第38話

フィオナは実家の屋敷前で足を止めていた。実家を離れてから、もう四ヶ月近くは経つ。久しぶりの実家を前にして、煩いくらいに心臓が脈打っているのを感じた。落ち着かなくてはと懸命に考えるが、どうやっても動悸は止まりそうにない……。


フィオナは門の前で外と屋敷の境界線を見る。暮らしていた時は、当たり前の様に毎日帰っていた、それなのに……この一歩を踏み出すのが恐ろしく怖い。


覚悟は決めて来た筈だったのに、ここまで来て怖気付くとは自分でも思わなかったが、身体は正直なもので、頭でどんなに命令してもピクリとも身体は動かない。


「フィオナ」


不意に腰に手を回され、そのまま抱き寄せられた。


「僕がいるよ。大丈夫」


瞬間身体が急に軽くなった。フィオナは瞬きをしながら、不思議そうにヴィレームを見上げる。


「どうしたの?」


「魔法でもかけたんですか?」


「魔法?」


「だって、ヴィレーム様が大丈夫って言ってくれたら、急に身体も心も軽くなったんです」


比喩とかではなく、事実だ。先程までは身体が石の様に重かったのに、まるで背中に羽根でも生えたのではないかと思える程嘘みたいに軽い。


「ははっ君は本当に何時でも、可愛いね」


耳元で「可愛いね」と囁かれ、今度は違った意味で心臓が脈打つ。ただ魔法をかけたか否かは教えてくれなかった。


「余り待たせるのも悪いからね。さあ、フィオナ、行こうか」


ヴィレームに背を押される様にして、フィオナは門を潜った。





◆◆◆


使用人に案内され、ヴィレームとフィオナは廊下を歩いていた。ヴィレームは、直ぐ隣を歩いているフィオナを盗み見る。


まずい……ダメだ……。


こんな時に、頬が緩むのを抑えられない。ニヤけてしまう。


彼女は本当に、何時いかなる時も愛らしい。この世の全ての中で一番と言っても過言ではない!と今すぐ叫びたい。

こんな事を言ったら、またクルトに呆れた顔をされそうだが事実なのだから仕方がない。


『魔法でもかけたんですか?』


そう聞かれた時、本当に意味が分からなかった。だが、次の言葉で納得をした。


『だって、ヴィレーム様が大丈夫って言ってくれたら、急に身体も心も軽くなったんです』


最高の褒め言葉だった。ヴィレームは魔法など使っていない。それなのにあんな風に言ってくれる彼女が、愛おしくて仕方がない。外などではなく、自邸の部屋に二人きりだったなら直ぐにでも抱き寄せ口付けをしたい気分だった。


フィオナは本当に、僕を喜ばせるのが上手だ。


「ヴィレーム様?」


視線に気が付いたのか、小首を傾げている。


「何でもないよ」


うん、やはり世界一可愛い。





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