誰がそれを積むのか

「どこに行ったんだい~?」

 上司の声。

「どこって、何ですか」

 俺はペットボトルの山の隙間から顔を出す。

「ああ、人間くん。君を探していたのだよ」

 上司の蛇は表情を伺わせない顔で――爬虫類の表情を読み取るのが俺は苦手だ――尻尾を振った。

「なぜです? 蛇って赤外線で位置わかるんじゃないですか」

「ちっちっち」

 上司は尻尾を小刻みに振る。

「現代社会に順応した蛇はピット器官など使わないのだよ」

「ピット器官て何ですか」

「それは君、私の目と鼻の間についているこの、これのことだよ」

 上司は尻尾で器用に目と鼻の間の隙間のようなものを指す。

「そうなんですね……知りませんでした」

「知らなければ新たに知れば良い。君もよく勉強し、成長しなさい。成長すれば君のような人間もいつかはピット器官のようなものを得られるであろう」

「得ても使わないんじゃ意味ないんじゃないですか?」

「いや。人間は弱い。弱きものは色々なセンサーを使わなければ生きていけないだろう? 我々蛇と違って」

 そう断言されてしまうと、はあ、と返すしかなくなるのだが、確かに人間は長き生物学的安寧の中で退化してしまった……と考えても良いのかもしれない。

 蛇と比べると弱いのは確かにそうだと思うし。

「それで、どうして俺を探してたんですか」

「ペットボトルが次々搬入されるものでね。我々だけでは運ぶのが骨だ。手のある君に手伝ってもらおうと思ってね」

「……機械を使えばいいじゃないですか」

「ノンノン」

 上司は尻尾を横に振る。

「上の者が許してくれないのだよ。たかが人間の仕事などに蛇の機械を使うなど、と言ってね。私は人間差別だと怒ったのだが、聞かなかった。まったく、これだから旧態然とした古い蛇は……」

「いいですよ、俺、人間ですし」

「いかん! いかんぞ君! 人間の地位を向上するには人間自身も自らのことを蛇権ある真っ当な存在だと思わなければ!」

 この社会に蛇が来るまではそう思ってたんですけどね。

 と思うが、言わない。

「いいんですよ。蛇の方が上だし、俺たち人間は……遅れた種、ですし、劣等ですし。事実です」

「いかんぞ!」

 上司が俺の肩に尻尾を置く。

 その尻尾は震えている。

「君……! 君は優秀だ。他の人間たちとは違う……そんな君が蛇社会で出世することで他の人間たちの地位も向上するかもしれないのだぞ! その君がそんなことではいけないな! もっと気を強く持ちたまえ! 強く!」

「は、はあ、はい……」

 曖昧に頷く俺。

 俺より優秀な人間なんていくらでもいるし、そもそも俺は人間の中でも「できない」方だったんだけどな……と思うが、言わない。

「その意気だ。では……悪いがその積む手が空き次第、オフィスに来てくれ。運ばねばいかんペットボトルがいくらでもあるのでな……」

「あ、今行きます」

 俺は積みかけのペットボトルを脇に置くと、上司の後ろに並んだ。

「そうかね? 熱心なことだ。悪いね……」

「いえ、仕事ですから」

「素晴らしい……人間にしておくには惜しいね、本当に」

「はは……」

 別に仕事熱心だからとか真面目だからすぐ行くんじゃない。一人で行くと他の蛇からの視線が痛いから上司について行くのだ。

 蛇に魂を売った俺ではあるが、身体も心も人間であることに変わりは無い。上司はどちらかというと人権派? 蛇権派? で、人間差別をしないように心がけている方の蛇だが、オフィスにいる他の蛇たちには人間嫌いの者も多い。

 見下しているのだ。

 まあ、蛇と比べると人間は汚いとも言うし、よくわからないがたぶんそんな感じなのだろう。

 それでもスラム街にいる人間たちの扱いよりはマシだと思って耐えるよりほかはない。

「では、行こうか」

「はい」

 上司と俺は部屋を出た。

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