無価値の残響

すぐり

「ねぇ、聞いたことある?」

 夕日に照らされ伸びる二つの影が、河川敷のアスファルトを黒く塗りつぶす。

「『え魅けり世』の噂」

「なにそれ。新しい怪談みたいな言い方」

「んー、なんていうか都市伝説? 最近有名なんだけど」

「知らないなぁ」

 淡く夕日を帯びたススキがさらさらと音を立てて揺れる。

「夕暮れ時に外を歩いていると、金木犀の香りに混ざって『死にたくない?』って声が聞こえるらしいの。その声に肯定しちゃうと、どこか異界に迷い込んじゃうんだって――」

「あー、反応しちゃいけないパターンか」

「ちょっと、もう少し怖がってよ」

「異界に迷い込むって話が出てくる時点で作りもの感がさ。異界に行ったなら、誰がその話を広めるのよ。少なくても生きて帰ってきてるってことでしょ」

「そうなんだけどさ……情緒が無いなぁ」

 つま先に当たった小石が、止まることなく転がり続ける。

「ごめんごめん……って、あれ、金木犀の匂いがしない?」

「嘘でしょ」

「ふふふ、嘘だよ」

「もう、私は死にたくないし、あんなところ行きたくないからね」

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