キモオタのボクを嘲る後輩ギャル、実はエロゲーマーでした

鮎猫

オタクたちのプレリュード(1)

 高校生たるボク——二条にじょうタクミには、日課としていることがいくつかある。

 そのうちのひとつは、昼休みは図書室で過ごすというもの。

 おにぎりやパン、サンドイッチなどの軽食であれば飲食が許可されており、また利用する生徒が少なく、図書室だけに静かに読書できる貴重なスペースだからである。

 ゴミ箱の類がないので、食べた後のゴミは持ち帰るか、食堂へ立ち寄って捨てるかしなければならないのが難点ではあるものの、多少めんどくさいだけで苦ではない。

 そんなわけで、今日もボクはそんな図書室で、既に昼食を終えて大好きなライトノベル——ラノベを読んでいるのだった。

 ちなみに今読んでいるものは家から持ってきたもので、図書室に置いてあるものではない。

 一応図書室にもラノベはあるが、数が少ないためあまりそちらは利用しないのだ。


「あれぇ?またキモいの読んでるんですかぁ?」


 まためんどうなのが来てしまった……。

「……」

「あれ、無視ですかぁ?それともぉ、後輩に話しかけられてるのにビビっちゃって声も出ないとかぁ?マジウケるんですけどぉ」

 図書室ということで声量は抑えているものの、ボクの隣の席に座って小馬鹿にしてくる人物——髪を薄い茶色に染め、胸元のボタンを外し、短いスカート丈の後輩女子・榎本えのもと

 ひと月ほど前から、本を読むでもなく図書室に来てはこうしてボクにうざがらみをしてくるようになったのだ。

 迷惑極まりないのだが、小心者のボクは後輩の女子に一言「迷惑だからやめてくれ」とすら言えないでいた。

「なんで先輩はそんなにキモいんですかぁ?」

「……」

 図書室に来なければいい。そうすれば後輩女子に小馬鹿にされることはないだろう。

 でも、他に校内で読書できる静かな空間がないのだ。

 漫画やなんかでは屋上が開放されていて、心地よい風を受けながら日々の喧騒を忘れて読書にいそしむこともできるだろうが、残念なことにボクの通う高校の屋上は開放されていない。

 他に静かな場所と言えばトイレだろうか。

 しかしトイレで読書するのは、なにかに負けた気がして気が引ける。

 それに昼食も兼ねているので、ますますトイレでというのは敬遠してしまう。

「先輩ってぇ、アニメの女の子が好きなんですよねぇ?やっぱりぃ、『嫁』とかいるんですかぁ?」

 普段からそうなのかはわからないが、榎本は語尾を伸ばすしゃべり方をするためより一層『馬鹿にしている感』が強い。

 まぁ実際馬鹿にしているのだろうし、ボクのこと——というよりオタク全般を下に見ているのだろうけれど。

「アニメの女の子ではぁはぁするとか、マジウケるんですけどぉ」

 何も返すことができないボクに構うことなくしゃべり続ける榎本。

 榎本はどう見てもリア充だし、本来ボクのようなオタクに関わるタイプの人種ではない。

 だと言うのに昼休みには、ほぼ毎回こうしてボクを馬鹿にしにやってくる。

 ……もしかして暇なんだろうか。

「先輩ってぇ、どう見ても童貞ですよねぇ。ってゆうか、童貞臭どうていしゅうにじみ出てますしぃ」

 榎本はそう言うと、ボクの顔を覗きこんでいやらしくにたぁと笑んだ。


「あたしがぁ、卒業させてあげましょうかぁ?」


「……」

「——なぁんて、冗談ですよぉ。本気にしちゃいましたぁ?」

 ケラケラと笑う榎本。

 冗談でなければビッチ認定するところだった。

「先輩、あたしのタイプじゃないですしぃ、そもそも生理的に無理なんでぇ」

 奇遇だな。ボクも榎本みたいな女子は生理的に無理だ。

 見た目は可愛いかもしれないが、受け付けない。

 そもそもボクは三次元げんじつの女子に興味がないのだが。

 それを抜きにしても、榎本とどうこうなりたいと思えないし、この先もそれは変わらないだろう。

「あ、でもぉ……」

 榎本は再びにたぁといやらしい笑みを浮かべると、ボクの耳元へと顔を近づけてきて——


「パンティくらいなら、見せてあげないこともないですよぉ?」


 そう囁いたのだった。

 はいビッチ。

 エロ漫画とかでよくいる痴女ヒロインってことでオーケー?

 それはそれとして……榎本は何もわかっちゃいない。

 男が全員、女の下着に興味があると思ったら大間違いだ。

 見えそうで見えないのがいいのであって、見えてしまったらそれは無価値。興味の対象ではなくなる。

「ねぇ勃起しましたぁ?後輩の女の子にエッチなこと言われてぇ、興奮しちゃいましたかぁ?」

 図書室で恥ずかしげもなく「勃起」と口にするとは……さすがビッチ。

 榎本の視線がボクの体のある一部に注がれるが、ボクは榎本のに応えてやることはできそうになかった。

「つまんな……ねぇせんぱぁい、いい加減なにか言い返したらどうなんですぅ?先輩としてのプライドとかないんですかぁ?」

「……」

 それでも言い返さないボクに辟易へきえきしたのか、榎本は「もういいですよぅ」と言って嘆息すると、立ち上がってさよならも言わずに去っていった。

「ようやく解放されたか……」

 今度はボクが嘆息する番だった。

 毎回毎回……なんなんだあの暇人ビッチは!

 昼休みがどれだけ貴重な時間かをわかっていない。

 ゲームはできない(スマホの持ち込みは可)、アニメも観れない(スマホでも観れるがテレビ画面で見たい派)。

 それならライトノベルないし漫画に費やそうというキモオタの有益な時間を、ひたすら馬鹿にするだけして飽きたら去る嵐みたいな後輩だ。

「これだから三次元は……」

 ボクがそう呟いた直後、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

「最悪だなあの女……」

 数ページしか読み進めることしかできなかった事実を榎本のせいにし(事実榎本のせいである)、ボクは教室へ戻る支度を始めるのだった。


      ***


 榎本えのもとがボクに接触してくるのは昼休みの図書室のみで、それ以外は校外ではもちろん、校内でも接触してきたことはない。

 たまに廊下ですれ違っても、ちらりと視線こそ向けてくるものの、すぐに友人らとの会話へと戻っていくのだ。

 ボクとしては非常にありがたい対応ではあるのだが、気になる点がいくつかあった。

 そもそも榎本はボクにうざ絡みしてくる前——つまりひと月前に図書室へやってきたのはなぜなのか?

 一生徒が図書室へ来るのはなにもおかしなことではないが、当たり前だが図書室は本を読む場所である。

 勝手なイメージに過ぎないが、榎本に読書趣味があるようには思えないのだ。

 なんとなく気が向いたのか、たまたまなにかしらの用があったのか……あるいは、元々ボクがいることを知っていたのか……。

「……キモいな」

 自身に対して呟く。

 さすがにそれは自意識過剰が過ぎる。

 以前からの顔見知りとかならわからなくはないが、ボクと榎本が知り合ったのはひと月前。同じ学校に通っているのだから廊下などですれ違ったことはあるかもしれないが、言ってしまえばその程度である。

 それから、榎本が暇人ビッチだったとしても、昼休みになる度にほぼ毎回図書室へやって来るというのも変な話だ。

 先ほども少し触れたが、廊下ですれ違った際、榎本は友人らと一緒にいた。

 であれば、友人らと一緒の時間を過ごしていたほうが遥かに有意義なはずだ。

 昼食はいつも済ましてから来るらしく、昼休みになってしばらくしてから現れるので、そのかんに友人らと昼食を共にしているのかもしれないが……。

 たまになら「用事あるから」と途中で抜けることもあるだろうが、ほぼ毎回図書室に来ているのだ。ひとりで。

 どうにもしっくりこない。

 オタク特有の深読みかもしれないが、どうしてもそのことが気になっていた。

「……アホらし」

 とはいえ後者に関しては完全に榎本の人間関係に関わることだ。ボクが気にしても仕方がない。

 榎本のことを考えるのはやめ、行きつけのゲームショップの扉をくぐる。

 ゲームソフトには大きく、ネット経由でゲーム機本体にデータをダウンロードする『ダウンロード版』と、店舗などで直接購入する『パッケージ版』のふたつの購入方法がある。

 データ容量や価格、予約特典の有無、箱のあるなしによるスペースの圧迫、他のソフトをプレイする際にゲーム機からソフトを出し入れするかしないかなどの違いはあるが、そのあたりの説明は省かせてもらう。

 ボクはダウンロード版を買うこともあるが、多くはパッケージ版で購入している。

 予約特典が目的の場合もあるが、なによりも店舗で購入してから家に帰ってプレイするまでのドキドキ感がパッケージ版にはある。

 そしてパッケージの表面や裏面を眺め、ある程度充足感を得てからようやっとゲームをプレイするに至る。

 説明書が付属されていればそれも当然一字一句見逃さないように……というのは大袈裟だが、世界観の紹介やら操作説明やら、注意書きを除けば最初から最後まで読む。

 まぁ、最近のゲームはデータとしてゲーム内で見るか、ネットに繋げて見るタイプのものが大半なんだけれど。

 とにもかくにも、今日ボクがゲームショップへと足を運んだのは、言うまでもなくゲームのパッケージ版を買いに来たからである。

 今日発売のもので、予約もしてあるので焦る必要はなく。

 レジへ行く前にちらりとゲームの陳列棚を見て行こうかと足を進めたところ——

「……」

 ものすごく見覚えのある人物が、パッケージの裏面を眺めてにやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべている場面に遭遇してしまった。

「……」

 そこに陳列されているのはどれも『R18』と表記されている大人向けの——もっと直接的な表現をするならエロいゲームばかりで、見知った人物が手に取っているのも間違いなくそれだった。

 話しかけるべきかなどと迷うわけもなく、ボクはに気付かれる前に陳列棚をあとにし、レジへと方向転換する。

 あれは見てはいけないもの。関わってはいけないタイプのイベントなのだと脳内で警鐘が鳴り響いている気がしたのだ。

 レジでゲームタイトルや予約番号が表示されているスマホの画面を店員へ見せ、現金で支払って手早く購入を済ませる。

 あとは気付かれる前に帰るだけ——そう思って振り返ると——。

 ボクのすぐ後ろに並んでいたらしい、先程の見知った顔の人物が、エロゲを手に満面の笑みを浮かべてそこに立っていた。

 幸い相手はまだ気付いていない。とっととかえ——


「あ……」


 時すでに遅し。

 その人物——図書室で散々オタクであるボクをディスってきた後輩女子・榎本と不覚にも目があってしまった。

 ゲームショップ——改め、エロゲショップの店内で。

 互いにエロゲを手に……。

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