第34話

頭では分かっている。フィオナにそんな気はないと。だが、この状況で邪な事を考えるなと言われても無理に決まっている!


フィオナの部屋には長椅子などはない。座る場所と言えば、鏡台の椅子か一人様のテーブルの椅子しかない。無駄に広い部屋の中で、それらに別々に離れて座るのもおかしな話であって、結局ベッドに横並びに座った。断じて言い訳ではない……。


「あの、ヴィレーム様。それで、お話とは……」


フィオナの追い討ちをかけるような上目遣いに、頭がくらくらしてきた。昼間の話をしようとしているのに、中々言い出せない。変な緊張感に、段々と口の中が渇いてくる。


「あ、あぁ……えっと昼間、の事なんだけど」


「……はい」


「君の様子が、少し変だった様に思えたから心配でね。何か、あったのか聞いてもいいかな」


何とか用件を言い終え、息を吐く。

ヴィレームがそう言うと、フィオナは俯き加減でポツポツと話し始めた。


「お昼休みヴィレーム様とお弁当を食べている時……木の影に、弟が見えた気がして」


成る程。あれは彼女の弟だったのか……。妙な気配は感じていたが、別段動く様な感じはしなかったので捨て置いていたが……。


ヴィレームならいざ知れず、まさかフィオナも気付いていたとは少し驚いた。気配と言っても、普通の人間には感じ取れない程度のものだった。それこそ野生の獣とかならば、感づく程度の。それを彼女は感じ取ったと言うのだ。ヴィレームは目を見張る。


「見間違いかも知れないとは思ったのですが……確かに、弟でした……。でも、弟じゃないみたいに思えて……」


両手を不安そうに握り締めるフィオナを、抱き締めたい衝動に駆られるがヴィレームは、グッと堪える。まだ話の途中だ。


「変ですよね、申し訳ありません、何言ってるか分からないですよね……。ただあんなヨハンを見るのは初めてで………… 冷く、暗い目で、私を見てて、怖かった……」


「フィオナ、おいで」


堪えていた手を彼女に伸ばし、今度こそ抱き寄せた。一瞬驚いたフィオナは身体を強張らせるが、直ぐにヴィレームに身体を預けてくれる。


「ヴィレーム様……。あの、手紙の事は、どうなりましたか。ヨハンから手紙は……」


「あぁ、手紙だね。ごめんね、言い忘れていたね。あの後クルトには確認したんだけど、やはり届いてなかったよ」


「そうなん、ですか……。ならやはり、ヨハンは嘘を……」


ヴィレームは徐にフィオナの顔に触れると、仮面を外した。特に彼女は嫌がる事はせずに、大人しくしている。

彼女の頬に触れると、小動物の様に顔を擦り寄せてきた。余りの可愛さに、何か込み上げてくるものを感じるが、耐える……。


「どうだろうね。例えそうでも、弟君には何か特別な理由があったんじゃないかな?だからそんな悲観しないで、フィオナ。そうだ、君が聞きづらいなら、代わりに僕が聞いてみようか?」


「ヴィレーム様が、ですか?」


「そうだよ。それに、そろそろ君のご家族にも挨拶したいと、常々思っていてね。勿論、君との結婚のね。ねぇ、フィオナ……やはり、僕じゃダメかな」


フィオナは大きな瞳をこれでもかと言う程に見開きながら、真っ直ぐにヴィレームを見つめた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る