第36話

「ヴィレーム様……書簡が逆さです」


クルトの声にヴィレームは、我に返る。


「惚けるのは結構ですが、手は動かして頂かないと困ります」


「……別に惚けてなど」


フィオナとのあの夜から十日程経つ。あれからこれまで以上に、彼女との距離は近くなり親密になった。時折、シャルロットやフリュイの要らぬ邪魔が入るが、そんなのは些細な事だ。


何しろ、僕とフィオナは口付けまでした仲なんだ。誰も二人を引き裂く事は出来ない!


「ヴィレーム様、心の声がダダ漏れです。しかも、そのお話は耳にタコが出来る程、お伺い致しました」


クルトは冷静且つ淡々と述べると、大袈裟にため息を吐く。そして何時もの如く追加の書簡やら書類をどっさりと目の前のテーブルに乗せた。


「明日のお休みは外出なさるのですから、本日中にお願い致します」


明日は遂にフィオナの実家へと挨拶に行く。予めその主旨を書いた書状は彼女の実家へと送ってある。準備は万端だ。ただ……柄になく緊張をしていた。


だがそもそも、随分前にフィオナとの事で使いをやった時には、彼女の両親は全くと言っていい程関心を示さなかったので、今更反対される事はないだろう。


ただ今回、フィオナから正式に返事を貰えたのでケジメとして挨拶に行くだけに過ぎない。例えどんなに酷く救いようのない両親等だとしても、形式的なものは確りしておきたい。それは無論、彼女を大切に思っているからだ。


ついでに彼女の弟のヨハンとも二人だけで話をする良い機会だ。彼の事は、色々と気掛かりな事が多い。今後、彼の存在が枷になるのではないかとヴィレームは懸念している。


実は今、あの手紙の件から、フィオナの生家であるヴォルテーヌ家の人間や内状をクルトに調べさせている。無論彼の事もだ。

まだ大した調べはついていないが、彼に関して余り良くない情報を得ている。

以前フィオナが話していた『良い子』は、とんだ『悪い子』だったのだ。


「それにしても、多過ぎない?」


目の前に積み上がる紙の束を見て、うんざりする。これを今日中にやれとは、流石に無理があるだろう。一体今何時だと思っているのか……。確認すると、時計の針は十二時を回った所だ。


「ヴィレーム様なら、一晩くらい寝ずとも平気かと」


「……」


相変わらず手厳しい……今夜は徹夜するしかなさそうだ……。



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