第39話

ある部屋の前で使用人は立ち止まると、後ろに下りお辞儀をした。この部屋の中に、フィオナの両親等が待っている。


ヴィレームは、これからの事を思案する。強気に出るか、下手に出るか……まあ、それは相手次第だ。だが一つ予想している事がある。金銭的な事だ。必ず、かなりの大金を要求してくるだろう。それだけは確信していた。


ヴィレームは鼻を鳴らす。普通ならば女性側から持参金が払われるが、仕入れた情報によればかなりの守銭奴らしい故、払うどころか相当な額を要求してくると考えている。これまでも、彼女を利用して婚約破棄の違約金を巻き上げていたそうだ。


フィオナと婚約すればあの仮面の下を見る事が出来ると社交界で噂になり、まるで遊戯のように流行ったと言う……。そんな下らない事の為に婚約をする下衆な男共と、違約金目当てに娘を晒し者にする下衆な家族。


その話を聞いた時、暫く怒りが収まらず、それと同時に、フィオナがどれ程傷付いのかを思うと、胸が締め付けられる思いだった。




「あらまあ、本気でいらしたんですね。こちらとしては全然構いませんわ。ですけど、随分と物好きなお方です事。わざわざそんな、不良品を選ぶなんて」


応接間に入ると、フィオナの両親、姉、妹が揃っていた。弟の姿は見当たらなかった。向かい側に、ヴィレームとフィオナは腰を下ろす。


しかし分かってはいたが、開口一番、実の娘を不良品呼ばわりするとは……随分なものだ。


「うちには、フィオナそれの他にも娘が二人おります。長女のエリーズなんてどうです?美人ですし、気立ても良いですわよ」


いやらしい笑みを浮かべながら、ペラペラとよく回る口で、次女フィオナの結婚の挨拶に来た男に対して、長女エリーズを勧めてきた。


何を言い出すかと思えば、まさかヴィレームに他の娘を充てがおうとしてこようとは……。

明らかに莫迦にした物言いに、ヴィレームは腸が煮え繰り返る。本気でないにしろ言って良い事と悪い事の区別もつかないとは、呆れるを通り越して哀れにすら思えてくる。


「ご冗談が、お上手ですね。ですが、僕はフィオナ以外の女性は考えられません。それに……」


ヴィレームは姉のエリーズを一瞥し鼻で笑ってやる。


「僕には彼女がとても美人とは思えない。性悪さが顔に滲み出ていて実に、醜く、貴女にそっくりだ。まさに似た者親子ですね……おっと、これは失礼。とんだ失言を致しましたね」


ワザとらしく言いながら、ヴィレームは苦笑する。

瞬間、部屋の温度が急激に下がるのを感じる。無論実際に下がっている訳ではない。フィオナの母や姉のエリーズが物凄い形相で睨んでくるが、素知らぬフリをする。


「わ、私が醜いですって⁉︎信じられないっ‼︎」


エリーズは我慢ならない様子で、突然叫ぶ。扇子を床に叩きつけ喚く喚く。


「エリーズ、みっともないマネはやめなさい。……あら、うふふ。ごめんなさいね、ちょっと気性が荒い所がありまして」


「いえ、お気になさらず」


母親がエリーズを苛々しながら一喝する。


「それにしても、本当変わった方ね。でもだからこそ、こんな子選ぶのでしょうけど。それとも歳上は好みではありませんでしたか?何なら、妹のミラベルでも構いませんわよ」


この期に及んでまだ言うのか……頭がおかしとしか思えない。いや、始めから分かってはいたがここまでとは。

何処までもフィオナを虐げたいのだろう。

彼らは、ヴィレームの事を何処ぞの国のしがない伯爵令息だと思っているのだ。さして横取りしてまで奪う様な魅力的な話ではない。それなのにも関わらず、こんな風に言ってくるのは、彼女への嫌がせに他ならない。


フィオナが、幸せになるのが赦せないと言ったところか……。


横目でフィオナを見ると、自分の横で黙って座っていた彼女は、ほんの僅かだけ震えながら俯いたままだった。



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