最強の邪眼を持つ少年、天使の召喚に成功したのでこれからはVtuberして生きていく

南川 佐久

第1話 天使様のおみあしチャンネル

 講堂に輝くは四枚の白翼。

 銀の瞳に清廉な光を宿した天使は、水面に落とした雫が波紋を立てるように問いかける。


「あなたが私のマスターですね。これからよろしくお願いします」


 くすり、と笑みを浮かべる口元は薄く色づいた桜色。薄藤の髪は顎先でふわりと揺れるミディアムボブで、もう何もかもが完璧だった。


 なんだこれは。圧倒的美少女じゃねーか。


 マスターと呼ばれた少年は白金色の癖毛をくしゃりと掻き上げて、分厚い瓶底メガネをずり落としたまま渇いた笑いを浮かべた。


「はは。マジかよ......」


 齢十四。あの忌々しいクソ実家から逃れてようやく寄宿制の召喚学校に来れたと思ったら。神はここに来て自分に最高の運を齎したらしい。


 まさに人生逆転のチャンス。


 こんなハイスペック激カワ美少女天使のマスターになれたなら、ボクの人生は勝ち組確定。


 インターネットやAIすら普及し近代化したこの時代に魔法使いなんていうロートル職業にならなくて済むし、なにより天使のマスターなのだ。彼女に魔力さえ提供できるなら、この癒しの力を使って病院系や教会、医療関係の大企業から引っ張りだこでエリートコースまっしぐら。


「ふふ、あはは......!」


 思わず、笑みがこぼれた。


 脳裏に浮かぶのは悔しそうな親の顔。

 一族再興の為に手塩にかけて、お得意の悪魔召喚で手に入れた世界最高の邪眼まで授けて。そんな期待の息子のボクが。よりにもよって仇敵とも呼ぶべき天使のマスターだなんてさ!

 これじゃあもう計画なんてぐちゃぐちゃバラバラ。ボクを置いて逃げ出した姉ちゃんの驚く顔が目に浮かぶ!


 少年はずり落ちたメガネをくい、と掛け直すと震える両手を広げ、感涙の表情で天使を歓迎した。


「ボクを助けに来てくれたんだね...! ああ、待ってたよ天使様! 今日からボクは勝ち組だ!」


 ◇


 ここ、ヴァン.ドゥ.エヴァンス召喚専門学校は、世界でも滅びゆく職種である魔法使いを養成する学校の中でも最低ランクの学校だった。

 だが。天使が来てくれたなら話は別。いくら魔法が廃れた世でも、『癒す』という能力は未だ需要が絶えないし、なにより天使は可愛くて人気。

 万が一性格に問題があって企業に属せない子でも、困ったら最終的にアイドルか何かにしてしまえばいいんだよ。


 召喚獣の能力別クラス編成で最上級のSSR組に難なく選ばれたカインは、生徒寮の自室に籠ってほくそ笑んだ。


 今日から授業が始まるって? 出るかそんなの。時間と労力の無駄だ。

 いくら最上クラスに選ばれたとて、所詮は低ランク学校の一番上。社会に出れば下の上澄みなんだろう?


 空になった菓子の袋と通販の空き段ボールが転がる汚部屋で、カインはゲームのコントローラーを握る。カチャカチャと小気味いいリズムでボタンを鳴らし、モニターに映るWIN表示を見て一層広角をあげてほくそ笑む。

 だって今日から、ボクは人生もWINだから。


 すると、隣でちょこんと体育座りしてゲームを見ていた天使が問いかけてきた。


「あの、マスター?」


「なに? サリエル」


「授業に出なくていいのですか?」


「いいんだよ。社会に出るのに必要なのは最低限の言語能力と需要に見合った能力の提供だ。キミさえ傍にいてくれるなら、ボクはキミの魔力タンクをしているだけで条件が満たせる。授業に出ていちいち魔法使いや召喚の歴史、ましてや戦闘訓練なんて行う意味はまったく無いね」


 言い切ると、天使はどこか嬉しそうに顔を綻ばせた。


「それはつまり、マスターは私がいないとダメってことですか?」


「そうなるね。もう恥も外聞もなく頼むよ。キミが何を目的として召喚に応じたかは不明だが、一度手に入れた幸運を手放す勇気はボクにない。土下座してキミが力を貸してくれるなら喜んでするさ。世の中は、プライドだけじゃ食ってけないんだ」


「ふふ。わかりました。サリーは一生、マスターが命を終えるそのときまでお側にいると誓います。あなたが私を必要としてくれる限り」


「ありがとう」


 実家にいた悪魔にはこんな優しくて温かい言葉をかけてもらったことはない。天使はどこまでいっても天使。噂に違わぬ慈愛の精神だ。カインは幸せを噛み締める。


 だが、厳しい環境で育ったせいかまだ油断はならないと胸のどこかが警鐘を鳴らしていた。

 いくら勝ち組といっても、企業や集団に属する限り人間関係やしがらみからは逃れることはできない。


 カインは、楽する為なら上を目指せる、そういう人間だったのだ。


(何か手は......? できることなら不労所得で暮らしたい)


 なにせ自分はゲームが大好きクソオタク。友達と呼べるような人間なんてオンラインにしかいないのだ。そんなのが会社に所属したとて、サリエルを僻む奴やオタクを生理的に受け付けない陽キャに陰口を叩かれて気分悪くなるだけ。

 だったらいっそ。一生部屋で暮らしたい。


 カインはゲームを中断してぼんやりと流していた動画投稿サイトに視線を移す。


(広告収入、か......)


最近は天使を模したバーチャルキャラクターに声と動きを当てたVtuberなんぞが流行っているらしい。


『天使萌えリエルは〜天界から来た見習い天使なのです〜♪ この世界のことを、人間の皆さんに教えて欲しいのです〜♪』


 と。ぶりっ子ボイスの幼女天使が可愛くおねだりするだけで、スパチャという名の投げ銭が飛ぶこのご時世。確か年俸は億を超える者もいるんだとか。


『萌えリエルちゃん今日もかわいい〜』

『おじさんがこの世界のイイトコたくさん教えてあげるね〜。ふたりでしっぽり休めるベッドがキラキラ可愛いお部屋とか〜』

『わ〜! 人間の皆さんありがとう〜!』


 何言ってんだ。こちとら本物の天使だぞ。


 ちらりと横目でサリエルを見ると、銀水晶のような瞳と目が合った。まつ毛が長い。クソ可愛い。


「マスター、どうしたのですか? もしかして、魔力をくれる気になったのですか?」


「えっ?」


 別に、違うけど。


 だが、どこか期待するような眼差しでにじり寄ってくるサリエル。カインは昔実家で読まされた召喚獣の図鑑説明を思い出す。

 天使の魔力補給はたしか、肌と羽への皮膚接触だ。だから、もし会ったならまずマスターと触れ合わせないよう隔離しろと教わっていた。


 にじり寄るサリエルにもう一度視線を向け、身構える。


「まさか、ボクに抱き着くつもり?」


 問いかけると、天使はきょとんと聞き返す。


「じゃあ、他にどうしろというのですか? 抱き着く以外の皮膚接触......あっ。恐れながら、サリーは処女なので夜伽の作法がわかりません。マスターさえよろしければご教授くださると助かるのですが......」


 平然と言ってのける天使にカインは思わず顔を赤くして立ち上がった。


「知るかそんなの! ボクだって童貞だ!」


「では、ぎゅっとしていいですか?」


「やめろ近づくな、ボクは童貞だって言ってるだろ!? キミみたいな美少女には免疫が無いんだよ! 言わせないでくれ恥ずかしい!」


「ふふ。マスター可愛らしい」


「あああ! バカにしやがって!」


 狼狽えるカインをよそに、天使は翼を広げて彼を優しく包み込んだ。両腕でぎゅうっと抱きしめ、その体温と魔力を味わう。


「......っ!」


「いくら天使がいい子でも、こればっかりは言うことを聞けません。だって魔力が無くなれば、私たちは死んでしまいますから。嫌がられてもこうします」


 ぎゅぎゅう、と腕に力を込める。驚きと動揺で動けない主に口元を綻ばせ、早鐘を打つ心臓に頬と耳を擦り寄せた。


「抵抗はしないのですね? 優しいマスター」


「......できないだけだよ。意気地なしでね。それに、キミに死なれたらボクも死ぬ」


「運命共同体ですか?」


 ふわりと笑う天使に、照れ臭くて何も言い返すことができない。

 かつてない柔らかな感触と乙女のいい匂いに胸の鼓動はうるさいし、視線が泳いで仕方がない。

 しかし、宙を舞う視線が棚の上の美少女フィギュアに注がれて、カインは思いついた。


「なぁサリエル。キミ、部屋に来たときフィギュアを興味深そうに眺めていたよな?」


「? はい。とても可愛らしいなぁと」


「へぇ。ああいうの好きなんだ?」


「ふわふわのドレスやヒラヒラの衣装が素敵です。見ていて心が躍ります」


 なんとも楽しそうな表情に、カインは思いついてしまった。


「あの衣装、着てみたい?」


「へ?」


「キミは天使だ。正真正銘ホンモノの。もしキミがあれらの衣装に身を包んだら、右に出る美少女はいないぞ」


「それはつまり...?」


「ボクらで、動画配信の天下を取ろう」


 こうして、カインは学業をすっぽかし、新たに『天使様のおみあしチャンネル』を立ち上げたのだった。

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