第3話 おじいさんの行方

 それは牛だった。確かに牛のようにさくらには見えた。

細い尾の先に毛がつき、その体は大きくどっしりとしている。

その鳴き声に起こされるように意識が不思議とはっきりとした。

 そこには壁というものがなかった。ただただ真っ白の世界で、どこかとの境界線もなく、赤い灯籠が道に沿って両側に均等に並んでいた。その先に牛がいる。

 さくらは先程までコンビニでおにぎりを買い、家に帰って食べていたところだった。家にあったビールを飲んだかもしれない。酔っ払って寝てしまったのかもしれない。

だからこれはきっと夢だ。さくらはそう思った。

声をあげようと試みるも金縛りにあったかのように声が出ないばかりか体も動かない。

一度目を閉じて開けると、がらりと景色が変わっていた。後ろを振り返ると先ほど見た道が伸びている。どうやら、先ほど牛いた位置に来ているようだった。

 そして、牛は消え、その代わりに小さな背丈のおじいさんが背中を丸め、手を後ろに組んで立ち、こちらを見ていた。


「どうも、お嬢さん。ご機嫌いかがかな。」


 そのおじいさんはまるで花咲か爺さんのような格好をして、目がなくなるくらいにっこりと笑った。さくらはどこか見たことのあるおじいさんであるような気がして、記憶を探ったけれど、どうしても思い出せない。少ししわがれた優しいその声に、緊張感のあった空気は柔らかく澄んだ。


「もし、お嬢さんが来てくれたら、幸せを一欠片あげよう。」


 そう言うとおじいさんはこちらへ来いとでも言うように、さくらに目線を残しながら先へ歩いて行った。




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