ワンルームキングダム
芦田朴
第1話 衝撃的なニュース
駅から徒歩15分の2階建て。あなたはもう忘れたかしら、のフォークソング全盛期に建った古い木造アパートの角部屋。それが俺の王国だ。ちなみに窓の下に川は流れていない。
アパートの住民が枚挙して会社に出て行く午前7時30分過ぎ。部屋の横の古びた金属製の階段を慌てて駆け降りる音が俺の目覚ましだ。
社畜ども!
今日一日馬鹿みたいに働いて、税金を納めて、この国を潤してくれ!諸君の健闘を祈り、俺は寝る!
俺は再び、こたつの中で昼前までまどろむ。
俺は働かない。
学校にも行かない。
俺はキングだからだ。
この部屋のキングである俺は、好きな時間に起き、好きな物を食べ、好きなゲームをして好き勝手に時間を過ごすのだ。
俺のモーニングルーティーンを簡単に紹介しよう。起きたらまず、布団の上に敷いたコタツの上の
パソコンの電源を入れる。それから昨日の晩飲んだペットボトルのお茶の残りを飲み干す。カーテンの隙間から溢れる光に目を細め、再びこたつに潜りこむ。
言っとくが、俺はニートではない。
俺にはれっきとした仕事があるのだ。俺は金の為に働くという志の低い生き方はしない。したい仕事があれば、タダでもやる。それが俺のポリシーだ。
俺は人知れずこの国の安全を守っている。そして法律では裁けない悪党どもに正義の鉄拳を下すのだ。
今日も早速ネットを見ると、胸の痛いニュースが目に飛び込んできた。
『9歳の女の子、虐待被害』
俺はこういう圧倒的な弱者にしか、力を行使できない人間のくずに激しい怒りを覚える。しかもこのニュースを見ると、『親はしつけの範ちゅうだ』と述べて全く反省していない。法律に任せていたって、この親には大したペナルティは課されない。例え刑務所に入れられたとしても、コイツはしばらくしたら涼しい顔で出てきて、我が物顔で街を闊歩するに決まっているのだ。
だからこれはキング案件だ。俺はキングとしてコイツにお仕置きをしてやらねばならない。
ネットを検索すると、すでに同士がこの親の住所を突き止めている。グッジョブ!なかなか仕事が早くていいぞ!やるじゃないか!
俺は早速ヤフコメ欄に、名も知らぬ同志が調べた住所を大衆にさらす。ヤフコメ欄にこのクズ親の住所をコピペする。このニュースが載せられた記事全てにせっせ、せっせと貼り付ける。
「よし」
すべて貼り終えただろう。こたつから離れ、首をコキコキ言わせながら、湯を沸かし、台所のシンクでインスタントコーヒーを淹れた。薄汚れたマグカップに入った熱いコーヒーを飲みながら、一仕事終えた俺は充実感を感じていた。虐待を受けた女の子のために、一矢報いることができただろう。その女の子には是非幸せになって欲しいものだ。
そして少し遅いランチをとることにした。即席めんを作ろうとやかんに水を入れてガスを点火しようとした。
あれ?
カチカチいうだけでガスが一向に点かない。まさか、これは俺がしていることへの誰かの逆襲なのか……!?ライフラインを止めるとは卑劣な事をしやがる。まあ、いいさ。俺には昨日スーパーで買った4つ入り100円の菓子パンがある。半額シールが貼られてたから3つも買ったのだ。今日はそれを食すことにしよう。
仕事熱心な俺はパンを頬張りながら、先ほど俺がヤフコメ欄にしたコピペを確認する。
きっと『いいね』ボタンを押した賛同者がたくさんいる事だろう。どれくらい『いいね』がついてるか、少しワクワクしながら検索する。
あれ?ない?いろんな記事のヤフコメ欄を見るが、俺がコピペしたものが全部削除されている。
クソッ!体制の犬め、卑劣な手を使いやがって!
ん?しかも俺がしたコメント欄に誰かがコメント返ししている。
『この男はいろんな記事に個人の住所をさらす悪質な奴です。なんでヤフーはこんな奴を野放しにするのか…』
なんだと?コイツ、人を悪党呼ばわりしやがって!おそらくヤフーのサクラだな。正義の仮面をかぶった偽善者め!コイツがこれまで書き込んだコメントすべてに『バッド』を押してやる!
俺が『バッド』を高橋名人ばりに連打しているとスマホからSNSのDM着信音が鳴った。割れてヒビだらけのスマホの画面を覗き込んだ。『あっぱれフジビタイ』からだ。SNSで知り合った友達だ。本名は知らない。容姿はおそらく富士額である事しか推測できない。ネーミングセンスからして男だろう。
『プリン兄さん、今日発売の『月刊アニメンタル』見ました?』
俺はSNSでは『いちごプリン』と名乗っているが、なぜかコイツは俺が年上か年下かも知らないくせに俺のことを『プリン兄さん』とか『プリにい』と呼んだ。そうだった!今日は毎月楽しみにしてる『月刊アニメンタル』の発売日だったのだ。俺としたことが、迂闊だった。しかしフジビタイの言い方からして何かビッグニュースがあったようだ。
『何があった?』
すぐに返事が来た。
『悲報【おちゃめぐ】が来年3月で放送終了です(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)』
俺はハンマーで突然殴られたような衝撃を受けた。
【おちゃめぐ】は正式には『お茶目なプリンセスめぐるちゃん』という大人気アニメだ。俺は【おちゃめぐ】にハマり、部屋には【おちゃめぐ】グッズがあふれていた。
「なぜだー!」
俺は頭を抱えて、畳の部屋を転げ回った。部屋にある【めぐるちゃん】抱き枕をギュッと抱きしめた。「嘘だ、嘘だと言ってくれ。視聴率だって悪くなかったはずだ」
独り言を言いながら、プラトーンのポーズを決めた。いやいや、こんな事してられない。事の真偽を確かめなければ!
俺はジャンパーを羽織り、慌てて家を飛び出した。
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