫌なんだよ。」
「靴買って」
「えっ?何?なん……」
女の子の足元を見ると、裸足だった。
「寒いよ」
「靴は?」
「履く時間がなかった」
クソッ、関わりたくなかったが、仕方がない。靴だけ買ってやって家に帰そう。なんで俺はよりによって靴屋の前で止まってしまったんだ……。
「どれがいいんだ?」
女の子は靴屋の中に入り、靴を見回し、すぐに「これがいい」と言って、選んだ靴を俺に差し出した。それは【おちゃめぐ】のプリントがされた子供用の靴だった。
「いい趣味してるじゃないか。」
「ミカね、【おちゃめぐ】大好き」
見ず知らずの女の子に、なんで俺が靴買ってやらないかんのだ、と思っていたが、【おちゃめぐ】の売り上げに貢献できるチャンスだと、ポジティブシンキングを絞り出し、俺はレジに向かった。3980円。高けーなあ。財布にはギリ買えるお金。クソッ!俺みたいな貧困層の底辺にたかりやがって。
店を出ると、女の子はいなかった。シャッターの降りたさびれた商店街に風が吹いていた。辺りを見回したが、女の子は消えていた。あれ?夢だったのか?俺ついにヤバい領域にご突入してしまったのか……。いや、それなら逆に好都合だ。夢であってくれ。そしたらこの靴、即返品して、牛丼食って家に帰れるのだ。
「タツノスケ〜」
商店街の端っこから、女の子が俺を呼んだ。夢じゃなかったのか……。俺のことを呼び捨てにしたとか、そんなことはどうでもいい。この状況が続いている事のほうが、ショックが大きかった。
「タツノスケ、こっちこっち」
まるで犬でも呼びつけるように、俺を呼んだ。俺は仕方なく、【おちゃめぐ】の靴を持って、女の子のほうに駆け寄った。
俺は女の子に靴を差し出した。袋から靴を取り出し履くと「ピッタリ!かわいい!ありがとう!」と言って、満面の笑みで俺を見た。ミカはよく見ると、目は大きく、まつ毛も長くて整った顔立ちをしていた。なかなかかわいいじゃないか。いや、いかんいかん、この場合のかわいいは、そういうかわいいじゃないのだ。
「タツノスケってこう書くの?」
ミカは商店街の隅にひっそりと建てられた銅像にマジックペンで『タツノスケ』と書いていた。
「おい!落書きなんかしたらダメ……」
銅像の横には説明文が展示されていた。『重要文化財』!?
「おいおい!何やってんだよ!てか、なんで俺の名前書いてんだよ!俺が書いたみたいじゃねーか!」
俺は興奮してつい、大声で叫んだ。
その時だった。お巡りさんが懐中電灯で俺を照らして言った。
「どうかしましたか?」
マズい、完璧にマズい。客観的に見てみろ。どう見たってこれじゃ、俺は少女誘拐に、器物破損の現行犯だよ。しかも無職で、キングとか頭おかしーだろ。犯罪予備軍が犯罪者に成り上がった瞬間です!ってなるだろ。完全無欠の逮捕案件。
「な、な、なんでもありません!」
俺はお巡りさんにお辞儀をし、ミカの手を握って、走って逃げた。
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