第35話
「ダメじゃ……ない、です」
思考が一瞬止まった。心臓が、ドクりと跳ねる。気が付けば彼女の大きく美しい瞳に引き寄せられる様にして、彼女の唇に自分のそれを重ねていた。頭が痺れる。柔らかくて、こんなに甘美なものを知らない……。
「ヴィレーム、さまっ……」
苦しそうに身体を捩り、口付けの合間に声を洩らすフィオナに、ヴィレームは我に返った。
「ち、違うんだっ、こんなつもりじゃ……嬉しくて、つい、その……ごめん」
慌てて弁明をしようとするも、頭が回らず言葉が上手く出てこない。
そもそも無意識だったとしても、こんな事をした後でどんな言い訳をした所で意味はないだろう。
ヴィレームはフィオナから離れようと急いで立ち上がるが、足をもつれさせ後ろに蹌踉めきそのまま尻餅をついてしまった。
格好悪過ぎる……。
彼女の家族に挨拶に行く辺りまでくだりは悪くなかった筈だった……。
ヴィレームは立ち上がる気力もなく尻餅をついたまま項垂れる。こんなんじゃ、彼女はきっと呆れ返っているだろう。情けない。まともに顔を見る事すら出来ない。
こんな
彼女の前だと自分が自分でなくなる。完璧な
ヴィレームは、悔しさと情けなさで手を白くなる程にキツく握り締める。爪が皮膚に痛いくらいに食い込むのが分かった。
「ヴィレーム様」
そっと優しくヴィレームの手が、フィオナの両手に包み込まれた。そして、そのまま指をゆっくりと広げられる。驚いて顔を上げると、思いの外フィオナの顔が近くて息を呑んだ。戸惑っていると……。
チュッ。
可愛らしい音を立てて、ヴィレームの頬に口付けを落とした。
「フィ、フィオナっ⁉︎」
余りの事に声が上擦る。彼女は、顔をまるで真っ赤な薔薇の様に染め上げ顔を逸らした。
震えている……。
握られた手から伝わる彼女の温もりに混ざり、微かな震えを感じた。
「フィオナ、もしかして……寒いの」
「ち、違います!」
「だって、震えてるよ?」
「これは、その」
「じゃあ、どうして寒くないのに震えてるの?」
もじもじする彼女が愛おしくて仕方がない。彼女が震えている理由は分かっていた。だが、少し意地悪をしたくなった。直ぐに調子に乗るのはヴィレームの悪い癖だ。
「は、恥ずかしくて……」
普段のポーカーフェイスなんて、嘘みたいに顔がニヤけるのが抑えられない。だがそんな事がどうでも良く思えるくらい嬉しくて仕方がない。
「ねぇ、フィオナ。今すぐ、君を抱き締めたい」
彼女を見つめながら、愛を囁く様に甘く言った。
だがフィオナはヴィレームの言葉に、パッと手を離した。唖然とする。
まさかの拒絶⁉︎
ヴィレームは固まる。この流れでの拒否されるとは思いもしなかった……。ショックの余り、フィオナとは違う意味で身体が震えてくる……このまま灰にでもなりそうな気分だ……。
すると彼女は、落ち着かない様子でその場で何度も座り直し、位置が決まったらしくちょこんと座った。そしてヴィレームへとおずおずと手を広げた。
「ど、どうぞ」
何なんだ、この生き物はっ……可愛過ぎるなんてもんじゃないっ‼︎
これは、僕のだから!絶対に誰にも渡さないからね!絶対に‼︎と誰に言うでもなく心の中で叫ぶと、ヴィレームは遠慮する事なくフィオナを存分に抱き締めた。
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