第21話『健康診断-後編-』

 健康診断が終わった俺達は2年6組の教室に戻り、制服に着替える。その頃には瀬谷の気分もある程度回復しており、一人で問題なく歩けるようになっていた。

 制服に着替え終わると、教室の外では栗林が待っていた。


「颯ちゃんも空岡君も健康診断おつかれ~」

「莉子もお疲れさん」

「お疲れ様、栗林。瀬谷もちゃんと採血を受けたよ」

「担当してくれた看護師さんが莉子に似ててさ。空岡に側にいてもらって、空岡のアドバイスで莉子に採血されると思い込んで何とか乗り越えた。去年と同じく、採血後は空岡に肩を貸してもらったけど」

「あははっ、そうだったんだ」


 ツボに入ったのか、栗林は声に出して楽しそうに笑う。


「何にせよ、採血を乗り越えられて良かったよ。あと、今年もありがとう、空岡君」

「いえいえ」

「……ところで、颯ちゃん。顔色は普段とそこまで変わらないけど、これからご飯食べに行って大丈夫?」


 そういえば、昨日……瀬谷と栗林は健康診断が終わったら放課後デートするって言っていたな。今日は全校で健康診断だから、男子も女子もバスケ部の活動はお休み。放課後がオフの日は滅多にないからと楽しみにしていたっけ。


「ああ、大丈夫だ。気分が良くなってきたら、お腹空いてきたし」

「良かった。じゃあ、一緒に帰ろうか」

「おう。空岡は陽川さんと放課後デートだっけ?」

「そうだよ。向こうは30分遅い登校だから、昇降口前で香奈を待つよ」

「そうか。じゃあ、昇降口までは一緒に行こうぜ」

「ああ」


 俺は瀬谷と栗林と一緒に第2教室棟の昇降口に向かう。

 上履きからローファーに履き替え、校舎を出る。瀬谷と栗林と別れて、昇降口の近くで香奈を待つことに。香奈にその旨のメッセージを送った。


「香奈は今頃どうしているだろうか……」


 今朝、採血が不安とメッセージで送ってきたほどだ。これから採血するといったメッセージは来ていないので、まだ採血していないと思うけど。そんなことを考えていると、香奈から了解のメッセージが届いた。

 昇降口からはレントゲン車に並ぶ多くの生徒の姿が見える。その中には、去年一緒のクラスだった友人の姿もある。

 また、健康診断が終えた生徒が下校したり、これから健康診断を受ける生徒が登校したりする姿も見える。下校する生徒の中には望月の姿もあった。

 ――プルルッ。

 スマホが鳴る。香奈かもしれないと思い、すぐに確認すると……LIMEで香奈から新着メッセージが届いたと通知が。トーク画面を見ると、


『次は採血です……』

『さいけつこわい』


 という2つのメッセージが。香奈はもうすぐ採血なのか。2つ目のメッセージが全てひらがななのが、香奈の採血への恐怖心が強いことが窺える。


『もうすぐ採血なんだな。頑張って、香奈』

『もし可能なら、星崎や友達が側にいてもらうといいと思う。それだけでも、気持ちが楽になるかもしれないから』


 香奈にそんなメッセージを送る。このアドバイスで少しは香奈の気持ちが楽になるといいけど。

 俺の送ったメッセージに『既読』マークが付き、


『ありがとうございます、先輩! 採血のときは彩実達に側にいてもらいます』

『そうか。良かった。……頑張れよ』


 そう返信すると、すぐに『既読』マークが付き、『がんばる!』という文字付きのチワワイラストのスタンプが送られてきた。


「……頑張れ」


 今の俺にできるのは、香奈の採血が無事に終わることを願うくらいだ。

 香奈は採血中だろうか。そんなことを考えていると、採血のときに刺された部分がちょっと痛んだ。

 ――プルルッ。

 チワワのスタンプが送られてからおよそ数分後。再びスマホが鳴った。さっそく確認すると、LIMEを通じて……星崎から新着メッセージが届いたと通知が。


『香奈ちゃんの採血終わりました。採血中から顔色が悪くなって、フラフラしているので代わりに私から報告します』


 香奈の採血が何とか終わったか。瀬谷と同じく、採血後に気分が悪くなってしまったか。星崎が代わりにメッセージをくれるくらいだから、瀬谷のように誰かに肩を貸してもらっているのかもしれない。


『そうか。教えてくれてありがとう』

『いえいえ。私達は採血で健康診断が終わったので、あと少しで空岡先輩のところに行けると思います』

『分かった。ただ、俺のことは気にせずゆっくりでかまわないから』

『分かりました。では、また後で』


 香奈達も健康診断が終わったんだな。ただ、香奈は気分が悪いようだし、今日は香奈の放課後デート以外は何の予定もない。気長に待つことにしよう。また、香奈にも、


『採血お疲れ様。ゆっくり来て大丈夫だから』


 というメッセージを送っておいた。

 この後、香奈とどこかにお昼ご飯を食べに行くつもりだけど……香奈の体調次第ではそれを考え直した方が良さそうだな。

 それからはスマホのパズルゲームをして、香奈が来るまでの時間を過ごす。そして、


「……遥翔先輩。お待たせしました……」


 星崎とメッセージをやり取りしてからおよそ15分後。

 制服姿になった香奈が俺のところにやってきた。今も気分が良くないのか、香奈は星崎の腕を抱きしめながら寄り掛かっている。そんな香奈の顔色はあまり良くない。

 香奈と星崎の後ろには、制服姿の1年の女子生徒達が数人。よく見ると、彼女達はレントゲンの待機列で香奈の周りにいた女子達だ。きっと、2人の友人で、香奈の体調が心配で一緒にいるのだろう。


「香奈、健康診断お疲れ様。星崎も後ろにいるみんなもお疲れ様。……香奈、気分はどうだ? 星崎がメッセージくれてから15分くらい経っているけど」

「……体力が全然ないです。朝食が食べられなかったことと、採血の影響があると思いますが。採血の直後は気持ち悪かったですけど、それは治まってきています」

「そうなんだ。……今から昼飯を食べに行くのは止めた方がいいかな」

「……その方がいいかもしれませんね」


 香奈はとても悲しそうな表情を見せる。きっと、放課後に俺と昼ご飯を食べに行くのを楽しみに採血を頑張ったのだろう。


「もちろん、それで話は終わりじゃない。香奈さえ良ければ、俺の家に来てゆっくり休むのはどうかな。それで、気分が良くなったら、俺の作った昼ご飯を一緒に食べよう。うどんやそば、パスタとかの麺類になると思うけど。もちろん、香奈が外に食べに行きたいならそれでもかまわない。どうだろう?」


 俺の家は高校から徒歩数分のところだ。俺を支えにすれば、きっと香奈は歩くことができるだろう。途中には公園もあるし。


「……遥翔先輩の手作りお昼ご飯、魅力的です」


 そう言うと、香奈の目に輝きが戻ってきた。


「あと、遥翔先輩の家に行ったら、先輩のベッドで横になってもいいですか?」

「もちろんいいよ。俺のベッドなら、香奈も気分が早く良くなりそうだと思って、俺の家に来るかって提案してみたんだ」

「なるほどです。先輩の家に……行きます。先輩の家でまたお家デートしたいです」


 あまり大きくはないけど、今の香奈の声には力がこもっているように思えた。


「よし、決まりだ」


 俺がそう言うと、香奈は微笑んでくれる。この様子なら、俺の家で休めば気分も良くなっていくだろう。

 今の香奈の微笑みを見てか、星崎や女子生徒達は安堵の笑みを浮かべる。


「空岡先輩の力は凄いですね。先輩、香奈ちゃんのことをよろしくお願いします」

「分かった。あとは俺に任せろ」


 香奈に左腕を差し出すと、香奈は星崎から離れて俺の左腕をぎゅっと抱きしめてくる。寄り掛かるような姿勢でもあるため、重みも感じられて。ただ、それは香奈が俺に体を預けてくれる証拠でもある。それが嬉しくて。

 校門を出たところで星崎達と別れ、俺は香奈と一緒に帰路に就くのであった。

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