エロゲーマーとラプソディ(1)

 榎本えのもとがボクの家を訪れた(厳密にはけてきたらしいが、めんどうなのでそういうことにしておく)翌登校日——。

 昼休みの図書室にて、ボクはいつもどおりライトノベルを読んでいた。

 既に昼休みは三十分は経過しているものの、榎本の姿はない。

「……」

 ボクはなんとなく寂しさを覚えながらも、同じくらい安堵もしていた。

 貴重な読書タイムを後輩女子に邪魔されることなく過ごせることの、なんて素晴らしいことか!

 寂しい?——気でも触れたのかボクは。

 高校に入学してからのおよそ一年と数ヶ月、ずっと一人だったじゃないか。

 それをなんだ。ちょっと後輩女子と仲良くなれたからって、調子に乗るのも大概にしろ。

 ボクには二次元があればそれでいい。

 ボクの青春に——ボクの人生に、恋だの愛だのといったものは不要だ。


「——だぁれだぁ」


 突如視界が暗転し、すぐ後ろから聞き覚えのある声がした。

「榎本……」

 声の主たる榎本の手をどけ、背後へと振り返る。

「ボクと恋人になってくれ」

「え、無理ですごめんなさい」

「……」

「……」

 ……今、ボクはなんと口にした……?

 恋人に……なってくれ、だと……?

 まったくもって意味がわからない。超展開すぎワロタ、だな。

「せんぱぁい、もしかしてぇ、あたしが先輩のこと好きとかぁ、勘違いしちゃいましたぁ?」

 ボクの顔を覗きこむようにして両手で頬杖をつき、にたぁといやらしい笑みを浮かべる榎本。

「三次元にはぁ、興味ないんじゃなかったんですかぁ?」

「そのとおりだ。ボクは生涯二次元一筋。三次元はいらない」

「ふぅん……でもぉ——」

 榎本がボクの耳元まで顔を近づけてきて、囁くように——


「あたしのムネ、触りましたよねぇ?」


 そう言った。

「顔真っ赤にしてた女がなに言ってるんだ?」

「う、うるさいですね……そ、そもそも先輩、どうしてあたしの……触ったんですか……?」

 チョロインモードへ移行したらしい。

 少々ムッとした様子で尋ねてくる。

「興味本位だ」

「興味本位で後輩女子のムネ触るとかふつーに最低なんですけど!?」

「榎本が触ってほしいって言ったんだろ」

「そんな痴女みたいなことは言ってません!」

 こほん!と図書委員の生徒に咳払いとともに睨まれ、一旦落ち着くボクたち。

「ってゆうか、さっきのアレ……なんなんですか……?」

「アレ……?」

「恋人に……ってやつです。まさか本気じゃないですよね?」

「ああ。なんとなく言ってみただけだ」

「なんとなくで乙女の純情を弄んだんですか!?」

 こほん!と再びの咳払いをもらう。

乙女エロゲーマー純情せいよく……?」

「変なルビ振らないでください!」

「よくわかったな」

「先輩の考えてることくらいわかりますよ……あっ、べ、別に、先輩のこと好きとか、そういうアレじゃないですからね!?勘違いしないでくださいね!?」

「ツンデレ乙」

「だれがツンデレですか!」

 こほん!こほん!——今度は強めの咳払いをもらってしまった。

 榎本には静かにしてほしいものだ。

 それよかこいつ、絶対わざとやってるだろ。

 ボクと絡むのがそんなに気に入ったのだろうか……どこまでチョロインなんだ。

「それより、その……した……んですか……?」

「した……?」

 なんのことだ?鈍感主人公ではないつもりだが、まったく見当もつかない質問だった。

「なにをだ……?」

「だ、だからその……あたしの、ムネの感触を思い出して、一人で……」

 耳まで真っ赤にしてとんでもないことを聞いてくる。

 ほんとエロゲ脳だなこいつ。

 しかたない。ここはひとつ、現実を教えてやるとしよう。

 すっと立ち上がり、ボクは某海賊が仲間に大切な物を預け、コ○ヤシ村で叫んだときのような大声で、


たりまえだ!!!!!」


 力一杯叫んだ。

 そして図書室を追い出された。


      ***


「三次元に興味ないとか言っても、先輩も所詮しょせんは男なんですねっ!」

 警戒した面持ちでボクに冷ややかな視線を送ってくるのは、隣を歩く後輩女子・榎本えのもと

 なぜか二人で帰る運びとなり、こうして帰宅路を共にしているというわけである。

「恋心と性欲は別だ。榎本が恋愛対象になることは絶対にないが、性的対象にはなりうる。よかったな」

「全然よくないんですけど!?それなら恋愛対象として見られたほうがまだマシなんですけど!?」

「なんだ。エロゲーマーのくせにエロい目で見られて嬉しくないのか?」

「まったくこれっぽっちも嬉しくないですしエロゲーマー関係ないですよねそれ!?」

「自信を持て。榎本はエロい」

「『エロい』って言われて喜ぶのは主人公ラブなエロゲのヒロインくらいですよ!」

「恥ずかしいけど、主人公くんが私で感じてくれて嬉しい……みたいなやつな」

「そうそ——って後輩女子に変な同意を求めるのやめてくれます!?」

 そこで榎本はふぅ、と息を吐く。

「先輩と話してるとすっごく疲れるんですけど……」

 ジトっとした目で見てくる榎本。

 榎本が勝手にツッコんでるだけで、ボクに非はないだろ、それ。

「あ。じゃああたし今からボケるんで、先輩ツッコんでください」

「ボクが榎本にツッコむ……?」

 なんだその無茶振り。

 ボクにツッコミは不向きだと思うんだが……。

「つ、ツッコむって言っても物理的な意味じゃないですからね!?」

「物理的?」

「穴に棒を通す的なアレですよ!——って純情な女の子になに言わせるんですか!」

「純情(笑)」

「むきぃぃぃっ!これだから先輩は童貞なんですよ!ほんっと最低ですね!」

 相変わらず騒がしい後輩だな……。

 まぁ以前のしゃべり方に比べれば可愛げがあって好きだけれど。

「先輩のせいで話が逸れましたが」

 榎本が一方的に勘違いしてツッコんでいただけのような……まぁいいけど。

「とにかく、あたしのボケに対してツッコみを入れてください」

「そもそもなんでそんな夫婦めおと漫才みたいなことをしなきゃいけないんだ?」

 ボクの言葉を聞くなり、榎本の顔が真っ赤に染まる。

「だれが先輩のお嫁さんですか!マジありえないんですけど!?」

「そんなことは一言も……もういいから適当にボケろ」

「わ、わかりました……」

 咳払いをして「では」と続ける榎本。

「このまえぇ、百合モノだと思って買ったエロゲがあるんですよぉ」

「普通の話し方しろよ!」

「まだボケてないんですけど!?」

「いや、普通にイラっとしただけだ」

「理不尽!——ってか今さらですけど、先輩やたらとあたしに馴れ馴れしくないですかぁ?」

 にたぁといやらしい笑みを浮かべる榎本。

 初対面から馴れ馴れしかった……というより上から目線で馬鹿にしてきた後輩女子がなに言ってるんだ?

「もしかしてぇ、あたしと話せて嬉しかったりするんですかぁ?」

「正直、嬉しいと感じる自分がいる」

「ふぇっ!?」

「たしかにボクはこと恋愛においては、三次元の女子に興味はない。でも、友人ということであれば……榎本と話すのは楽しいし、アニメを観たりゲームをしたりするのと同じくらい、大切な時間だと思っている」

「よ、よくそんな恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言えますね……アレですか。先輩はエロゲの主人公かなにかなんですか」

 顔を真っ赤にさせて文句を垂れる榎本。

「それだと、ヒロインは間違いなく榎本だな」

「やめてください!先輩とになるとか……マジでありえません!」

「最初は主人公と仲違いしていたヒロインが、なんやかんやで主人公の良さに気付いて、最後は——なんてありがちな展開だな」

「もしかしてあたしの人生すでに先輩ルートに突入してる感じですか!?さいってーです!どうしてあたしに絡んできたんですか!?」

「最初に絡んできたのは榎本だろ」

「あたしかぁぁぁぁぁっ!!?」

 自らの行いに絶望し、その場で項垂れる榎本。

 そんなアホなことをしている間に、気がつけばボクの家の前まで到着していた。

「そういえば、榎本の家はこのへんなのか?」

「あたしの家を聞いてどうするつもりなんですか!不法侵入したあげく夜這いでもする気ですか!?」

「なぜそうなる。そうじゃなくて、帰り道一緒みたいだったし、ただ気になっただけだ」

「あぁ……あたしの家は駅の反対側ですよ」

 駅の反対側……?それって……。

「帰り道真逆じゃん!」

 なんでボクの家の前までなにげなくついてきてたの!?馬鹿なの!?

「そうですけど、今日は先輩のおうちで遊ぶんですから、別にいいじゃないですか」

 なんでもないような顔で言う榎本。

「は、え……?そんな約束してたっけ……?」

「約束はしてませんけど、あたしが先輩と遊びたかったんです」

「おい!」

 約束はしなくても、せめて事前に一言言っておくべきだろう!

 なんて自分勝手な後輩なんだ!

「なんですか」

 なぜかムッとする榎本。

「先輩はあたしと遊ぶ以上に大事な用事でもあるんですか?」

「当たり前だ。ゲームしたり、アニメ観たりエトセトラ……オタクは忙しいんだ」

「可愛い後輩より画面の中の女の子のほうが大事だって言うんですか!?」

 なにこのめんどくさい彼女みたいなこと言う後輩!?

 え、実は彼女なの!?ボクが知らないところでいつの間にか付き合ってたの!?

「当たり前だろ。なんだって三次元のために二次元を犠牲にしなければいけない?」

「さっきあたしとの時間も大切だって言ってましたよね!?」

「それはそれ、これはこれ、だ」

「便利な言葉きた!」

「とにかく。事前に遊ぶ約束をしていたならともかく、急に言われてもこっちだって困る。榎本だって、ボクが急に訪ねていったら困るだろ?」

「そ、それはたしかに……すっぴんとか見られたくないですし、部屋も散らかってますし……」

 え、そんな理由?

 ボク、仮にもこいつの胸を触ったんだけど?気が触れたとはいえ告白して振られてるんだけど?

 急にボクの家で遊ぶと言い出すことといい、どういう神経してるんだ……。

「わかったなら帰ってくれ。事前に言ってくれれば、遊ぶのもやぶさかではないから」

「ほ、ほんとですか……?」

「ああ」

「約束ですからね!ぜったい!今度あたしと遊んでくださいね!」

「わかったわかった」

「嘘だったらあたしのムネを触ったって言いふらしますからね!?」

「それはやめてくださいお願いします」

 てか一応気にはしていたのか。

「うぇへへ……」

 なぜか不気味な笑みを浮かべる榎本。

「先輩と遊べるの、すごく楽しみだなぁ」

「!?」

「ん?どうしたんですか、先輩。顔赤いですよ?」

「き、気にするな……軽い熱中症だっ」

「もう十月ですけど……まぁいっか」

 それではまた明日、と手を振って榎本は元来た道を歩いていく。

「……」

 唐突なデレは勘弁してくれ……。

 ボクは顔の熱を冷ますべく、しばらく秋の風にあたってから家の中へ入ったのだった。

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