段ボールは虚無の中

「……とはいえ」

 ペットボトルを運びながら俺はため息を吐く。

 あまりにも数が多すぎる。箱と台車が欲しい。

 いや……台車は無理でも箱なら借りられるんじゃないか?

 俺は周囲を見回す。

 その辺りの蛇に声をかけて、余っている段ボール箱でも借りようと思ったからだ。

 果たして蛇は、いた。

「あのーすみません」

「……」

 蛇は嫌そうに目を細める。

 あれ、蛇に瞼あったっけ? などとどうでもいいことを考えるがそれよりも、俺は人間。そして蛇は人間のことが……

「あの、すみません」

「……」

 蛇は俺から目を逸らしている。

「空の段ボールを借りたいのですが」

「……」

 蛇は目を逸らしたまま尻尾を横に振ると、するすると去って行ってしまった。

 ない、ということだろうか。

 いや……あるだろう、段ボールくらい。

 それともないのか?

 蛇は段ボールを開けられないし持てない?

 でもなんか上司は身体から触手出してPCとか使ってるし、段ボールを扱えないということはないだろう。

 待てよ。

 触手のある蛇って何だ、それは果たして蛇なのだろうか。

 蛇に瞼はないと言うが瞼もあったし何より喋る。

 いつの間にか現れてあっという間に人間社会に適応し、圧倒的な優秀さ・経済力・政治力であっという間に人間を下層に追いやり支配者となった蛇……どこから来たのか誰も知らない蛇。人間が蛇だと思っているものは本当に蛇なのだろうか?

 俺たちが知っていた蛇は……スラム街の人間社会で言い伝えられていた「蛇」と、今俺が相手にしている蛇はあまりにも違いすぎる。

 それとも人間たちが蛇のことを知らなさすぎただけなのだろうか。

 昔の「蛇」は自然の中にいた、と聞いていたけれど……それは本当に蛇だったのだろうか?

 それとも……

「君」

「はい!」

 反射的に返事をする。

 振り返ると、上司。

「部下の蛇に人間から声をかけられたと言われたが、どうかしたかね」

「あ……空の段ボールを借りられないかと思いまして」

「ああ。段ボールか。それならD5会議室にあったはずだよ。部下に取りに行かせよう」

 人間は蛇に許可された場所にしか入れない。D5会議室がどこかは知らされていないが、たぶん入ってはいけないところなのだろう。

「ありがとうございます」

 しかし結果的に人間のために蛇が動くことになるが、その部下は嫌がらないのだろうか。いや、嫌がるだろう。今から気が重いが、仕方ない。

「虚無の穴の前で待っていたまえ、すぐに行かせるから」

「はい」

 再び上司が去って行くのを見送って、虚無の穴の前に戻る。

 道中、蛇とは擦れ違わない。

 この通り道を俺が使っているのを知って、避けているのかもしれない。

 まあ、関係のない話だが。

 てくてくと歩いて虚無の穴の前。

 さっきまで考えていたことはすっかり忘れてしまって、ペットボトルが生成されるさまをぼんやり眺めていた。

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