第12話

『構いませんわ。どうせまた婚約破棄されるでしょうけど。もし婚約破棄になった場合、違約金だけは確り払って下さると約束さえして下されば、お好きになさって下さいな』


ヴォルテーヌ家に遣った使いからの報告によると、フィオナの母親はそう話していたそうだ。実はヴィレームが使いに持たせた書簡は、フィオナとの結婚の打診だった。予想通りの反応ではあるが、腹立たしくもある。

まるで娘であるフィオナを物か何かの様に考えているとしか思えない。


自分で言うのもなんだが、ヴィレームはこの国では得体の知れない存在だ。遠く離れた何処にあるとも知れぬ様な場所の国からやってきた、しがない伯爵令息と。そんな怪しげな男からの求婚を、身元調査さえせずに受けるなど、まともな親のする事でない。


「まあ此方としては、すんなりいって良かったけど。それより、明日中に彼女の身の回りの物を整えておいてね」


クルトは「承知しております」とだけ言って下がった。結婚の打診とついでに、暫くフィオナを預からせて欲しいと願い出たが……この様子なら、預かるではなくこのまま貰い受けても問題はなさそうだ。後はフィオナ本人の意思次第となるが……。


「僕の番は彼女しかいない。なら、どんな手を使っても口説き落とさないといけないよね」

愉しげに、独り言つ。





翌朝。


「おはよう、フィオナ」


「おはよう、ございます……」


侍女に連れられ食堂に入って来たのは、いつも通り仮面を付け俯き加減のフィオナだった。


「良く眠れたかな?」


「は、はい……」


恥ずかしそうにモジモジする彼女を見て、顔がだらしなく緩んでしまう。兎に角、彼女が可愛くて仕方がない。


僕ってこんな性格だったっけ……と内心苦笑した。元は余り女性に関心のある方ではなかった。絶世な美女と呼ばれる女性を見ても、周囲からチヤホヤされている可愛いと有名な女性を見ても、特に感情が動く事はなかった。

やはり、フィオナは自分にとって特別な存在なのだと改めて実感する。


「さぁ、食べようか」


彼女を促し、椅子に座る。だがフィオナは食事に手を付ける事はない。ヴィレームは控えていたクルトに目配せした。するとクルトは侍女を連れて部屋から退出する。


「気が利かない男でごめんね」


「いえ、ヴィレーム様が謝る必要など……」


「君が嫌でなければ、二人で食事をしたいんだけど……やはりまだ、気になる?」


ヴィレームの問いに、フィオナは動きを止める。随分と悩んでいるようだ。


「……」


そして暫くすると戸惑いながら仮面に触れ、ゆっくりと外した。テーブルの隅にそれを置く。


「……いただきます」


消え入りそうな声で、彼女はそう言った。




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